Photo by Aude de Cazenove/Contour by Getty Images
ソフィー・マルソーが現在も女優として第一線で活躍していることは、同い年の身としては、なんとも不思議な感じがする。現在デジタル・リマスター版で劇場公開されているデビュー作『ラ・ブーム』が日本で公開されたのは41年前のこと。撮影時13歳だった彼女が同作で一躍、アイドル的な人気を博したのを記憶している方も少なくないだろう。かくいう筆者も、中学を卒業する年に公開された『ラ・ブーム』(80)を見て恋に落ちてしまった。当時人気のあったティーンのムービースターにはブルック・シールズやフィービー・ケイツなどがいたが、今や彼女たちをスクリーンで見ることはほとんどない。移り変わりの早いハリウッドの宿命といえば、そうなのだろう。逆にソフィーは母国フランスに軸足を置いて活動し、大女優の風格をまとうに至った。
とはいえ、ファーストインパクトは簡単には拭い去れない。『ラ・ブーム』のソフィーの何に惹かれたのか考えてみたが、それまでのアイドル女優とは異なる柔和な印象があったからだろう。当時の海外のアイドル女優はブルックにしてもフィービーにしてもシャープな雰囲気があり美人タイプ、もっと言えば肉食獣的で色気もある。しかし、ソフィーはどちらかというと草食系で、色気よりもかわいらしさが先に立った。元気に挨拶してくる“隣の女の子”というべき存在感。友だちとはしゃいだり、ニコッと笑ったり、パーティで澄ましてみたりなどの一挙一動が自然だった。こんなにもチャーミングなアイドル女優を見たのは、『リトル・ロマンス』(79)のダイアン・レイン以来だ。
しかし、ソフィーがアイドルだったのは続編『ラ・ブーム2』(82)までで、この後は女優として急激に成長していく。歴史大作『フォート・サガン』(84)を経て、19歳時に出演した『狂気の愛』(85)では大胆なヌードを披露。女子は成長が早いと言われているが、同い年でも十分ガキっぽかった筆者はそんな彼女に少々寂しさを覚えたりもした。そんな思いをヨソに、ソフィーは映画人として、どんどん成長していく。『狂気の愛』の監督で26歳年上の異才アンジェイ・ズラウスキーと公私に渡るパートナーとなり、『私の夜はあなたの昼より美しい』(89)、『ソフィー・マルソーの愛人日記』(91)を世に放つ。アカデミー賞受賞作『ブレイブハート』(95)でハリウッド進出を果たし、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(99)ではヒロインを務め、国際的な女優として認められた。一方で映画監督、作家としても活躍し、03年にはフランスの芸術文化勲章を受勲している。
鬼才フランソワ・オゾンと組んだ新作『すべてうまくいきますように』(公開中)では、尊厳死を望む父に振り回される女性にふんしている。ちなみにオゾンは前作『Summer of 85』(20)で、『ラ・ブーム』のパーティシーンでのソフィーにオマージュを捧げていた。もとい、ここでのソフィーはクローズアップを多用した映像の中で、複雑な胸中をリアルに体現。“隣の女の子”は、美しくも人間性を感じさせる“隣家の女性”へと成長していた。今、ソフィーをスクリーンで見て覚える不思議な感覚の正体は、そこにあるのだろう。
Interview
ソフィー・マルソー、新作『すべてうまくいきますように』を語る
——フランソワ・オゾン監督は長年、あなたと仕事をしたいと思っていたそうですね。
「これまでにフランソワが私の出演を考えたときは、タイミングがふさわしくないか、役柄がふさわしくなかったんです。でも一緒に仕事をしたいという希望はどちらも持っていました。私は昔から彼の映画が大好きでした。彼は折衷主義的な監督で、エネルギッシュで、好奇心旺盛で、社会とその弱点を観察する鋭い目を持っているから。特に『海をみる』に感動しました。それから『まぼろし』、『スイミング・プール』。『エンジェル』も大好きでした。今回の脚本に納得もいったし、この企画はわたしにぴったりでした。映画というのは多様な願いの交差点。監督と仕事をして、役柄を演じ、テーマを模索し、その瞬間を経験する。本作は美しい交差点でした」
—— “安楽死”という深刻なテーマにもかかわらず、本作にはたくさんのユーモアが見られます。
「喪失というのはみんな人生でいつかは直面しなければならないものだけれど、そのことについて笑うこともできるはず。父親役のアンドレ(・デュソリエ)はそれができるようにしてくれました。彼が演じる父親は、自分勝手で不機嫌になるけれど、堂々としている。私が演じたエマニュエルは父親の死に振り回されるけれど、その死は父親が自分で選んだこと。ただの死とは同じじゃない。これが本作を複雑にし、ただの一度もお涙頂戴にはならないのです」
——本作はあなたにとって女優として久しぶりの復帰作になりましたね(本国では3年半ぶりの公開作)。
「私は数年ほど演技をしていない状態から撮影現場に戻ってきました。この力強い物語と共演者たち、スタッフと監督に恵まれてとても幸せだったし、女優でありたいという思いを新たにしました」
すべてうまくいきますように
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 他 絶賛公開中
監督・脚本:フランソワ・オゾン(『ぼくを葬る』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』)
出演:ソフィー・マルソー アンドレ・デュソリエ ジェラルディーヌ・ペラス シャーロット・ランプリング ハンナ・シグラ エリック・カラヴァカ グレゴリー・ガドゥボワ
2021│フランス・ベルギー│フランス語・ドイツ語・英語│113分│カラー│アメリカンビスタ│5.1ch│原題:Tout s'est bien passé│字幕翻訳:松浦美奈│映倫区分:G
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
『8人の女たち』『Summer of 85』などのフランスの名匠フランソワ・オゾンが“安楽死”をテーマに描く最新作。『スイミング・プール』の脚本家エマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説を基に、安楽死を望む父親に振り回される娘の葛藤を描く。オゾンとは初タッグとなるソフィー・マルソーが主演。その父親役にフランス映画界の重鎮、アンドレ・デュソリエ。
小説家のエマニュエル(マルソー)は、85歳の父アンドレ(デュソリエ)が倒れたという報せを受け、妹とともに病院へと駆けつける。診断の結果は脳卒中。身体の自由がきかなくなったという現実が受け入れられない父は、人生を終わらせるのを手伝ってほしいと娘のエマニュエルに頼む。戸惑いを隠せないエマニュエルは、そのうちに父の気が変わることを願いつつ、安楽死を支援する協会を訪ねることに。その一方で父は、リハビリで日に日に回復を見せながらも、遂にその“決行日”を娘たちに告げる。