※文中にネタバレになる箇所もありますので、ご注意ください。
その1:生まれて初めて見た映画
スピルバーグの映画原体験ともいえるのが、両親と5、6歳の時にフィラデルフィアの映画館で見たパラマウントの大作『地上最大のショウ』(1952/セシル・B・デミル監督)。アカデミー賞作品賞も受賞したこの作品は、『フェイブルマンズ』でもサミー少年が映画館で初めて見る映画として描かれている。
スピルバーグはサーカスを見に来たと楽しみにしていたら、サーカスの映画だったので最初がっかりしたが、すぐに映画のマジックに夢中になった。特に列車が車と衝突するシーンが印象的で、映画を見た後におねだりしたのはおもちゃの列車セットだったそう。『フェイブルマンズ』では映画を観てすぐに列車衝突のシーンを8ミリで撮影しているが、実際に再現したのは12歳のころだったと2013年の講演会で語っている。
その2:父の仕事の影響で引っ越しばかり
『フェイブルマンズ』ではニュージャージーから始まって、アリゾナ州のフェニックス、カリフォルニアと一家が引っ越しする展開だが、やはり実際父アーノルドの仕事上、引っ越しが多かったという。「せっかく友だちができても、突然引っ越ししてしまうという経験が多かった」と本人も語っている。
ちなみに父アーノルドは元々ラジオなど機械いじりが好きで、RCA社に就職。ミサイルシステムの開発などを手掛けていたが、コンピューター部門の開発で異動し、その後GE社コンピューター部門に転職。最初のうちは家族はまだニュージャージーにいて、週末だけ会いに戻っていたという。ちなみに引っ越し先でミッツィが猿を飼うエピソードは実際にあったこと。実際に鬱気味になった母リアが猿を飼うことで癒しを得ていたという。
その3:父母も人間であるということ
映画『フェイブルマンズ』では父バートと母ミッツィは仲が良く、一家の絆も固く見えるが、やがて両親の離婚という事態に直面するのは、スピルバーグ一家の事実に沿っている。スピルバーグの過去作品『未知との遭遇』(1977)や『E.T.』(1982)などで父親のいない家庭が描かれていることについて、スピルバーグ自身の体験に基づいているという指摘は、当時広く噂されていて、本人も認めていたが、彼は離婚の原因について父親だけが悪いのではなく、実際の理由は母リア・アドラーの浮気にあったことを知り、父への見方を変えている。
リアは元コンサート・ピアニストで『フェイブルマンズ』でもその片鱗が描かれている(映画の中で使用されるクラシック曲はリアが好きだったものばかりとスピルバーグが発言している)が、自由奔放なリアが再婚したバーニー・アドラー氏は、本作のベニーに当たる人物。ただしアーノルドとリアはだいぶ後になって再会し、彼女が先に亡くなるまで友好な関係が続いたそう。リアは2017年に97歳で、アーノルドは2020年に103歳で死去した。スピルバーグは前作『ウエスト・サイド・ストーリー』を父に捧げている。
その4:8ミリ製作で映画製作の才能を発揮
サミー少年が『フェイブルマンズ』の中で製作する8ミリ映画は、スピルバーグの子供時代の映画製作になぞらえている。先述の『地上最大のショウ』を見た後に、列車と車の衝突を再現しようとした作品(実際は12歳のころに撮影という)に始まって、アリゾナ時代の家族旅行の記録映画、8分の西部劇『The Last Gunfight』、40分の戦争映画『Escape Nowhere』、『未知との遭遇』のベースとなった135分の大作『Firelight』などがそのフィルモグラフィーで、『フェイブルマンズ』でもサミー少年版の『The Last Gunfight』と『Escape Nowhere』の撮影エピソードは若き日のスピルバーグの才能開花を示す重要なシーンになっている。