2019年4月15日、世界に衝撃が走ったゴシック建築の最高峰ノートルダム大聖堂の火災。大聖堂崩落の危機が迫るなか、消防士たちはいかにして炎と戦い、キリストの聖遺物を守ったか。その緊迫の事態を『薔薇の名前』や『セブン・イヤーズ・イン・チベット』で知られるフランス映画界の巨匠ジャン=ジャック・アノーが、IMAXで描き出した。SNSでの呼びかけで集められた当時の動画や写真、極力CGを使わずに実物大セットでの撮影で蘇る臨場感のなか、あの日、あの場所にいた人々のドラマに胸が熱くなる。(取材・文:杉谷伸子)
“私の映画が全部ポジティブなエンディングなのは、それが私の性質だから”
−−まるで自分があの火災現場にいるかのような臨場感は、IMAXならではですね。
「ノートルダム大聖堂の美しさをとらえたいという思いもありましたが、IMAX®️認証デジタルカメラ撮影にこだわった理由は二つ。まずはスクリーンのサイズ、もう一つが音でした。あの火災を世界の多くの人が見ましたが、中にいたのは消火にあたっていた人たちだけ。火災が起きていたときの大聖堂の中に皆さんをお連れして、どんな音がしていたのか体感してほしかった。炎と戦っている人々の心の中にも皆さんを連れていきたい。
やはり、音に囲まれ、視覚がその映像でいっぱいになっている時こそ、ドラマやそのエモーションに没入できる。私はもともと大スクリーンで観る映像や複雑な音作りを大事にしていて、今回も溶けた鉛が木材に垂れる音や、40mの高さから落下する木材がコンクリートにぶつかる音を何時間もかけて作り出した。そうしたディティールがあるからこそ、よりエモーショナルな体験ができると思うんです」
−−こうしたスケールの大きな作品で苦労されたのはどういうところですか。
「今回は実際に炎を再現していたので、安全性を保つことですよね。クライマックスの鐘楼のシーンは、燃焼によって酸素が奪われますし、1200度にもなるので、1分30秒しか撮影ができなかったんです。そうした現場でスタッフの安全を守るためにも、どこに誰がいるのかを正確にオーガナイズしなければならない。そうした危険をみんなが理解しているからこそ、事故が起きなかった。唯一、手袋をし忘れた男性スタッフが、熱で火傷をしてしまったんですが」
――大聖堂からキリストの聖遺物を運び出そうとするキュレーターのロラン・プラドら、さまざまな人々のドラマによって、火災の緊迫感もさらに高まります。
「ロランさんは、火災の翌日に自分のPCに起きたことを全て記録していたんです。20ページぐらいあるその記録を渡してくれたんですが、脚本家が書いたら嘘っぽいと言われそうなほどドラマティックなことが実際に次々と起きていた。だからこそ、逆に映画の作り手としてワクワクしたんです。“これは本当に起きたことなんですよ”と伝えながら、ものすごく映画的に魅力的なものを作れる素晴らしい機会でもありましたから。もちろん、どの瞬間を見せるかは選ばなければいけませんけれど」
−−そうした実在の人物たちのなか、蝋燭に火を灯したがる幼い女の子が登場します。彼女はこの作品のために生まれた存在で、ノートルダム大聖堂への監督の愛や感謝のようなものが託されているように感じました。
「子供の頃に母とよく大聖堂に行っていたんですが、自分で蝋燭に火をつけるのは子供にとって特別なことだったんですよね。多くの人が子供時代に同じような体験をしているんじゃないかと思いますけれど、大聖堂のロケハンをしているときに、フランス領西インド諸島で2人の女の子が蝋燭に火をつけて、心を込めてお祈りしてる姿を見かけたんです。 その姿に自分も何かそういうものを表現しなければと思って生まれたのが、あの少女です。私は無神論者なので、それは信仰とはまた違うのですが、おっしゃったような愛や感謝のような気持ちが込められています」
−−この大火災で監督にも大きな喪失感があったと思いますが、この映画を作ることによって、ご自身も癒された部分もあったのでしょうか。
「確かにそれは正しいかもしれないですね。私は無神論者ですが、聖なる場所や宗教が好きです。というのも、宗教には基本的に“おたがいを愛せよ”というメッセージが込められているわけで、私はそういう思いに突き動かされて映画を作っています。面白いのは『薔薇の名前』、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』、今作と、宗教と関係する映画を作ってきたことですよね。日本の美しいお寺を訪れたときもそうでしたが、聖なる場所には心に訴えかけてくる何かすごく大きなものがあって、そうした場所では皆が人間としてベストの自分でいようとする。実は私の映画が全部ポジティブなエンディングなのは、それが私の性質だから。 自分の中のそのポジティブなフィーリングを、映画を通して皆さんに伝えたいと思っているんです」
−−フランスでは消防士が非常に尊敬されているそうですが、この映画を観るとものすごく納得できます。
「この作品を作るにあたって実際に消防士の方たちに取材させていただいたんですが、トップの方から新人の方までみんな同じように献身的。彼らの目を見ていると、みんな心がピュアだってことがわかりました。自分の命を危険にさらしても他者の命を救うという日々を送っている彼らには敬意を抱いていましたが、この映画を作ることでさらに消防士のファンになりました。実は、私もパリの消防旅団の名誉隊員になったんですよ。メダルもいただいて、隊員番号もいただいている。たいへん光栄に思っています」
PROFILE
ジャン=ジャック・アノー
1943年10月1日、フランス、パリ生まれ。2つのフランス映画学校を卒業後、ソルボンヌ大学で中世美術史と中世史を学び、1960年代後半から多くのコマーシャルを制作。デビュー作品『ブラック・アンド・ホワイト・イン・カラー』(1976)は第49回アカデミー賞外国語映画賞(現:国際長編映画賞)を受賞。原始人を徹底しリアリズムで描いた異色作品『人類創生』(1981)が世界的ヒット。
続いてショーン・コネリー主演作品『薔薇の名前』(1986)の成功によってメジャー監督としての地位を確立する。主な監督作品に、ジェーン・マーチ主演『愛人 ラマン』(1992)、ブラッド・ピット主演『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997)、ジュード・ロウ主演『スターリングラード』(2001)、ウィリアム・フォン主演『神なるオオカミ』(2015)などがある。セザール賞を4度受賞した経歴ももつ。
『ノートルダム 炎の大聖堂』
4月7日(金)IMAX他全国劇場にてロードショー
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