カバー画像:© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
知っておきたい「A24」の基本知識
A24が設立されたのは2012年のこと。ダニエル・カッツ、デヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジスという30代の3人がニューヨークを拠点に立ち上げ、最初の配給作品はロマン・コッポラ監督の『チャールズ・スワン三世の頭ン中』(2012)(日本劇場未公開)だった。
その後ハーモニー・コリン監督の『スプリング・ブレイカーズ』(2012)、ソフィア・コッポラ監督の『ブリングリング』(2013)など予算こそ少ないが、個性的な監督たちの映画ファンに刺さるような作品を次々製作&配給。
2015年には早速『ルーム』(2015)でブリー・ラーソンがアカデミー主演女優賞を、アレックス・ガーランド監督の『エクス・マキナ』(2014)が同視覚効果賞を受賞。翌年にはまだ新人に近いバリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』(2016)がアカデミー作品賞を受賞して、A24の名前は一気に映画業界に衝撃をもたらした。その後も毎年のようにアカデミー賞に自社関連作品を送り込み、ブランドとしての信頼感を確立。
一方でApple社と提携しApple TVとの共同配給作(『オン・ザ・ロック』(2020)など)を生み出すなど新機軸もスタート。A24印なら安心というファンを開拓し、いよいよ2022年の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が従来の大手スタジオ作品を抑え、オスカー主要7部門受賞という記録を打ち立て、創立10周年を越えてますます絶好調の波に乗っている。
『エブエブ』『ザ・ホエール』などでオスカー・ナイトを席巻A24の時代が来た!
並みいるライバルを押しのけ、今回のアカデミー賞で主要部門を独占する形になった新興会社A24ですが、この革新的な結末は、ハリウッドに大きな一石を投じることになった様子。今後の映画界にA24が図らずも突きつけた課題とは?
A24作品圧勝に見るアカデミー賞の変化
SCREEN5月号の速報でお伝えしたように第95回アカデミー賞は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(『エブエブ』)の圧勝(7部門受賞)で幕を閉じた。これはアカデミー賞の大きな変化を表していると、各メディアも報じているが、ライバル視された『イニシェリン島の精霊』(2022)『フェイブルマンズ』(2022)といった作品は無冠で終わったことを考えると、このような結果は以前のオスカーだったら考えられなかったかもしれない。
「白すぎるオスカー」と揶揄され、スパイク・リーらが授賞式をボイコットしたのは第88回のことなので、7年の間にアカデミー賞が方向大転換を図ったことが今回の『エブエブ』大勝利に繋がっているのだろう。
ただそのはるか以前から「アカデミー賞は時代を映す鏡」と言われてきたことも事実。大スタジオの超大作が作品賞を受賞した時代もあれば、ニューシネマがもてはやされた時代もあり、反戦映画が流行った時代も、低予算の渋い良作の受賞が続くときもあった。
というようにその時々の社会の流れに反映する形を見せてきたのがアカデミー賞だとすると、いまはまさに『エブエブ』のような多面性と“思いやり”を持つ作品が支持される時代に突入したのだろう。この『エブエブ』はオスカー史上いろいろな記録を生み出している。
最も大きく報じられたのはミシェル・ヨーがアジア系女優として初の主演女優賞を受賞したこと。演技部門でアジア系が受賞する快挙も何度かあったものの、いずれも助演部門だった。さらに黒人女優でも受賞者は『チョコレート』(2001)のハリー・ベリーのみで、いかに非白人が主演賞を受賞するのが難しいかを考えると、ミシェルの果たした偉業の意味は重い。
彼女自身受賞スピーチで「これを見ているかつての私のような若者にとって、この受賞は大きな可能性と希望を意味する良い例となるでしょう。女性の皆さん、どうか誰にも『君はもう盛りを過ぎた』なんてことを言わせないで!」と熱く語り、共感を集めた。
また助演男優賞受賞のキー・ホイ・クァンもアジア系男優としては『キリング・フィールド』(1984)のハイン・S・ニョール以来2人目の快挙。ベトナムから逃れてきた彼も受賞スピーチで「ぼくの人生は難民ボートで始まりました。香港の難民キャンプで1年過ごし、そんなぼくがこの晴れ舞台に立てるなんて、これこそアメリカン・ドリームです。皆さんもどうか夢を諦めないで!」と涙ながらに訴え感動を呼んだ。
ちなみに同作で助演女優賞を受賞したジェイミー・リー・カーティスもミシェル同様60歳代で、オスカー初ノミネートにして初受賞を飾った。ホラーやコメディ、アクションなどのジャンル女優と見られていた彼女も64歳にして最高のキャリアを獲得したのだ。「私がやってきたジャンル映画を支えてくれたすべての人に捧げます」と感謝のスピーチをしたジェイミーは興奮のあまり舞台上でジャンプして脚を痛めてしまったそう。
また『エブエブ』にはもう一つ大きな記録が。四つの演技部門のうち三つを獲得した同一作品はこれまで1951年の『欲望という名の電車』(主演女優、助演男女優)、1976年の『ネットワーク』(主演男女優、助演女優)の2作だけだったが、ここに『エブエブ』が三つ目として加わった。さらに本作はこの記録を持ちながら作品賞と監督賞も受賞した初めての映画になったのだ。
A24自体が生み出したこれまでにない大記録
この稀有な成功を収めた『エブエブ』を配給したA24自体も大記録を生んでいる。今回のオスカーではもう一つのA24配給作品である『ザ・ホエール』(2022)でブレンダン・フレイザーが主演男優賞を受賞、またメイク&ヘアスタイリング賞も受賞した。
フレイザーは「30年前に俳優を始め、仕事がなくなるまで感謝の気持ちを忘れていました。だからこのように認められたことでとても感謝しています。共演者たちがいなければ成し遂げられない役でした」と奇蹟の復活を心から喜んでいた。
このフレイザーの受賞でA24作品が作品、監督、主演男女優、助演男女優の主要6部門を一社で独占するという史上初の事態が発生した。これはハリウッドのどんな大手スタジオも成し遂げられなかった快挙で、創立わずか10年ほどのA24がいかに今、アメリカ映画界をけん引する存在になってきたかを象徴する偉業と言っていいだろう。
コロナ禍で配信サービスに走っていた映画の観客が劇場に戻ってきているこの時期に、A24の作品群が担う役割は大きいと米メディアも分析しているようで、『エブエブ』や『ザ・ホエール』のようにこれまでにないテーマを持つ作品が従来の映画ファンのほかに新しい観客層も生み出すことが期待されている。大手スタジオでは企画段階で消えそうな作品も、優れていればA24なら拾い上げてくれるかもしれないという作家もいるだろうし、観客も新時代を表わすような個性的な作品の出現を待っている。
そういう意味でもA24が今回アカデミー賞で巻き起こした旋風は重要で、いまハリウッドの大手スタジオがこれまでのやり方を見直し、革新的なチャレンジを行う時が来たと言われている。A24が映画業界に巻き起こした新たな波は、どこまで21世紀の映画界を変えていくか、今後を見守りたい。
作品賞・主演女優賞ほか最多7部門受賞
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
コインランドリーを経営する中国移民の中年女性エブリンが、実は別の世界ではカンフーの達人でスーパーヒーローだった! 別世界の自分の能力を一瞬で吸収できる技を会得したエブリンはすべての世界を滅ぼそうとする自分の娘と対決することに? アカデミー賞作品賞ほか全7部門受賞のSFアクション・アドベンチャー!(公開中/ギャガ配給)
© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
>>『エブリシング・エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』関連記事はこちら
主演男優賞ほか2部門受賞
『ザ・ホエール』
大切な恋人を失って過食症となったチャーリーは体重272キロの巨漢に。余命もわずかと宣告された彼の残された望みは、疎遠となっている娘エリーとの関係を修復すること。果たしてチャーリーの最期の願いは叶うのか。チャーリーを演じたブレンダン・フレイザーがアカデミー主演男優賞を受賞したヒューマンドラマ。(公開中/キノフィルムズ配給)
© 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
>>『ザ・ホエール』関連記事はこちら