都会育ち少年ピエトロと山麓の小さな村で牛飼いをする少年ブルーノが出会い、楽しい時間を過ごす。いったんは疎遠になった2人が大人になって再会を果たし、互いの人生に影響を与えていく。映画『帰れない山』は世界39言語に翻訳され、イタリア文学の最高峰・ストレーガ賞に輝いたパオロ・コニェッティの同名ベストセラー小説の映画化で、2022年に第75回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞しました。脚本も書いたフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督、シャルロッテ・ファンデルメールシュ監督に作品に関わることになったきっかけや演出について話をうかがいました。(取材・文/ほりきみき)
合わせ鏡のような関係性のピエトロとブルーノ
──本作の監督をお引き受けになった経緯からお聞かせください。
フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督(以下、フェリックス監督):まず僕のところに話が来ましたが、舞台はイタリアのアルプスで、自分はベルギーに住んでいる。この物語にどう関わればいいのか、よくわからない。映画を撮るのは無理だと思いました。しかし、版権を持つ方からも連絡があり、そこまで言われるのならと読んでみたところ、とても素晴らしい作品で、ぐいぐい引き込まれたのです。この作品は自分で撮りたいと思いましたし、自分ならこの物語をうまく表現できるという自信もありました。
そこで、休暇を兼ねて、シャルロットと一緒にイタリアに行き、原作者のパオロ・コニェッティに会い、彼が住んでいるところや舞台になったところを訪れてみました。
シャルロッテ・ファンデルメールシュ監督(以下、シャルロッテ監督):フェリックスから話を聞いて、彼に向いている作品だと思いました。彼とはまた何か一緒にやりたいと思っていましたし、私自身も小説からインスピレーションを受けたので、一緒にやりたいと彼に伝えたのです。
少年時代に出会った2人の男性の友情を描いていますが、それぞれが自らの生き方を模索する話でもあります。ピエトロは父親との関係や人生に葛藤し、ブルーノは祖先と同じように生きていきたいと思うものの、世界が変わってしまってうまくいかない現実がある。そこには自然があり、女性も登場します。この物語の中にさまざまなレイヤーがあると感じたのです。
フェリックスも私もしばらく前に父親を亡くしました。作品に関わりながら、それぞれが父親を悼むことで自分たちの繋がりを築いていくことができるのではないかと思ったことも背中を押してくれました。
──原作は壮大な物語です。また監督の母語ではないイタリア語での撮影です。脚本を書くのは大変でしたか。
フェリックス監督:まず、母語で脚本を書いて、それをイタリア語に翻訳してもらいました。その間に我々もイタリア語を学び、実際にイタリアに行き、キャストやスタッフと会い、ロケ地で時間を過ごし、ゆっくりと1年半掛けて準備したので、苦労したとは思っていません。
シャルロッテ監督:イタリアで原作者のパオロが迎え入れてくれ、彼の知り合いを紹介され、関係するところに連れていってもらったので、主人公たちの友情がどうやって生まれていったのかといった彼の世界観を肌で知ることができました。自分たちが表現したかったのは小説に描かれている核になるものだったので、それを反映することができ、作品にいい影響を与えてくれたと思います。
フェリックス監督:パオロが脚本に関わってくれたのも大きかったと思います。細かいセリフのニュアンスを直してくれて、編集の段階ではナレーションの部分を書いてくれました。
──ピエトロとブルーノ、山に魅せられつつも違う生き方を選んだ2人を描く上で意識したことはありますか。
シャルロッテ監督:男性と違って、女性は友人とよく喋ります。相手が問題を抱えているときに何も言わないでいるというのはなかなか難しい。しかし、親友と呼べる人とは黙って一緒にいることができます。もちろん何か言わなくてはいけないときもあり、そのタイミングは相手によって違います。そういう意味では、私は女性ですが、ピエトロとブルーノの関係を理解できると思って演出しました。
フェリックス監督:ピエトロとブルーノ、それぞれの人生において何があり、それがどう変化したのかを描いていますが、片方が選択したことがもう1人を刺激し、自分にとって何が必要なのかを考えます。合わせ鏡のような関係性です。それを映し出す際に大きな背景となるのが、2人がどうやって、どういう強さで繋がっていくのかということ。2人は違う生き方を選びましたが、共有していることはたくさんあるのです。感覚的に馬が合っていたということがありますが、一緒にある作業をしたことが関係性を深めるきっかけになりました。
また悩んでいる相手に対してどう手を差し伸べるかということも演出する上でのポイントでした。ピエトロとブルーノは互いに支え合い、相手のために何かをしてあげたいと思い、相手もそれを受け入れる。それが最終的に悲劇に繋がってしまいましたが、それも含めて大事に描いたつもりです。
<PROFILE>
フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
1977年11月1日、ベルギー・フランダース、ゲント生まれ。2000年にゲントの王立芸術アカデミー(KASK)を卒業し、映像芸術の学士を取得。クンフーというゲントの劇団で台本を書き、演出もしていた。2009年「あきれた日常(THE MISFORTUNATES)」が、カンヌ国際映画祭の監督週間でワールドプレミア上映され、国際的な注目を集めた。その後、『オーバー・ザ・ブルースカイ』(2012)が、2014年アカデミー賞®外国語映画賞のベルギー代表に選出されノミネートを果たす。またセザール賞最優秀外国映画賞も受賞した。「ベルヒカ」(2016)は2016年サンダンス映画祭でプレミア上映され、ワールド・シネマ・ドラマ部門で監督賞を受賞。そして主演にスティーブ・カレルとティモシー・シャラメを迎えた、初めての英語作品『ビューティフル・ボーイ』(2018)を経て、本作に至る。
シャルロッテ・ファンデルメールシュ
1983年11月11日、ベルギー・フランドル出身。アントワープのヘルマンテアリンク・インスティテュートで演劇芸術を学び、その後劇団で数多くの演劇作品に出演。2010年、テレビシリーズ「Dag & nacht」と映画「Turquaze」で主役を務める。また2012年、テレビシリーズ「Deadline 14/10」と、その続編「Deadline 25/5」(2014)で主役を演じる。『オーバー・ザ・ブルースカイ』(2012)では脚本に参加。『帰れない山』(2022)では、フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンと共に脚本を務め、共同監督としても名を連ねている。
『帰れない山』2023年5月5日(金・祝)より全国順次公開
<STORY>
都会育ちで繊細な少年ピエトロは、山を愛する両親と休暇を過ごしていた山麓の小さな村で、同い年で牛飼いをする、 野性味たっぷりのブルーノに出会う。まるで対照的な二人だったが、大自然の中を駆け回り、濃密な時間を過ごし、たちまち親交を深めてゆく。やがて思春期のピエトロは父親に反抗し、家族や山からも距離を置いてしまう。時は流れ、父の悲報を受け、村に戻ったピエトロは、ブルーノと再会を果たし…
<CAST&STAFF>
監督・脚本:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン、シャルロッテ・ファンデルメールシュ
撮影:ルーベン・インペンス
原作:「帰れない山」(著:パオロ・コニェッティ、訳:関口英子 新潮クレスト・ブックス)
出演:ルカ・マリネッリ、アレッサンドロ・ボルギ、フィリッポ・ティーミ、エレナ・リエッティ
2022年/イタリア・ベルギー・フランス/イタリア語/1.33:1/5.1ch/147分/原題:LeOtto Montagne/日本語字幕:関口英子
配給:セテラ・インターナショナル
2023年5月5日(金・祝) 新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/theeightmountains/
© 2022 WILDSIDE S.R.L. – RUFUS BV – MENUETTO BV –PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS – VISION DISTRIBUTION S.P.A.