数奇な人生をたどるも愛を貫き続けたルイス・ウェイン
猫という生き物は気まぐれで、身勝手で、どこまでもマイペースを貫く。人間に合わせる犬と比べると、ちょっと扱いにくいところもあるが、そのマイペースぶりが猫の不思議な魅力でもある。英国出身のベネディクト・カンバーバッチが、飼いならすことができない“ネコ科”の男優として本領を発揮したのが伝記映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』。
ルイス・ウェインは19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した英国の画家で数多くの猫の絵を発表した。レストランで食事をしたり、海辺で遊んだり、まるで人間のような行動をとる猫たち。人間生活を風刺したユーモアがあって、思わずクスリと笑いたくなる可愛さもあるが、それを描いたウェイン自身の人生は平坦ではなかった。彼の絵に興味を持ち、監督と共同脚本を担当した日系監督、ウィル・シャープは絵のユーモアの奥にウェインの不安や悲しみを読み取り、そこにひかれたという。
そんな監督の視点に共感したカンバーバッチは脚本が気にいって出演を決意。製作総指揮に名前も連ねている。ウェインの並外れた人生に興味を持ったそうで、BDの特典映像の中で役作りに触れ、「役者なら演じたいと思う役だと思う。僕自身も絵を描くので、彼のスタイルを学んだ」と語る。劇中のウェインはすごいスピードで絵を描き、時には両手も使うが、そんな筆さばきも自身でこなした。彼が絵を描く場面はすごくサマになっていて説得力がある。
カンバーバッチ演じるウェインは階級が上の家庭だったが、父親が他界した後、5人の妹を抱え、若くして生活苦に直面。やがて階級が下の家庭教師に恋をし、周囲の非難も気にとめずに結婚。妻との結婚生活は短かったが、彼女を失った後、ふたりが愛情を注いだ猫の絵を描いて人気者となる。妹たちとの厳しい生活を通じて精神的に追いつめられるが、妻や猫への愛は変らない。カンバーバッチは「素晴らしいラブストーリー」と呼ぶが、数奇な運命をたどる主人公が愛を貫く姿には心を動かされる。
ピュアな部分や優しさに加えて演技者としての風格も堪能できる
カンバーバッチはもともとエキセントリックな役が得意。「SHERLOCK/シャーロック」(2010~)のホームズ像も、オスカー候補となった2本の作品、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014)の数学者や『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)のカウボーイも風変わりな役だ。
マーベル映画の『ドクター・ストレンジ』(2016)でも“普通じゃない”ドクター役を好演。今回の画家役にも奇妙な部分があるが、愛する妻や猫との関係を通じて、彼のピュアな部分や優しさがいつも以上に伝わり、ファンとしてはそこにほれ込んでしまうはず。
今まで“ネコ科”の男優として意識したことはなかったが、猫のように気まぐれながらも、愛すべき雰囲気がある。複数の猫との共演を通じてカンバーバッチが繊細な個性を発揮している。いつも立ち姿が美しいが、コーデュロイのジャケットなど、トラディショナルなファッションがよく似合い、その着こなしぶりも絵になる。演技力にはますます磨きがかかり、演技者しての風格も堪能できる。
俳優でもある監督のウィル・シャープはオリヴィア・コールマン主演の話題のTVドラマ「ランドスケーパーズ 秘密の庭」(2021)でもこの作品同様、ややシュールなドラマ作りを見せていたが、今回も力を発揮。オスカー女優のコールマンが全体のナレーションも担当することで、ドラマの贅沢感も増している。ミュージシャンのニック・ケイヴが作家H・G・ウェルズ役でゲスト出演を見せる。
おうちで観返したい3つのみどころ
猫人気の原点! ルイス・ウェインの功績
英国の画家ルイス・ウェインは1860年にロンドンのクラーケンウェルに生まれ、1939年に他界。生涯に渡ってさまざまな猫を描き、特に新聞に発表した作品は評判を呼ぶ。ヴィクトリア時代の英国では犬と比べると猫の地位が低かったが、人間を擬人化したウェインの斬新な絵のおかげで猫人気が盛り上がり、ペットして認知された。ただ、作者は絵の版権を持っていなかったため、絵本などが売れても経済的には恵まれない生涯を送る。
CGなし! 猫の名演に心鷲掴み
映画にはさまざまな猫が登場する。特に印象に残るのが、ウェイン夫妻と雨の日に運命の出会いを果たす白黒の猫。ピーターと名づけられ、ウェインが猫絵を始めるきっかけとなる。ピーターの撮影のために年齢の異なる3匹の猫が用意されたが、特にフェリックスと名づけられたタレント猫はカンバーバッチになつき、完成した本編でもCGなしの演技を見せた。エンドクレジットではピーターの絵をはじめ、ウェインが描いた多くの印象的な猫絵が使われる。
賞レースでも注目の女優たちが共演!
映画では演技派女優たちの好演も見逃せない。ウェインが生涯愛し続ける妻、エミリーを演じるのはクレア・フォイ。家庭教師役で優しさと芯の強さを見せる。フォイは人気ドラマシリーズ「ザ・クラウン」(2016~2020)ではエミー賞受賞。映画は『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(2022)等にも出演。
一家をしきるウェインのしっかり者の妹、キャロライン役はアンドレア・ライズボロー。『To Leslie トゥ・レスリー』(2022)ではアルコール中毒の母親を好演してオスカー候補となる。
Blu-ray&DVDは7月5日(水)発売
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
Blu-ray/DVD 2023年7月5日(水)発売
発売元:キノフィルムズ/木下グループ
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
Blu-ray
・5,280円(税込)
・特典映像:特報&予告編、「メイキング」、「猫と歩んだ男」ルイス・ウェイン解説映像
・封入特典:ポストカードセット(3枚組)
特典のポストカードは、画家・絵本作家のヒグチ ユウコとグラフィックデザイナーの大島依提亜が共作したオルタナティブポスターのデザインを使用!
DVD
・4,290円(税込)
・特典映像:特報&予告編
ブルーレイには特典映像も収録。この作品の製作をめぐる「メイキング」やルイス・ウェインの人生を追う「猫と歩んだ男」が収録。カンバーバッチは映画に対する意気込みや画家の役作りについて語り、監督のウィル・シャープは作品のコンセプトを解説。映画をさらに深堀りできる貴重なコメントが多く、主人公の時代背景が分かる。
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