折しも、彼女の母としての生き方を赤裸々に捉えた、彼女の実の娘である女優で歌手のシャルロット・ゲンズブールの初監督作品、『ジェーンとシャルロット』(2022)が8月4日から公開される。必見である。
この連載にシャルロット・ゲンズブールのインタビューを載せる予定もあったのだが、バーキンの逝去で叶わなくなった。
今回は異例の人物なしで、筆者の過去の複数のインタビューも交えながら、本作をご紹介しつつ、追悼のエッセイを載せることにした。
ジェーン・バーキン、ありがとう。安らかに。
特別な母娘と特別な家族
その両親の次女として生まれたシャルロットは、14歳にしてクロード・ミレイユ監督作品『なまいきシャルロット』(1973)でデビューするやいなや、セザール賞の新人女優賞を獲得するという才能ぶりを見せる。
そんな娘には、少女時代から自分の元を離れ、多くの人々のミューズのような存在になっていってしまったからか、遠慮や距離を置いてきたと、ジェーンは本作で吐露する。
奇しくも、シャルロット同様、次女として生まれ育ったというジェーン。
宿命的な共通意識を持ちながら、一卵性母娘のような親密さも感じつつ、互いにそれぞれの時代のアイコン同士としての、微妙な距離を置きながら紐づけられてきた。
そんな特別な母娘は、この映画誕生までの間にも家族の歴史を脈々と築いてきたのだ。
10年以上も公私を共にしたゲンズブールとも別れた後のジェーンは、フランスの映画作家ジャック・ドワイヨンとの人生を選択する。
二人の間にはルーが生まれ、ジェーンの三女となるのだ。
ジョン・バリー、セルジュ・ゲンズブール、ジャック・ドワイヨンという才能に満ちた三人の男を夫にしたジェーン・バーキン。
その男たちとの間に一人ずつ娘をもうけた。
ケイト、シャルロット、ルーという娘たち。
一人の夫に一人の娘と決めていた。平等にしたかったから。
と説明するジェーン。
シャルロットを納得させるような、そんな言葉と場面も微笑ましい。
ステップ・ファミリーである、この特別な芸術一家を支えて来たジェーン・バーキン。50歳を越えて、ジェーンの偉大な母性と対峙したシャルロットの心境をも本作は映し出す。
ケイトの早すぎる死を抱えて
写真家であったり、女優であったり、アーチストでもあったり、ファッションブランドのアイコンになったりと、ジェーンの三人の娘たちは多才な芸術家へと成長した。
先のインタビューでジェーンが語ったように、才能ある男たちの血を受け継いでいる娘たちの活躍が、ジェーンの至福の愉しみになっていた。
惜しまれるのは、ケイトが46歳にして謎の死を遂げたことだ。事故なのか、自ら世を去ったのか。
母として娘に先立たれることほどの悲しみとはどれほどのものか、察することももどかしいばかりだ。
先のインタビューで語っていた、60代を迎えていた彼女の最大の幸せの一部がもぎ取られてしまったのだ。
ジェーンのケイトへの想い、愛した愛犬や、S・ゲンズブール、ジェーンの目の前からいなくなってしまった愛する存在についての想いや映像の断片が、本作に浮き彫りにされる。
そんな場面も、シャルロットの母への思いやりに感じられ、切ない。
ケイトが亡くなってから時を経て、シャルロットは2017年に「Kate」という曲を作り、本作に起用している。ジェーンもまた、2020年に日本でも発売された「Oh! Pardon tu dormais…」を出すことによってケイトへの想いを癒すことが出来たと表明してもいる。
本作品もまた、ケイトへのレクイエムになっていることも事実だろう。
多くの心の痛みを抱え、デリケートでフラジャイルになっていったはずのジェーンであるが、本作全編に映し出される彼女の姿には、そう感じさせないものがある。
老いることを恐れず、歳を重ねていく間に見舞ういくつかの悲劇を受け入れ、生きていくことを憶えたかのような面ざしなのだ。
どれも、これもそれまでの家族のすべての思い出であり、それを抱えて、神々しいほどの「悟り」の美しさを醸している。
その想い出の多くを詰め込んだかのような、ゲンズブールが残したという品々が詰められた箱は、彼女の住まいに宝物のようにして積んである。
想い出があるから捨てられない。自分が死んだら処分して欲しいとシャルロットに頼んでいたシーンが、今となってはリアルに心に残る。
S・ゲンズブールとドワイヨンの違い
「フランスで生きるということは、自分が自分らしく、自由に生きることに喜びを持たなくてはいけないんです」
と先のインタビューでも言っていたジェーン。
彼の作曲する歌をフランス語で歌うようになったジェーンにとって、18歳も年上のセルジュは必然的に、良き教師でもあっただろう。
彼の暮らした家が、今年には一般公開されるとも聞くが、本作でも久しぶりにそこを訪れたジェーンの心境が映し出される。
興味深いシーンだ。
ちなみに、3番目のパートナーとなったジャック・ドワイヨンとは歳の差も少なく同世代である。
三人の男たちの中では、ゲンズブールより長く、13年近くジェーンと人生を共にしたといわれる。
彼をインタビューする機会があり、映画監督としてはもちろん、私生活においても、自分がジェーンを育てたという想いはあるのだろうかとうかがってみた。
彼の作品『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』(2017)が日本で公開される時でもあり、彼とジェーンとの関係が、ロダンとカミユ・クローデルのような師弟愛ではなかったかどうか確かめたくなったのだ。
ドワイヨン監督は応えた。
「彼女は私と一緒にいた当時には、既にかなりの映画に出ており、娯楽映画に出ていた彼女の方が有名でしたから、街でサインを求められるのは彼女でして、私は知られていない存在(笑)でした」(本連載VOL.10:2017年11月10日掲載記事から抜粋)
つまり、彼女は映画作家としての自分の弟子とは言えない。あえて言うなら、3本作った作品で、彼女にドラマチックで悲劇的な役をさせ、それがきっかけとなり、ゴダールやリヴェットの映画に彼女が出演するようになっていった、という点では、私の功績はあるかも知れないがと、謙虚に応えた。
「別れた後、お互い別のところに住み、別の人と恋愛をし、何につけ関係がなくなりましたが、重要なことは、私の愛すべき大切な子供を彼女が作ってくれたということです」(同上連載から抜粋)と付け加えた。
その愛を何と呼ぶべきなのかを問うと、呼び名はないが、いつも強く、熱烈なものだった。しかし、それほどの強さをもっていても、別れは避けられない。と胸の内を語って下さった。
今も忘れ難い、ジェーンへの最高の賛辞である。
特別なファミリーの特別な感覚
さらに彼とジェーンの間に生まれた、女優でマルチ・アーチストのルーにも、「フランス映画祭2014 」開催で来日した折に、インタビューしたことがある。
異父姉妹で姉にあたるケイト・バリーが亡くなって、半年くらい経った頃であった。
彼女の当時の実生活を彷彿とするような作品、『アナタの子供(原題)』(2012/劇場未公開)は、父親のドワイヨンの映画だ。
元夫と、新しい恋人の男の間で揺れる女の心象風景を描いた作品で、ドワイヨン監督の体験にも重なるようなテーマである。
ルー演じるシングルマザーとなった主人公の女は、ヌードでベッドにいて、「新旧」の二人の男に挟まれながら、今後のことを相談するという姿。
フランスならではの恋愛風土を感じさせ、映画祭での上映でも話題になった。
なぜ、ドワイヨン監督は実の娘を起用したのか。
「多くの女優にオファーしたんですが、みごとに全員から断られたそうで(笑)。そんな父からのオフアーは待ってましたとばかり、受けました」(「ウエブダカーポ」連載2014年6月19日掲載記事から抜粋/現在配信廃止)とのこと。
父のつくる映画のミューズになったルーであった。
そのうえで、映画のための公私にわたるミューズになること、例えば母であるジェーンのように。そういう道をめざすのかどうかをたずねたところ、予想外の答えをもらった。
「(映画でも私生活でも)母のように男たちから『君がいてくれたから、こんなことが出来たんだよ』と言ってもらえるような存在がミューズであるなら、自分はなれない女だとわかってきたんです(笑)。自分は男たちに創作意欲を湧かせる女ではないんですよ」(同上記事から抜粋)
仕方がないので、自分で歌を作って自分で歌うことにしようと思っていると。
そのことを彼女は、「S・ゲンズブール化している」自分だと言う。
ことほどさように、ゲンズブールの影響の大きさを感じさせられて驚くこともないのだろうが、感動するのは、異父姉妹であるゲンズブールの娘のシャルロットを愛し、彼女の父を尊敬するルーという、ジェーンの三女の存在にだ。
こんなステップ・ファミリーってそうはいないものである。
母と娘を繋ぐS・ゲンズブールを讃える想いも溢れる
そこで再び、『ジェーンとシャルロット』を観かえせば、ゲンズブールを讃える作品でもあることに気づく。
娘のシャルロットを愛した父は、ジェーンにとってはかけがえのない男。
セルジュと子供たちの8ミリ映像も浮き彫りになる。
確かにジェーンとシャルロットを結びつけている絆は、二人にとって忘れ得ぬセルジュ・ゲンズブール、その人なのだ。
本作エンドロールでは、「Je voulais être une telle perfection pour toi !」を歌うジェーンの楽曲が流れ、シャルロットのセンスが光る。
「あなたのために完璧になりたい」「最愛の人になりたい」と歌詞の意味が字幕で出る。そのためには何だってする、というような意味深長でアナーキーな歌詞が続く。
私はあなたのために完璧でありたかった!……。そんな風に思える男がいて、その男のために完璧をめざす女。女として生まれたら、そう生きなくてはいけないんじゃないかと、本作の最後に、女たちを鼓舞するようなメッセージをジェーンは残したのだ。
ジェーンは人生を共にした男たちの誰にそう言っているのだろう。
全員にだろうか?興味深い。そんな謎かけもされた想いで、頬に伝わる涙をぬぐう筆者である。
そして、もちろん、セルジュのためにでしょう?と、筆者なりに胸に収める。
蛇足ながら、付け加えると映画の中でジェーンは、母としてのある大きな発見について口にする。
ここが圧巻で、この作品を作ったことの大きな意味を、観る者すべてに知らしめる。この場では具体的に触れることが出来ないのだが、絶対的な「気づき」と「救済」のシーン。お見逃しなく。
ともあれ、本作がジェーンの生前に撮られたことが、今さらながら尊い仕事となった。
ありがとう、シャルロット。と、思わず声に出る。
誰をもそんな気持ちにしてくれるに違いない、『ジェーンとシャルロット』。
多くの母たち、娘たちに観ていただきたい、そして男たちにも。
撮りあがった作品を観たジエーンは、この映画を「宝物」のように思えたと語ったそうだ。まさに私たちにとっても、宝物になった作品ほかならない。
『ジェーンとシャルロット』
(第74回カンヌ国際映画祭2021オフィシャルセレクション・カンヌプルミエール)
2023年8月4日(金)より、
ヒューマントラストシネマ有楽町 / 渋谷シネクイント 他にて全国縦断ロードショー
監督/シャルロット・ゲンズブール
出演/ジェーン・バーキン、シャルロット・ゲンズブール、ジョー・アタル
プロデューサー/マチュー・アジェロン、マキシム・ドロネー 、ロマン・ルソー 、シャルロット・ゲンズブール
芸術監督/ナタリー・カンギレイム
編集/ティアネス・モンタッサー
追加編集/アンヌ・ペルソン
撮影/アドリアン・ベルトー
第一助監督/ジーナ・ディサンティ
美術/ギョーム・ランドロン
録音/ジャン=リュック・オウディ 、マルタン・ラノー 、サミュエル・デローム 、マルク・ドワーヌ
配給/リアリーライクフィルムズ
宣伝/Prima Stella
宣伝デザイン/内田美由紀 (NORA DESIGN)
予告編監督/遠山慎二(RESTA FILMS)
日本語字幕翻訳/横井和子
2021年/フランス/92分 /カラー
© 2021 NOLITA CINEMA – DEADLY VALENTINE PUBLISHING / ReallyLikeFilms
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