「午前十時の映画祭13」にて70年代に世界的オカルトブームを起こした「エクソシスト」のディレクターズカット版が9月1日(金)より公開された。
エクソシストとは悪魔祓いの祈祷師のことで、作家ウィリアム・ピーター・プラッティが1949年に実際に起こった「メリーランド事件」を元に書き上げた原作をウィリアム・フリードキン監督が映像化してオカルトブームを起こした。
映画のヒットを受け近代映画社ではスクリーン臨時増刊「恐怖!オカルト映画のすべて」を発売。その中では荒俣 宏 氏が特別読物「悪魔はキミを狙っている やさしい悪魔学」を執筆している。モデルとなった事件とは? 悪魔とは? 悪魔祓いとは? 当時の記事を一部抜粋にて掲載する。
(文・荒俣 宏)

実際にあった「メリーランド事件」とは?

画像1: 映画「エクソシスト」より

映画「エクソシスト」より

悪魔憑きの恐ろしさを描いた話題の映画『エクソシスト」。
その作者ウィリアム・ピーター・ブラッティが原作をつくりあげるのにモデルとして使った現実の事件とは、いったいどんなものだったろう? 
アメリカの週刊誌『ニューズウィーク』がなまなましく語る実見録から、とにかく次のような話に耳をかたむけてもらいたい。
⋯⋯ときは一九四九年、ところはアメリ力合衆国メリーランド州マウント・レイニア。一月のある日、ジョン・ホフマンという十四歳になる少年の身のまわりに、不思議なできごとがおこりはじめた。べつだん、これといった理由もないのに、少年の部屋にかかっていた絵が落ちたり、椅子が浮きあがったり、ベッドがユサユサと揺れたりするのだ。この怪現象は数週間やすむことなくつづいた。そのあいだに、ジョンといっしょに車に乗ろうとした叔母さんが眼に見えない力で席に押しつけられ、それがもとで死んでしまったり、とつじょ壁に亀裂が走ったり、異常なできごとが相次いだ。
怖くなった両親はジョージタウンの大学病院に少年を入院させたが、結果は好転せず、子供とは思えない口ぎたない罵りや、顔が赤くなるほど淫らなことばを吐きだすようになった。しかも少年の使うことばは、老人でなければ解らない古代語なのだ!
少年のあまりの暴れように手を焼いた医師が、しかたなく皮紐でションをベッドに縛りつけると、驚いたことに全身に長い引っかき傷があらわれ、まっ赤な血を噴きだしさえした。
悪魔憑きは、二ヶ月間つづいた。その間にジョン少年の体重は四〇ポンド減り、顔つきもすっかり変わって、これが十四歳の少年かと思うほど奇怪な表情になった。こうなっては、もう方法がない。ジョージタウン大学病院は、悪魔ばらいを受けさせるために少年をセントルイスに送った。
いっぽう、セントルイスのイエズス会は少年を救うために二〇回以上の儀式をおこなったと記録に残っている。
悪魔ばらい師と悪魔との対決は、こうして二ヶ月間つづいた。繰り返しくり返しおこなわれる儀式に、とうとう根負けした憑きものは、「自分はバイブルのなかに出てくる〈堕ちた天使〉のひとりだ」と告白して少年の体から抜け出た。悪魔から解放されたジョン少年は数時間失神したあと、翌朝さわやかに眼をさました。体はやせ衰え、眼ばかりがギラギラ光る異様な表情は残ったけれど、当の少年は四ヶ月にわたった悪魔憑きの期間のことを何ひとつ記憶していなかった。恐怖の経験をしたジョンは、カトリックの高校にすすみ、ジョージタウン大学を卒業して、現在もなおワシントン特別区で平和に暮らしている。
 
ところで、二ヶ月間もの苦闘の末に勝利をおさめたイエズス会では、この死闘で悪魔に有効だと立証されたすべての悪魔ばらい法を、日記に残していた。そして偶然にも、日記のコピーがプラッティの手もとにころがりこんで来た。日記を読み、出来ごとのすさまじさに驚いたブラッティは、さっそくそれを忠実に小説化した。こうして出来あがったのが、ベストセラー『エクソシスト」(翻訳は新潮社から宇野利泰訳で出ている)なのだ。

画像: 1971年10月発行 スクリーン臨時増刊「恐怖!オカルト映画のすべて」より

1971年10月発行 スクリーン臨時増刊「恐怖!オカルト映画のすべて」より

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