現代のヒッチコックたち
ポン・ジュノ、ブライアン・デ・パルマは?
では、今の映画界で“現代のヒッチコック”と呼べるのは?
「ポン・ジュノじゃないかと思う。彼のすべての作品にヒッチコック的なものが入っている。『パラサイト 半地下の家族』(2019)はヒッチコックが撮ることができなかった最高のヒッチコック映画だね」
かつて“現代のヒッチコック”をめざしていたブライアン・デ・パルマ(『殺しのドレス』)は?
「彼はヒッチコック以上にカメラの動きに興味がある。デ・パルマは好きな監督だし、取材をしたこともあるけど、彼はヒッチコック映画にあるニュアンスや社会的な意味が希薄だ。ヒッチコックは無名時代にドイツの映画界で修業しているから、そこで学んだことも多かったのだろう。ヒッチコックの方が、もっと洗練されたものを身につけている。それに多くの映画人はヒッチコックと仕事をしたがったが、デ・パルマの場合はそうじゃない」
実はかつてロンドンでデ・パルマの講演を聞いたことがある。かなり気むずかしそうな人で、舞台の上にいるのに講演中に観客と激しい口論をしていて、一筋縄ではいかない人柄がうかがえた。そうしたキャラクターの違いをマークも感じたのだろう。
デヴィッド・フィンチャーのスリラー
では、ヒッチコックを描いた別のドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』(2015)にヒッチコックを敬愛する監督のひとりとして登場していたデヴィッド・フィンチャーは?
「フィンチャーはすばらしいと思う。映像を通じて自身の世界を作り上げるのが監督の仕事だと思うが、フィンチャーはそれがうまい。映像の質感や色彩などを使い、彼が作り上げた宇宙の中にこちらもいる気にさせる。彼の『ゴーン・ガール』(2014)はヒッチコック的な作品だ。ただ、僕自身はこの映画のファンじゃない。本当に偉大な作品にはスタイルと内容の両方が必要だ。フランソワ・トリュフォーは“偉大な作品には映画と人生について語るべきものが必要だ”と言っていた。その点、フィンチャーの別のスリラー『セブン』(1995)はすごくて、その両方がある」
90年代に作られた『セブン』は“シリアルキラー”(連続殺人鬼)を描いた傑作の一本となったが、『サイコ』の伝統を受け継ぐこの路線の最初の発火点となったのは、ジョナサン・デミ監督のアカデミー作品賞受賞作『羊たちの沈黙』(1991)である。
「デミのことも僕は知っているけど、この映画では人物の顔の撮り方が本当に印象的だったと思う」
カズンズ監督の英国でのキャリア
映画史の本も書き上げる
マークは20代の時に“Scene by Scene”(1997~2001)というBBCの人気インタビュー番組も担当。そこでハリウッドの有名スターや監督も含め、多くの映画人にも取材をしてきた。
今回の映画で大変だった点について聞くと、「今回の映画はすごく楽しくて、3カ月で撮ることができた。僕はスーパー・ファースト(早撮り)なんだよ! もっとも、以前、ファシズムに関する映画を作った時は本当に大変だったけどね……」
何を聞いてもすぐに明快な答えがくる。フル回転のエンジンのようにエネルギッシュ!
「僕自身はもともと視覚人間で、イメージ関することはすぐに記憶できた。ただ、文章を読むのはすごく遅くて苦手だった」
とはいえ、最初にあげた映画史の本、“The Story of Film”は500ページにおよぶ本なのに、6カ月で書き上げたというから、すごいスピードだ。この本にも、もちろん、ヒッチコックは登場する。
「今回の映画はヒッチコックへのラブレターですね」と言ったら──。
「とにかく、彼のユーモアのセンスを取り入れることを考えた。いまはTikTokの時代でもあるけれど、ヒッチコックが生きていたら、使っていたかもしれない。短い時間でユーモアを展開できるからね」
今回のドキュメンタリーを見ると、すでに亡くなった巨匠の現代的な側面が浮かび上がる。
英国映画界でのコネクション
ヒッチコック以外にも、取材中はいろいろな映画人の名前が出てきた。マークはかつて俳優のロバート・カーライルや女性監督、アントニア・バード、『トレインスポッティング』(1996)の原作者アーヴィン・ウェルシュらと、映画のプロダクションを作っていた。
「アントニアはいい監督だったが、早く亡くなってしまった。カーライルが出た『司祭』(1994)、『ラビナス』(1999)など、本当におもしろかったのに……」
その後、私が最も敬愛する英国監督はケン・ラッセル(『トミー』)とニコラス・ローグ(『赤い影』)であることを伝えたら、ふたりの才能を認めているマークは「僕たちは同じ(映画)言語を話しているね」と喜んでくれた。
「ケン・ラッセルは監督としてもすごいけれど、個人的に感謝していることがある。彼は僕の初期の映画を英国の新聞で絶賛してくれて、そのおかげでキャリアも順調に進み始めたんだよ」
取材後、ラッセル監督の未亡人、リジー・ラッセルさんにマークと会ったことを知らせると、「私もケンもマークの映画がすごく好きだったのよ」と返事がやってきた。
意外なところで人がつながっていることを思い知らされた取材でもあった。
グローバルな視点と女性への共感
ヒッチコックと女性の関係
この取材を通じて感じたのは、マークの女性に対する視点の温かさ。彼は女優のティルダ・スウィントンとの企画もいくつか立ち上げ、彼女をナレーターとして迎え、2019年に‘Woman Made Film’という840分のドキュメンタリーを作り、女性の視点による映画史も展開している。
そんな彼だから『ヒッチコックの映画術』の中でも『サイコ』のジャネット・リーが抱える孤独に着目したのだろう。
「ヒッチコックは女性嫌いと考える人もいるようだが、そんなことはなくて、現場では多くの女性スタッフと仕事をしていた。彼の妻、アルマも脚本を手伝っていたしね」
マークは自身を「すごいフェニミスト」と認めている。
また、日本映画にも造詣が深く、往年の名女優、香川京子を前述の『ストーリー・オブ・フィルム』の映像版に出演させている。マークの腕には多くのタトゥーが入っていたが、その中には日本の大女優、田中絹代のものもあった。先駆的な女性監督でもある彼女のことをすごく尊敬しているようだ。
グローバルな視点
ヒッチコック以外にオーソン・ウェルズのドキュメンタリー“The Eyes of Orson Wells”(2017)も手がけているマーク。彼が残した絵をもとにして全体を組み立てたという。また、今後は日本の今村昌平やイタリアのピエロ・パウロ・パゾリーニ監督のドキュメンタリー作りにも興味を持っていた。
グローバルな視点と女性への共感。そんな個性を持つマークが作ることで、『ヒッチコックの映画術』はまさに21世紀のヒッチコック作品になっている。
(2023年8月25日、シアター・イメージフォーラムにて取材)
『ヒッチコックの映画術』
2023年9月29日より新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、角川シネマ有楽町ほか全国公開
監督:マーク・カズンズ
2022年/イギリス/英語/120分/カラー/1:1.78/5.1ch
原題: My Name Is Alfred Hitchcock
配給: シンカ
© Hitchcock Ltd 2022
(次回も英国の俳優や監督の新旧の話題をお届けします。ご期待ください!)