演劇アカデミー時代、観客席に消火器を噴射!さらには爆竹、糞便を投げ込む!
タイトルのSISU(シス)とはフィンランドの言葉で正確には翻訳不能。すべての希望が失われたときに現れるという、不屈の精神を意味する。そのSISUを武器に、伝説の兵士がナチス戦車隊をたったひとりで血祭りにあげてゆく痛快バイオレンスアクションは故国フィンランドで5ヶ月連続トップ10入りという特大ヒットをたたき出しただけでなく、2022年、シッチェス・カタロニア国際映画祭 ファンタスティック・コンペティション部門で最優秀作品賞など4部門を受賞、批評サイト「ロッテントマト」では98%の高評価を獲得した。
この映画の最大の魅力が寡黙にして最強の戦士である主人公、アアタミのキャラクターだ。人数も武器も絶望的に不利な状況下でもとことん冷静に敵をつぶしていく老兵。まったくセリフがないのだが、、最小限の表情の変化と目力で相手を威圧する。60歳を過ぎて<絶対に死なない>という過激なアクションに果敢に挑むのは、北欧のトム・クルーズかと見まごう圧倒的存在感を持つ男。 この俳優、いったい何者なのか。
60歳を過ぎて過激なアクションに挑み、本作の監督ヤリマル・ヘランダーからは「最高のジェントルマン、こうありたい、と思う理想の男」と手放しで絶賛される男、ヨルマ・トンミラ。寡黙だが、意志の強い「不言実行」の男で、メディアにはほとんど顔を出さず、演じる事で全てを語る人物としてフィンランド国民から熱い支持を得ている。
1959年1月1日生まれ。この壮絶なアクションまみれの本作の撮影時は62歳だった。トンミラは今でこそフィンランドの映画、演劇界の重鎮としてリスペクトされる存在だが、実はアートの世界でフィンランド全土を揺るがした武勇伝の持ち主でもある。
ヘルシンキ芸術大学の演劇アカデミーに在籍時、仲間4人で演劇集団「ゴッドシアター」を創設した。実験的な活動で知られていたが、1987年1月、その事件は起きた。
演劇の専門家が招待された「今日演劇ができる事、でき得ないこと」をテーマにした公演で、「ゴッドシアター」のメンバーはステージ上で全裸になり、観客席に向かって消火器を噴射! 逃げる観客に向かって爆竹を鳴らし、ムチを振るい、ヨーグルトや卵、さらにビニール袋にいれた糞便(誰のものかいまだに不明)を投げ込むなど過激すぎるパフォーマンスを実行。
パフォーマンスはたった2分だったが消防隊が駆け付ける大騒動となり、最終的に裁判所や国会でも取り上げられるなど国家レベルで大炎上する事態に。裁判の結果、4人の学生は罰金と賠償金を課され、7カ月の執行猶予付きの懲役刑を受けることになった。トンミラたちが在籍していた演劇アカデミーの閉校も検討されたが、トンミラたち4人を支持する学生たちが当局に猛烈な抗議をし、暴動デモにまで発展する大事件になったという。
演技の道に進んでから怒涛の快進撃!そして『SISU』監督との出会い
学生時代には、こんな過激な表現活動をしていたトンミラだが、その後、演技の道に進み舞台を中心に活動。96年、「ゴッド・シアター」のメンバーのひとりだったヤリ・ハロネン監督のクライム・コメディ『クリスマス・パーティー』(96)に主演。カルト的な人気を博したこの映画で、トンミラはヨーロッパでもっとも古く、権威ある映画賞である映画賞のひとつ、フィンランドのアカデミー賞と言われるユッシ賞で主演男優賞を受賞する。学生時代、あまりにも過激なアート活動をしていた仲間たちだったが、その後全員が演出家、または俳優の道に進み、高い評価を受ける存在になっていたのだ。
そんなトンミラのことを「憧れの俳優」と語るヘランダー監督は、99年に初めて撮った短編映画『Jaamies』(Iceman)に出演を請い、トンミラが快諾。その後もヘランダー監督の2本の短編映『Maximillian Tarzan』(99)『Rare Exports Inc.』 (03)に出演。そのうち『Jaamies』『Maximillian Tarzan 』ではヘランダー監督と共同で脚本も執筆している。
こうして90年代から信頼関係があった若手監督とベテラン俳優は20年以上にわたり監督と俳優として親交を保ち、ヘランダー監督がメジャーデビューした後も『レア・エクスポーツ 〜囚われのサンタクロース〜』(11)、『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』(15)、そして本作と3作すべてに出演している。
脚本が完成する前から、ヘランダー監督の頭の中には“アアタミ”は具体的に描かれていたという。「本当にトンミラ以外の人選は頭になかったよ」と監督。ヨルマ・トンミラも「ヘランダー監督から脚本が届き、すぐに興味を持った」と語っており、「素晴らしい脚本で、撮影は楽しくなると思ったよ。なにせ、ヘランダー監督と一緒にやるんだからね。脚本を読んで、主人公・アアタミと俺には、ある種のしつこさと頑固さが共通していると感じたよ」とアアタミと自身の共通点を感じたことも明かしている。
トンミラはこれまでもヘランダー監督の数々の作品で豪快なアクションやスタントに挑んでいる。しかし、本作で彼が演じるのは“伝説の兵士”だ。近年、舞台の仕事が続いていたトンミラは脚本を読み、撮影に向けてトレーニングを開始した。同時にアアタミの背景や内面を掘り下げていく作業にも着手した。「金鉱掘りについて学んだよ。どんな生活だったのか、ラップランド地方の歴史や人々の気質を学び、その風景と文化に溶け込もうとしたんだ」とトンミラは役作りについて語っている。
トンミラ自身、17歳で軍隊に入隊した経験を持つ。その時の経験や、母親のパートナー(全身に手榴弾の傷を持つ経験豊富な退役軍人)や、戦場で心にも深い傷を負い、人生を前に進めていくことが難しかった退役軍人たちを見つめてきた経験が、今回の役作りに大きく役立っているという。
こうしてできあがった不死身の男の物語はシッチェスファンタスティック映画祭での最優秀主演男優賞をはじめ、多数の映画賞を受賞。ふたりの強力なタッグは国際的な評価を得るまでになったのだ。
ビジネスパートナーを超えた、ヘランダー監督との絆
さらに、ふたりの絆はこれだけにとどまらない。
実はトンミラのパートナー、女優のアイダ・ヘランダー・トンミラは、ヤルマリ・ヘランダ ー監督の姉なのだ。 そしてヘランダー監督の『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』でハリウッドスター、サミュエル・L・ ジャクソンと堂々とわたりあった主人公の少年を演じたのオンニ・トンミラはヨルマ・トンミラのひとり息子。つまりヘランダー監督の甥なのだ。オンニ・トンミラは『レア・エクスポーツ 〜囚われのサンタクロース〜』『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』に続き、本作にもシュルツ戦車兵として出演している。
『SISU/シス 不死身の男』の主人公、とてつもない存在感を放つ不死身の男は、ヨーロッパの演劇史に残るヤバ過ぎる表現者であり、厚い信頼と絆で結ばれた最高の俳優、ヨルマ・トンミラが創り上げた、唯一無二の存在なのだ。
『SISU/シス 不死身の男』
10月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/sisu/
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