日本で語った“限界”に挑戦する映画作り
気さくな性格で話が大好き
『メドゥーサ デラックス』は2023年10月14日、東京の渋谷にある人気ミニシアター、シアター・イメージフォーラムで初日を迎えた。来日した監督と劇場で会い、ズームではなく対面で話をすることになった。
初回の上映後、劇場の外で彼を待っていたら、観客たちに呼び止められ、気さくな態度で話を楽しんでいた。
今度は劇場の控室に行き、お茶を飲みながらリラックスした雰囲気で会話が始まった(監督はハロウィーン用に作られたスイーツをおいしそうに頬張っていた)。
影響を受けた英国の監督
英国映画が大好きと語るハーディマン。取材中にはケン・ローチやマイク・リーといったベテラン監督の名前も出たが、特に影響を受けた監督のひとりとしてあげたのが『ボーイフレンド』(1971)や『トミー』(1975)などで知られる鬼才、ケン・ラッセル。私もこの監督の大ファンゆえ、ラッセル談義が盛り上がった。
「彼が調子に乗っている時は、映画の限界を超えた作品を作り、人間のエモーションに訴えかける作品を撮る。しかも、それは音楽と結びついて表現されることが多い。彼はアート系スクールの出身ではないけれど、アート的な実験精神を持っていた」
ハーディマンの今回の映画にもラッセル映画を思わせる部分はあり、特にエンディングのダンスシーンにインパクトがある。
「あのダンスシーンは、派手な衣装も含めて、まさにラッセル・タッチでしたね」というと、「僕自身は彼の『マーラー』(1974)にすごく影響を受けた。音楽のリズムの刻み方がすごいと思う。それにあの映画に登場する衣装の一部は無名時代のヴィヴィアン・ウエストウッドがデザインしていて、本当にすばらしいと思う」と監督は言う。
「彼のように映画としてスケールはあるけれど、実験精神もある監督が、僕は好きなんだよ」
そして、実験性もある商業監督たちの話が次々に出てくる。『マッドマックス』シリーズのジョージ・ミラー、『ハートロッカー』(2008)、『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012)のキャサリン・ビグロー。他にもポール・ヴァーホーヴェンやロバート・アルトマン、リチャード・リンクレイターなど、商業映画の中に”限界を超える”ような要素を持ち込んだ監督たちの話題が次々に出てくる。
アルトマンの傑作『ナッシュビル』(1975)は『メドューサ デラックス』にも影響を与えた作品で、群像劇という点で学ぶべきところも多かったようだ。
「アルトマンの『ナッシュビル』は他の多くの映画とはまったく違うことを大胆にやってのけている」
ハーディマン自身も、娯楽的な要素がありながらも既成の枠にとらわれない作品作りを続けたいのだろう。この路線の最近の作品としてはグレタ・ガーウィグ監督の新作『バービー』にもすごく心を動かされたようだ。
アートより映画を選んだ理由
アート畑出身の監督としては、英国のスティーヴ・マックイーン(『それでも夜が明ける』)、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン(『ブンミおじさんの森』)などにも興味があるようだ。
アート系スクールの出身者ゆえ、アートの道に進むこともできたはずだが、映画という道を選んだのは?
「はっきりした理由は自分でも分からないが、映画はアートより大衆的なメディアで、一般の人も気軽に作品を見ることができる。映画はアート以上に大きなカンバスで、多くの可能性があると思う」
コメディ好きの彼はアメリカのHBOで23歳のユダヤ系の新人コメディアン、レオ・ライクのライブショーの演出も出がけたばかり。
「すごく才能があるコメディアンで、僕の作品が気にいってくれて、演出を手掛けることになったんだ」
未来を背負うふたつの才能が手を取り合うことで、新しい作品が生まれたようだ。今後のハーディマンの映画作りにも期待したい。
『メドゥーサ デラックス』
2023年10月14日 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督:トーマス・ハーディマン
2022年/イギリス/英語/101分/カラー/1:33:01/5.1ch
原題: Medusa Deluxe
配給・宣伝: セテラ・インターナショナル
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