英国の映画人のキャリアを追う新連載コラムの2回目。アメリカではA24が配給した『メドゥーサ デラックス』で注目の新人監督、トーマス・ハーディマンの登場。ヘアコンテストの直前に起きたカリスマ美容師の死をめぐり、ミステリーとコメディをミックスしたエッジのある映画作りを見せ、<ニューヨーク・タイムズ>などでも高評価を得ている。アート系スクールの出身で、映画以外にも、美術、ファッション、音楽など幅広い知識の持ち主。茶目っ気ある口調で意欲的な映画作りについて語ってくれた。

注目の製作会社、A24が認めた新鋭監督

コンテストの直前に起きた謎の事件

英国から新人監督がデビューすると、いつも好奇心をくすぐられるが、海外のトレーラーを見て、「これ、おもしろそう!」と直感でひかれたのが、『メドゥーサ デラックス』。ちょっと不気味な映像ながらも、カラフルな色彩とリズミカルな音楽が、なんだか妙に気になった。

そして、この映画で監督デビューを果たしたトマス・ハーディマンに話を聞くチャンスがあった。話をするのが大好きで、茶目っ気たっぷりの人物。映画も、音楽も、アートも、ファッションも、幅広い知識を持っていて、創造に対する意欲があふれている。

自身の長編デビュー作『メドゥーサ デラックス』で舞台に選んだのは年に一度のヘアコンテスト。優勝候補だった美容師の変死体が発見され、他の美容師やモデルたちは事件をめぐってゴシップを飛ばす。先が予測できない展開で、美容師たちの欲望や人間的な弱さなど、それぞれの人物の裏側が明かされていく。

      コンテストの直前に起きた事件のゴシップで盛り上がるモデルたち 

      『メドゥーサ デラックス』
      © UME15 Limited,The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

英国に住む監督との最初のインタビューはズームで実現。今回の映画は子供の頃の体験を基に作り上げたという。

「家にひとりでいるのがいやで、母と一緒に美容院によく行った。店には『ヴォーグ』や『エル』などがあり、そうした雑誌も初めて手にとった。店で交わされる会話は、アイルランド系の母親と姉妹の会話を思わせ、そのリズムがずうっと自分の中に残った。その後、僕自身はアート系の学校に行き、アートと呼ばれるものには“地位の差”があることに気づいた。たとえば、彫刻などと比べると、ヘアドレッサーはすごく低く見られていて、ギャラリーに展示されることもない。でも、それは違うんじゃないかと思って、今回、映画の題材に選んだんだ」

ヘアコンテストの裏側を描きつつ、英国らしい謎めいたミステリーやブラック・コメディの要素を盛り込みながらも、既成のルールに縛られないユニークな展開となっている。

「ヘアドレッサーたちの芸術的なレベルは高いが、一方、ゴシップを飛ばし合う通俗的な部分もあり、そのギャップにも興味を持った」

最高のヘアドレッサー、オスカー候補の撮影監督

この映画で大きな話題を呼んでいるのが、英国出身の最高のヘアドレッサーのひとりで、レディ・ガガなどのヘアも担当しているユージン・スレイマンの映画への初参加。船をモチーフにしたユニークな髪型やカラフルな色彩のスタイルなど、視覚的にも大きなインパクトがある。

「以前からユージンのファンで、ジュンヤ・ワタナベなど、多くのファッションショーの髪型も手がけていて、常に新しいものを生み出してきた。この映画では殺人ミステリーの裏側みたいなものを狙っていたが、彼が参加することで、こういうジャンルを再構築できると思った。彼は現代の彫刻家と同じくらいすごい芸術を作り上げている」

年に一度のヘアコンテストに集まったモデルたち
『メデューサ デラックス』
© UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

さらに『女王陛下のお気に入り』(2018)でオスカー候補となり、ケン・ローチ監督の数々の作品や『カモン・カモン』(2021)などで印象的な映像を作り上げた撮影監督、ロビー・ライアンも参加。映画全体のトーンはダークながら、そこに浮かび上がる色彩の美しさにも目を奪われる。

「脚本が気に入ったら、参加してほしい、と彼に言ったら、撮影を担当してくれることになった。彼はカメラを通じて、その人物のパーソナリティを引き出し、人間らしい部分を映像でとらえるのがうまい。ちょっとバカバカしいけれど、まじめな部分もある。この映画はそういうコメディとドラマの合体だが、彼ならそういう作品が撮れると思った」

iPhoneを使った映画作り

この映画はさまざまな人種が登場する群像劇でもあるが、それがワンカット・ワンシーンで構成されていて、それによって全体の緊張感が高まっている。

「普通の映画は撮影後に編集するが、この映画の場合、事前にiPhoneなどを使って、編集の切り替わるところを考えた。撮影前に、もう、編集が終わっていた、ともいえるね。ワンカット・ワンシーンの映画には、かつてヒッチコック監督の『ロープ』(1948)もあったが、デジタル・カメラの進化で、今は昔より撮りやすくなったと思う」

ユージン・スレイマンの独創的なヘアスタイルも見どころ
『メデューサ・デラックス』
© UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

iPhoneの技術が生きたのは、編集だけではない。音楽を担当しているエレクトロ・ミュージックのミュージシャン、コアレスも、アイフォンで全体のリズムを作り上げたという。

「コアレスは僕の友人で、この映画では蛇の動きを意識した音楽を考えてくれた。メデューサは蛇の形をしたモンスターでもあるので、蛇の話もした。iPhoneで彼の体の動きに合わせてメトロノームのようにリズムを刻む音が生まれ、蛇のような動きに対応しているんだよ」

ダンス・ミュージックが大好き、という監督らしく、ダンス音楽の歴史を意識した選曲も行われていて、70年代のディスコでのヒット曲から80年代の「ウェスト・エンド・ガール」(ペット・ショット・ボーイズ)、現代のエレクトロニック・サウンドまで多岐に渡る音楽が登場する。

「ダンス・ミュージックはディスコで生まれ、ハウスやテクノへと変わっていった。そんな流れも考えて音楽を使った。ペット・ショップ・ボーイズは母親がよく聞いていたので、僕もこうした音楽で育った。レネという人物の携帯の着信音として登場するが、グループのメンバーに使用許可を求めたら、着信音という設定がイヤだったらしく、最初は断られた。でも、内容を説明したら、分かってくれた。レネは子供の頃に出会った美容師も思わせる人物で、音楽を通じて彼の背景が伝わってくる」

コメディは人生の一部

レネはコンテストの主催者で、騒動を収めようと奮闘する。後半には殺された美容師のゲイの恋人や彼が育てる赤ん坊も登場し、会場はますますカオスな状況となっていく。

「英国には不条理的なコメディの伝統があって、かつてはスパイク・ミリガンやピーター・クックのようなコメディアン、最近だとアーマンド・イアヌッチ(『スターリンの葬送狂騒曲』)のような監督もいる。笑いは人生の一部といえるもので、コメディはその人の本質を笑いを通じてむき出しにすると思う」

自身ではコメディが大好きという監督は笑いに興味を持っていて、この映画でもコンテストの優勝を狙う美容師たちや周囲の人々の本音がかなりパンチに効いたユーモアで表現される。

コンテストの主催者のレネ(右)は騒動に巻き込まれる
『メデューサ デラックス』
© UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

コミカルな群像劇として、今回の映画で参考にしたのは、ロバート・アルトマン監督の作品。他にレオス・カラックス、ケン・ラッセル監督などにも興味を持っている。また、『ビューティフル・デイ』(2017)のリン・ラムジー監督にカーペットの店を描いた短編“Radiacal Hardcore"(2016)で才能を認められ、その後、BFI(英国映画協会)で執筆のチャンスもつかんだ。

「ラムジーと面識はないけれど、彼女がキュレーターをつとめるプログラムを通じて、チャンスをもらえたことに、すごく感謝しているんだ」

影響を受けた監督たちの話で盛り上がった頃、ズームでのインタビュー時間が終了。「近いうちに日本に行くから、よかったら、日本で続きの話を……」と言っていただけた。

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