正直なところ香港政府の難民政策はよくわからないんだ
香港を舞台に偏屈なタクシー運転手とパキスタン人の難民少年の交流を描いた『白日青春-生きてこそ-』で主人公のチャン・バクヤッを演じ、みごと第59回台湾金馬奨最優秀主演男優賞を受賞したアンソニー・ウォン。授賞式では相手役のサハル・ザマン少年を連れて登壇、微笑ましい2人の姿が話題を呼んだ。本作は中華系マレーシア人4世のラウ・コックルイ監督の長編第1作。“第2の香港ウェイブの到来”と言われるいま、ベテラン名優のアンソニーが新人監督たちの意欲作に出続けることの意義は大きい。前作『淪落(りんらく)の人』のインタビューから4年。相変わらず一見強面だが、実はお茶目でユーモアたっぷりな彼に話を聞いた。(インタビュアー/望月美寿)
私がこの映画のタイトルをつけるならもっと違うものにしただろう
――お久しぶりです。前回『淪落の人』でもインタビューさせていただきました。今日もお会いできるのを楽しみにきました。
「ああ、そうなんだ。覚えてないけどオヒサシブリデス(日本語で)」
――最初から面白い(笑)。まずは第59回台湾金馬奨最優秀主演男優賞、受賞おめでとうございます!
「非常にありがたい。なんといっても念願の金馬奬だし本当に嬉しかったね」
――「白日青春-生きてこそ-」のオファーを受けた経緯を教えてください。
「いたって平凡だよ。監督から出て欲しいと連絡があって『じゃあまず脚本を読まなきゃね、会って話しましょう』と答えた。もともと監督よりもこの映画の制作会社が、ずっと前からよく知っていてとても信頼できる会社だから出ることにしたんだ。『淪落の人』を作ったのと同じゴールデンシーンだよ」
――本作のロケ地はどこですか?
「中国との国境に近い、深圳の香港側。ロケ地は専門の人が見つけてくる。実際の難民の人たちが住んでいる地域とは別で、私はそこがどの辺りなのかは知らない。監督がいうのには彼らが住む環境は映画の中のような感じらしい」
――香港が難民の国際中継地で、たくさんの難民が政府の承認を待ちながら長い間苦しい生活をしているという現状を、この映画で初めて知りました。
「香港は経由地に過ぎない。難民は香港にとどまって希望する国に行ける日をひたすら待つしかないんだ。正直、香港政府の難民政策はまったくもってよくわからない。だいぶ前のことだけど私の親友のひとりが実は難民で、私はそれをあとで知ったんだけど、彼らは学校に通うこともできたし、最終的には一家全員でアメリカに移民できた。また、難民のなかには香港経由で外国に行って、また香港に帰ってくるお金持ちの難民も大勢いる。さまざまな現実があるんだ」
――「白日青春」という印象的なタイトルは劇中にも登場する漢詩「白日不到処 青春恰自来」(日のあたらないところにも生命力あふれる春は訪れる)からとられていて、アンソニーさんが演じたバクヤッ(白日)とハッサン少年の中国名チンチョン(青春)の名前でもあるわけですが。
「バクヤッもチンチョンも人の名前としてはあまり使わない。『変わった名前だな』と思われる。監督がすごい文学青年でこれは完全に監督の好みなんだ。でも私から言わせると文学的すぎるんだよね(笑)。文学、文芸もいいんだけど、ちょっと何言ってるのかわからない(笑)。もし私がこの映画のタイトルをつけるとしたらこれは絶対使わない。もっとわかりやすいタイトルにするよ」
――映画はいくつもの父と子の微妙な関係をわかりやすく描いていてとてもウェルメイドな作品だと思いました。
「監督にかわってお礼を申し上げます(笑)」
――その重要なモチーフになっていたのがコンパスでした。最初にアンソニーさんにお会いしたとき、一瞬、劇中のコンパスを首から下げているのかと思いました(笑)。
「これはもともとペンダントではなくて、私が以前アメリカのアニメ映画の吹替えをしたとき担当者だったアメリカ人の女性が、仕事が終わったあとプレゼントしてくれたものなんだ。シルバーで絵柄は天使。彼女がいうには私の守り神、悪いことから守ってくれると。もらってからしばらくは引き出しにしまっていたけど、ごく最近ふと思い出して見てみたらとても良く思えて、専門の人にペンダントヘッドに仕立ててもらったんだ」
――とても素敵です。劇中のコンパスは70年代に若きバクヤッが中国から泳いで香港に密航したときに持っていたもので、今もタクシーの中に吊るして大事にしている。過酷な現実を描く物語の中で“希望の光”を表しているように思えました。
「私も監督も同じような解釈だった。バクヤッはあのコンパスを持って中国から香港へやってきた。つまり導かれたわけなんだ。そして彼はあのコンパスを少年に渡し、少年はコンパスに導かれてどこかの目的地にたどり着く。道しるべだね」
自分の本当の父親が見つかったのは不思議な体験だった
――アンソニーさんは随所に自分ならではのユーモア感覚を散りばめたそうですが、私が一番笑ったのは、足を怪我したバクヤッがシャンプーするためにビニールでぐるぐる巻きにされて息子を見つめるシーンです。表情がなんとも言えず可愛らしくて。
「(とぼけて)え、あのシーン、何かおかしかった?ああいうときにはみんなあんなふうにするでしょ?」
――(笑)他にユーモアセンスを見てほしいシーンは?
「どこだろう。ときどきやりすぎてブラックユーモアになってしまった場面もたくさんあって(笑)監督にカットされたりしたね」
――私はザ・香港映画を見ていた世代なので、個人的には、港の男役のタイポ―(太保)さん、タクシー会社の元締め役のジョー・チャン(張同祖)さんの特別出演が懐かしく嬉しかったです。
「これは監督のキャステイング。もちろん同じ映画界にいるので私も2人とは仲がいいよ。タイポ―とは一緒に台湾のTVドラマに出たりもした」
――香港の人にとって日本はそれほど魅力的な場所なのでしょうか?
「故郷だね。広東語でいう故郷には意味が二つあって、本当にド田舎という意味と自分の生まれ故郷、実家という意味。日本は香港人のふるさとなんだ(笑)。香港ではいま日本の海産物の輸入が禁止されているから、わざわざ日本に飛んできて美味しいものを食べるんだよ」
――最後に少し突っ込んだ質問を許してください。この映画をきっかけに4歳のときに生き別れたお父様のことを思い出したりしましたか?以前、BBCの番組でアンソニーさんが香港政庁の役人だったお父様を捜されたことは大きな話題を呼びました。
「まったくない。この役を演じるにあたって何の関係もないと思った。話も違うしね。私は最終的にオーストラリアで親戚を見つけたけど、私自身が父親を捜したかったわけではないんだ。BBC放送が香港で暮らしているハーフの人たちの番組を企画して、私も出演した。番組が放送されると2人の外国人の女性が連絡して来て『一生懸命捜します!』という。そこに私の友人も加わった。彼女たちは見知らぬ他人のために家族を捜すのが趣味なんだ(笑)。別に頼んだ覚えもないのに!(笑)。でもそのときちょうど政府の公文書が開示されて、そこにあった資料のおかげで当時の父親の動きがわかって、2週間くらいですぐに見つかった。3か月早かったら無理だったと思う。本当に不思議な体験だった。私は何も期待してなかったし、いくつもの偶然が重なったんだ」
――そんなエピソードがあったとは。今日はいろんな面白いお話をありがとうございました。
「なんで時間がたつのがこんなに早いんだろう。もっと欲しいね」
――今後の予定を教えてください
「ゴールデンシーンでいま新しい企画が進んでいて、何人かの主役のうちの1人を演じる予定。いまは香港でロケしようとするとなかなかいい場所が見つからないから、どうなるかわからないけど、うまくいくことを願っているよ」
1月26日に行われた舞台挨拶には、紋付きの羽織と袴のようなパンツ、スニーカーという素敵なファッションで登場したアンソニー・ウォン。日頃から「日本大好き、日本映画大好き」を公言している彼ならではのユニークな日本リスペクトに、集まった映画ファンから大きな拍手が送られた。
『白日青春―生きてこそー』
シネマカリテ他、全国上映中/配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
PETRA Films Pte Ltd © 2022
香港でタクシー運転手をしているバクヤッ(アンソニー・ウォン)は、ある日パキスタン人の難民と事故を起こしてしまい、その息子ハッサンを知るようになる。父を失ったことでギャングのたまり場に入り浸るハッサンは警察に追われることになり、まだ若い彼の身を案じたバクヤッは逃亡を助けることに。だがハッサンは事故の相手がバクヤッだと知ってしまう……。