成田陽子
ロサンジェルス在住。ハリウッドのスターたちをインタビューし続けて40年。これまで数知れないセレブと直に会ってきたベテラン映画ジャーナリスト。本誌特別通信員としてハリウッド外国人映画記者協会に在籍。
『哀れなるものたち』で演じた役はマッド・サイエンティストとは思えない
オスカー候補と騒がれた(残念ながらノミネートを逃した)『哀れなるものたち』(2023)でのウィレム・デフォーのルックスがまず凄い! 科学者の父親の生体実験の材料にされ、切り刻まれたために顔も体もパッチワークで覆われ、さながら下手なキルトそのものである。
「毎朝、メークに6時間かかったが、この時間は役に移入して行く貴重な時間だったから文句など言いませんよ。基本的に俳優はマスクを掛けて役を演じるのだから。マスクが生の自分の顔であれ、本物のマスクであれ、ヘビーなメークであれ、僕たちは違う人間に変身して行く。衣装も俳優にとっては有効な変身ツールになのです。
監督のヨルゴス(ランティモス)と僕の“娘”を演じるエマ(ストーン)がこの役は僕しかないと二人で直接電話をかけてきて、感激した僕はすぐに脚本を送って欲しい、とオファーに応じた。
リハーサルがまた楽しくて、エマとベッド・インしたりする共演のマーク・ラファロの役に嫉妬したり、ヨルゴスがまた、優しくて、どんな細部までも自分でチェックして誰とでも気楽にコラボする、実に頭の良い監督だと感心した。
ブダペスト(ハンガリー)のモルグで実際に死体解剖の手さばき、内臓の取り扱い方、等を専門家から教えてもらったり、為になる(?)経験もしたりね。
人は僕の役をマッド・サイエンティストと形容したがるが、僕は彼はマッドなどでなく、教養ある人間として、同情心や感情を持っている尊敬できる科学者だと思うね。監督なり俳優は映画評とかを読まないとよく言うが僕は必ず読みますよ。自分の演技力なりをどういう風に評価されるか、とっても興味がありますから」
といつものように、丁寧に、格調高く、プロとしての誇りに溢れたコメントをしてくれる。
アメリカのハートランド、中西部のウィスコンシンの医師の息子として生まれ、大学卒業後前衛劇団に参加、今年の7月22日には69歳、オスカー候補が4回、今までの出演本数が148本とハリウッドでも超多忙のベテランである。
イタリアの女優にプロポーズ→翌日結婚というドラマティックな面も
初めて会ったのは『プラトーン』(1986)の時、最初のオスカー候補になった映画で、今もそうだが全身筋肉で筋張ったひょろひょろの31歳だった。
「『天国の門』(1980)でやっと役が来たと思ったらすぐに追い出されてしまった。それからしばらく舞台で演技を鍛え、特に肉体を全て使うパントマイムに力を入れた。心と体のバランスを保つためにはヨガが一番。毎日やっています」
とストイックな俳優らしいコメントをして、共演のチャーリー・シーンの悪ふざけぶりとのコントラストが妙に印象に残っている。それから数々の映画でインタビューをしてきたが、常に真摯で、同時に優しい紳士、そしてアーティストならではの鋭い観点で言葉を選んでは、優しく答えを返してくれた。
その後、『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』(2000)、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)、『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2018)でオスカー候補に選ばれている。
健康には人一倍気を使っているウィレムは、動物類は食べず、魚介類と野菜のダイエット、「ぺセタリアン」で、あの筋肉質で柔軟な肉体を保っているそう。
2005年3月、ローマでイタリアの女優、ジアダ・コラグランデに会い、昼食を一緒にしている時、ウィレムは「明日、結婚してくれますか?」と聞いて、本当に翌日結婚したというドラマティックな求婚をやってのけた。二人はローマ、ニューヨーク、ロスアンジェルスの3都市で生活を送り、この結婚からウィレムはイタリアの国籍も取得して、2個のパスポートを持っている。
現在『ビートルジュース2』『ノスフェラトゥ』など7本もの新たな企画が並んでいる、超多忙なウィレムの、今度こそのオスカー受賞を期待しよう。