80年代の英国映画界においてピーター・グリーナウェイの出現はひとつの事件だった。日本でも『ZOO』や『コックと泥棒、その妻と愛人』などが話題を呼んだが、近年は公開作もなく、その名前を聞くこともなかった。しかし、今年、まさかのレトロスペクティブが開催。4本の代表作(4K版も一部含む)が戻ってきた。英国きっての超映像派として知られるグリーナウェイにズームでのインタビューが実現した。まずはパート1をお届けします。

無名時代にロンドンのオフィスを訪ねる

ピーター・グリーナウェイは英国を代表する知的な映像派監督のひとり。性と暴力を盛り込んだ風変わりな設定を好み、唯一無二の映像美で見る人を驚かせる。

私自身もひどくひかれる監督で、「SCREEN」本誌(2023年12月号)のマイ・フェイバリット・ブリティッシュ・ムービー10本を選ぶ時、彼の『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989)も選出。

そんなグリーナウェイに、これまで2度取材し、今回が3回目のインタビューとなる。

特に忘れられないのが1987年にロンドンで行った取材である。日本ではグリーナウェイの映画は、まだ1本も封切られていなかったが、『ZOO』(1985)や『建築家の腹』(1987)は公開予定があった(日本では出世作『英国式庭園殺人事件』(1983)はこの2本の後に入ってきた)。

今のようにインターネットがない時代だったので、その頃、日本には彼に関する資料はほとんどなかった。すでに見ていた映画はすごく風変わりだったので、コワイ顔の人物を想像しながら、ロンドンのソーホー地区にある彼のオフィスに向かった。

ドアをあけるとひとりの中年男性がいた。会社の管理職にも、大学の教授にも見える人物だ。「失礼ですが、あなたがピーター・グリーナウェイさんですか?」と聞くと「イエス、アイアム」との答え。グレーのスーツに赤のネクタイという服装で、いかにも英国の知的な紳士に見えた。

数字にこだわる監督は『数に溺れて』も作る。画面上に1~100までの数字が登場し、シシーという名前の3人の女性が登場する殺人ミステリー。

Ⓒ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV

ただ、話しているとやはり普通ではないことに気づく。後に『数に溺れて』(1988)という画面に1~100まで数字が出てくる映画も撮ったが、取材中も数字に対してこだわりを見せたので、「日本には8(ハチ)という名前の犬の銅像があります」と伝えると「なぜ、犬が銅像に……?」とけげんそうな顔を見せる。

映画作りに関しては「ハリウッド映画のように感情の映画に私は興味がない。ヨーロッパのアイデアの映画が好きだ」と言っていて、好きな監督としてアラン・レネ、ゴダール、ベルイマンなどをあげていた。これは彼の本質をついた言葉として印象に残った。

きれいな英語だが、(少しだけ?)きどった話し方で、ブラックなユーモアも投げてくる(ただ、気づかない人には額面通りの言葉として通り過ぎていくはず)。まさにブリティッシュ・エキセントリックを体現する人物に思えた。

そのインタビューは雑誌「月刊イメージ・フォーラム」に10ページの記事として発表され、日本のメディアに出た初のグリーナウェイ・インタビューとなった。そして、編集長にこう言われた。

「おかしな人がおかしな人にインタビューしてるって感じで、笑っちゃいました」

いやいや、聞き手はマトモだったはず……。

2度目のインタビューで見せた辛辣なユーモア 

『ZOO』の公開後、彼は日本でも支持される監督となったが、そんな彼に2度目の取材が実現したのは『レンブラントの夜警』(2007)の公開時。ちょっと懐かしくて、80年代の取材の時、ロンドンで撮った彼の写真を見せたら、「こんなものは焼き捨ててしまいたまえ」と言われた。その辛辣なユーモアは健在だった。

そして、3度目のインタビュー。煮ても焼いても食えない人物であることは知っていたので、どんな質問を投げるべきなのか……。

英国のBFIなどの公開トークショーなどを見ていると、彼はインタビューを質問者とのゲームと考えているようだ。今度はどんな展開になるのか……!?

やってきた3度目のインタビュー

2回目の取材では過去の写真の破棄を命じられたが、それでも懲りない私は、もう一度、80年代に撮影した彼の写真を用意した。『ZOO』の日本版プログラムに大きく印刷されている。

今回は対面ではなく、ズームでの取材。スタンバイして、いよいよ、スタート……。

まずは80年代にロンドンで取材した話をまじえて自己紹介をし、彼の写真を画面上で見せる。「これは80年代に取材した時、撮ったものです」

少しだけ驚いたような表情を見せつつ、こう言った――「あの頃とは……私もすっかり変わってしまったよ」

取材時からすでに30年以上が過ぎ、監督も80代に突入。かつての自分の姿を画面ごしに見て、何か感じるものがあったのだろうか。

「でも、デジタル革命はすごいですよね。あの時はロンドンにわざわざ行かないとあなたに取材できませんでしたが、今ではこうして日本にいてもズームでインタビューができるのですから」というと、「確かにそうだね」と監督は答える。

デジタル革命を先取りした『プロスペローの本』

「あなたの『プロスペローの本』(1991)はNHKのハイビジョンで撮られていました。当時としては最先端の技術で、すごく時代を先取りした映画でした。この映画を再見して、本当に先駆的な作品だったことに改めて気づきました」と今の実感を素直に伝える。

「あなたが言うとおりだ。私はデジタルの映画作りに挑戦した初のヨーロッパ監督だと思う。あの頃、その技術をぜひ使ってみたかった。あの映画の前にダンテ作品を基にしたテレビの作品の”A TV Dante”(90)もデジタルで作った。ヨーロッパには散文や詩を重んじる伝統があるが、あの頃、そうした伝統を嫌っていたイタリア人のライターがいて話が進んだ。当時のテレビ界はすごくアナログだったので、逆にその可能性を広げたいと考えていたようだ。デジタルは自分たちがめざす作品の方向に合うし、デジタルの導入はすごくエキサイティングだと思った」

かつての映画作りに関して監督はそう語り始め、「一度、デジタルの世界を知ってしまうと、いわゆる、セルロイド・シネマと呼ばれる旧来の手法に戻れなくなってしまった」と答える。

『プロスペローの本』はシェイクスピアの最後の戯曲「テンペスト」の映画化で、黒澤明監督の『乱』(1985)でオスカーを受賞しているワダ・エミが衣装を担当。グリーナウェイはBFIのアンケートの「人生の映画10本」のひとつに黒澤監督の『蜘蛛巣城』(1957)を上げている。黒澤作品への興味から彼女をデザイナーに起用したのだろうか?

『プロスペローの本』では日本のワダエミが衣装を担当。プロスペロー(ジョン・ギールグッド・写真中央)の娘、ミランダ(イザベル・パスコ・写真右)は王子(若き日のマーク・ライランス・写真左)と恋におちる。

「確かに『蜘蛛巣城』は私が評価している日本映画だ。でも、エミを選んだのは彼女が黒澤と仕事をしているという理由からではない。エミとはすでにアムステルダムで上演したオペラの舞台で組み、彼女が演劇的なセンスを持っていることに気づいていた。身にまとうものに対する意識は、作品にとってすごく大事な要素だ。どう服を着るのか。それは人間にとって一種の文化的な表現だ。『プロスペローの本』のギールグッドの衣装はすごく考え抜かれている。イタリアのルネッサンスの画家、ピエロ・デラ・フランチェスカの絵画に出てくる人々なども参考にしている。エミはこの映画にすごく貢献してくれたと思う」

彼女は特に色彩に関する考え方が素晴らしく、「色の変化に対する概念には、彼女のアーティスとしての経験が生きていて、それがデジタル革命と結びつくことで映画の中で生きたと思う」と語った。

イメージ優先の映画作り

「あなたはイメージを優先させて映画を作る監督ですよね」と質問を投げる。

「いわゆるテキスト(文章)中心の映画というものがあり、通常の映画プロデューサーはテキストなしでは機能しないと考える。アメリカはいうまでもなく、ヨーロッパでも、文学の解説的な映画が多く見受けられるが、そういう作り方をしていては、映像作品としての高みはめざせない」

いかにも映像派らしい発言が始まり、「私はいつも“ペインターズ・シネマ(画家の映画)”とでも呼べるものを求めている」と自身がめざすゴールについて語り始める。

「ただ、そこへの到達はむずかしい。こうして、言葉の壁を越えて話している私やあなたにしても、イメージ優先ではなく、テキスト(文字)の発想で話している。世界のコミュニケーション手段を考えた時、そこにどんな文化があったとしても、結局はテキスト、テキストになってしまう。映画を通じて本物のつながりを得ることはむずかしい。ただ、私の『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(1996)を例にとると、そこには日本語や英語の多くの文字がスクリーン上にあるが、それはテキスト対イメージの共生を思わせる。そして、主人公はイメージをテキストに翻訳し、テキストをイメージにする、という行為を見せている」

大学の講義のような口調でイメージとテキストの関係を分析し、イメージ中心の映画に対する哲学を語り始めた……。

知的な映像派らしい発言だが、この続きは次回の連載でお届けしたい。

ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師
シアター・イメージフォーラムほか全国公開中

『プロスペローの本』
出演:ジョン・ギールグッド、マイケル・クラーク他
音楽:マイケル・ナイマン 衣裳:ワダエミ
1991│イギリス・フランス・イタリア│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│126分│原題:Prospero's Book

『数に溺れて4Kリマスター』
出演:ジョーン・プロ―ライト、ジュリエット・スティーヴンソン、ジョエリー・リチャードソン 他
音楽:マイケル・ナイマン
1988│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│118分│原題:Drowning by Numbers
Ⓒ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV
 
『ZOO』
出演:アンドレア・フェレオル、ブライアン&エリック・ディーコン他
音楽:マイケル・ナイマン
1985│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│116分│原題:A Zed& Two Noughts
Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British FilmInstitute.

『英国式庭園殺人事件4Kリマスター』
出演:アントニー・ビギンズ、ジャネット・スーズマン他
監督:ピーター・グリーナウェイ
音楽:マイケル・ナイマン
1982│イギリス│英語│カラー│ビスタ│モノラル│107分│原題:The Draughtsman's Contract
Ⓒ1982 Peter Greenaway and British FilmInstitute.

前回の連載はこちら

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