世界中が共感し絶賛する、切なさ溢れる大人のラブストーリー『パスト ライブス/再会』が遂に公開。皆さんの心の中に存在する“忘れられない恋”の記憶を、揺り起こしてみませんか?(文・児玉美月/デジタル編集・スクリーン編集部)

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親密な在り方が多様化しつつある現代

画像: Place : NY/ブルックリン・ブリッジ・パークのメリーゴーランド

Place : NY/ブルックリン・ブリッジ・パークのメリーゴーランド

── 12年前、再び会えた時もまだ子供だった

今は、もう子供じゃない ──

24年間の長い時間をすれ違い続けた恋人同士を描く『パスト ライブス/再会』は、「初恋の相手とは結婚できない」という聞き慣れた言葉をこの現代に再解釈した。

この映画はアジア系のノラとヘソン、アメリカ人のアーサーの三人がバーで並んでいる姿を見ながら、周囲にいる誰かが遠巻きに彼らの関係性を密やかに推測しているオープニングシーンから始まる。

カメラがゆっくりとノラの方に迫ってゆくと、彼女はカメラの方をまなざして挑発的にも見える笑みをほのかに浮かべる。ノラのその曖昧な表情が示唆するように、『パスト ライブス』で描かれる男女三人の関係性は、たやすく言葉で表現できるものではない。

人と人の親密な在り方がますます多様化しつつある現代において、そうして他者によって簡単に断定できない関係性がスクリーンに登場することは祝福されるべきだろう。

これまでの三角関係を描く恋愛映画であれば、わたしたちを最終的に誰と誰が結ばれるのかでドキドキさせ、諍いによって流される涙にときに心痛めさせ、葛藤の末にようやく訪れる結末に高揚させるメロドラマ的な作劇が常套手段だった。そこに結婚関係が含まれるのであれば、ドロドロした不倫ドラマにもなりうる。

しかし『パスト ライブス』は、幼馴染でもあるかつての恋人同士と片方のパートナーという三角関係を主軸にしていながらも、見慣れてきた三角関係ものからは大きく逸脱している。

『パスト ライブス』でおそらくもっともキーパーソンとなるのは、ノラの夫であるアーサーだろう。愛する妻のかつての恋人が突然現れ、さらに二人で共に時間を過ごそうとしたら、本来であれば心穏やかではいられない。アーサーの振る舞い次第では、彼らの関係が大きく取り乱されてしまう。

アーサーはある夜、ノラが寝言では韓国語しか話さないのだと打ち明ける。ノラは韓国語でしか夢を見ない。アーサーは自分に知り得ない世界がノラにはあることに、寂しさと恐れを抱えていた。もちろんノラが「典型的な韓国人男性」だというヘソンはその世界に含まれ、だからこそアーサーにとってそれは重要な意味を持ってしまう。しかし、アーサーはただ二人の再会を見守ることを選び、「敵役」には回らない。

その瞬間に手を伸ばさなければ失ってしまうもの

ソウルからカナダへと移住する直前、学校から帰宅する12歳のノラとへソンは反対の方向へと向かう階段と坂道をそれぞれに歩いてゆく。その映像は二人の道がその瞬間に決定的に分かたれてしまったことを物語る。

人生には数えきれないほど枝分かれしている道があるにもかかわらず、掴みきれないほどに内包された可能性があるにもかかわらず、わたしたちはそのどれか一つの道しか歩めず、どれか一つの可能性しか実現できない。大人になることは、あったかもしれないもう一つの人生が増えていくことに他ならない。

彼らはすでに大人になってしまったし、大人にはそれぞれの生活があり、それはすぐに投げ出せるような軽いものではない。生活の重みを知っている大人たちは、ほんのささやかな交差を慈しむ。

『パスト ライブス』がほかの恋愛映画と一線を画しているのは、動的に「運命」を変えようとするのではなく、静的に「運命」をじっとまなざすところにある。わたしたちはもっと、その時、その瞬間にしか手を伸ばさなければ永遠に失ってしまうものがこの世界には溢れていることを、強く深く、心に刻んでおくべきなのだ。

たとえば『パスト ライブス』と同時期に製作されたグレタ・ガーウィグによる『バービー』ではケンとバービーが結ばれて終わらなかったように、2020年代以降、これまであまりにも強固だった恋愛至上主義に抗うような傾向もより認められる。

しかしながら要は、恋愛をする映画も恋愛をしない映画も、どちらも等価に作られることが大切なのであって、これからも恋愛映画はその吸引力の強さで、人々を魅了してゆくに違いない。『パスト ライブス』はこの時代に、新たな語り口によって、上質な大人の恋愛映画をまた一つ更新したのだ。

『パスト ライブス /再会』
2024年4月5日(金)公開
アメリカ/2023/1時間46分/配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:セリーヌ・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ

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