2021年にベラルーシがEUの混乱を狙いポーランド国境に大量の難民を移送した事態をうけ、ポーランドとベラルーシの国境で「人間の兵器」として扱われる難民家族の過酷な運命を描いた本作『人間の境界』。監督は、3度のオスカーノミネート歴を持ち『ソハの地下水道』『太陽と月に背いて』など数々の名作を世に送り出してきたポーランドの巨匠アグニエシュカ・ホランド。
2023年ヴェネチア映画祭コンペティション部門では、その複雑かつスリリングで息をもつかせない展開が、モノクロームの圧巻の映像美とともに絶賛を集め、審査員特別賞を受賞。ロッテルダム国際映画祭の観客賞をはじめ、これまでに18の賞を受賞、20のノミネートを果たし(2024年3月7日時点)世界各国の映画祭で高い評価を獲得している。2023年9月に公開されたポーランドでは公開されるや2週連続トップの観客動員を記録。ポーランド映画として当時年間最高となるオープニング成績をたたき出し、異例の大ヒットとなった。
難民の家族が越境する様子を捉えた本編映像
2021年、シリア内戦を何とか生き延びたバシール(ジャラル・アルタウィル)ら6人の家族たちは、“ベラルーシ経由でポーランドに渡ることで安全なうちにEUに亡命できる”という情報を信じて飛行機でベラルーシに到着。飛行機で隣合わせたアフガニスタンからの難民レイラ(ベヒ・ジャナティ・アタイ)とともに、EUに暮らす親類が手配したブローカーの車に乗り込み、ポーランドとの国境に向かうことに。車窓から見える現代的な街並みに誰もがこの先の安全な生活を思い、笑顔を浮かべていた。
この本編映像は、車が国境そばの森付近に着いた様子を映し出したもの。どこからか突然爆発音がしたところで、ベラルーシの国境警備隊が彼らを横にある国境を越えるよう促し、7人は言われるままに鉄条網をくぐり、訳も分からず森の方へと走っていく。疲れて腰かけたレイラがスマホで現在位置を確認すると、そこは確かに彼女が目指したポーランド領内であった。
このシーンの後、レイラは「EU圏よ!やってのけた!」と絶叫し、7人はこの森で救出を待つことになる。ところがこの後、その安堵もつかの間、彼らはポーランドの国境警備隊に見つかり、他の難民たちと一緒にベラルーシ側へと送り返されてしまう…。
ホランド監督、挑戦的な題材の本作について「今も恐れる理由はありません」
ホランド監督は近年、『ソハの地下水道』や『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』など20世紀前半が舞台の作品で特に強い印象を残してきたが、まさに今起こっていることを題材に映画を作らねばならないと強く突き動かされたのは、事態のさなか監督の友人がポーランド国境付近の森である凍死体を発見したことについて詳しく聞いたのがきっかけだという。
こうした挑戦的な題材で映画を作ることについて、「ここ私の国で、すぐ隣で、人々が犬の散歩やキノコ狩りをする森の中で、凍え死んでいく若者の姿があるなんて余りにも恐ろしいことです。政治家が引き起こしたこの危機に直面して、私はアーティストとして、あるいは人間として、社会として、そして国として、明確な立場を取らなければなりません。本来はきっと私の話を理解してくれるような人からも、非常に不愉快な反応を示されたり誤解されたりする可能性があることは承知しています。でも、基本的には、恐れていません。以前も恐れていませんでしたから、今も恐れる理由はありません。今や失うものはずっと少なくなり、受け継がなければならないものに対する責任感はずっと大きくなっています」と制作の動機を語る。
父役ジャラル・アルタウィル、現在進行形の事実に「とても胸が痛む思い」
家族の先頭を進む父バシールを演じたジャラル・アルタウィルは自身もシリア生まれで、エミー賞受賞作への出演など俳優として活躍していたが、アサド政権に対するデモに参加したことなどがきっかけで2015年にフランスに亡命。2022年3月に本作がクランクインする直前にフランス国籍取得が叶ったというかつての難民だ。
アルタウィルは、撮影を振り返り「あるシーンで軍用トラックに座っていた時、涙が止まらなくなりました。私たちがこのシーンを撮影している間も、ポーランドとベラルーシとの国境で誰かが実際にこのような経験しているという事実についてずっと考えていました。雨が降ったり寒かったり、厳しい環境での撮影でしたが、私たちはケアをしてもらえていました。国境にいた人々はどんな気持ちだったのだろうか、どれほど辛かったのだろうかと想像すると、とても胸が痛む思いでした」と明かす。
『人間の境界』
5月3日(金・祝)TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
配給:トランスフォーマー
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