名優のキャリアを中心にその道のりを振り返る連載の第38回。今回は『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』でゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞し、アカデミー賞同賞候補になったポール・ジアマッティです。(インタビュー・斉藤博昭/文・米崎明宏/デジタル編集・スクリーン編集部)
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この映画の根底は「クリスマスに語られるべき物語」なのかもしれません

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──アレクサンダー・ペイン監督とは『サイドウェイ』以来、19年ぶりの仕事になります。

私たちは『サイドウェイ』で親友になったので、あの後、まったく会っていなかったわけではないです。一緒に映画を作るために、数年にわたって実現に動いた別の企画もありました。それはまだ継続中だと信じていますが、今回の『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、おたがいのタイミングが完璧だったのです。

──今回のポール・ハナム役は、あなたとの共通点も多いと聞いています。

本作の舞台になった、アメリカ東海岸、ニューイングランドの同じような学校に通っていました。本作で共演したドミニク(・セッサ)の高校のライバル校です。私の学生時代は本当に退屈な日々で、当時の思い出を記憶の底から引っ張り出して演じようとしました。ただ私自身の共通点というのはオマケのようなもの。脚本に書かれたキャラクター設定が見事だったので、アレクサンダーが望むことなら何でもやろうと決心したわけです。

──実際の学校を借り切るなど、セットではなくマサチューセッツ州でのロケが中心の撮影だったそうですね。

もちろん完璧なセットも存在するでしょうが、やはり実際の場所での撮影に勝るものはありません。すでに使われていない修道院のような場所や、1962年に作られたボーリング場での撮影は、演じる側としてもその内装に魅せられました。校内でのハナムの部屋も、演技に刺激を与えたと思います。今回の撮影場所は、どこも1970年代から時間が止まっているかのようでした。

あとは雪ですね。映画の中の雪はすべて本物で感動しました。雪の中での撮影は、めちゃくちゃ寒かったですが(笑)、映像でも明らかな違いを生み出すと信じています。

──その雪の中にハナムがラグビーボールを投げるシーンは、本作でも笑えるポイントのひとつです。

スタントは使ってません。自分で投げましたよ(笑)。ハナムは自分の知性に満足し、その知性を使って誰かを貶めるのが日常です。そこを楽しんで演じればいいわけで、あのボールのシーンは、そんな私の気持ちが表れているのでしょう。

ハナムは『クリスマス・キャロル』のスクルージのような、ある種の古典的なキャラクターでもあります。ですから本作の根底は“クリスマスに語られるべき物語”なのかもしれません。

──ハナムは斜視という特徴で、そこがポイントとなるシーンもあります。

劇中では誰もが彼の目について話しますからね。どう表現したのかを聞かれたら、私の演技の実力。そこに映画のマジックを少し使っただけで、あとは秘密にしておきます(笑)。

──この映画は1970年のクリスマス前後が背景です、1970年代の映画に思い入れはありますか?

本作に出演したことで『ペーパーチェイス』(1973)をもう一度観たくなりました。私が子供時代に大好きになった作品で、その後の人生のインスピレーションにもなりましたから。私の記憶どおりなら、『ホールドオーバーズ』と共鳴する何かを発見できると思います。 

イェール大学の学長を父に持つ名門出身の米映画界を代表する演技派

画像: 『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』より

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』より

今年のゴールデングローブ賞で『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』で堅物の教師役を演じミュージカル/コメディ部門の主演男優賞を受賞したポール・ジアマティが受賞スピーチで「教師という仕事は素晴らしいですよ。私の親族も教師が多いんです」と挨拶していたが、彼の父親は名門中の名門イェール大学の学長を務めたアンジェロ・バートレット・ジアマッティで(彼は米メジャーリーグのコミッショナーも務めた)、ジアマッティ自身もイェール大出身である。

1967年6月6日コネチカット州ニューヘイブン(イェール大の所在地)生まれの57歳。大学在学中から演技熱に取りつかれたという。

1989年からシアトルの劇場で舞台に出演を始めたころからTVや映画でも端役で活躍を始める。初期にはウディ・アレン監督の『誘惑のアフロディーテ』(1995)『地球は女で回ってる』(1997)などに出演。他にスティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(1998)、ピーター・ウィアー監督の『トゥルーマン・ショー』(1998)などの話題作で次第に売れ始め、『デュエット』(2000)『PLANET OF THEAPES/猿の惑星』(2001)などで重要な役を演じていくようになる。

画像: 出世作『アメリカン・スプレンダー』で演じたコミック作家ピーカー本人と Photo by Getty Images

出世作『アメリカン・スプレンダー』で演じたコミック作家ピーカー本人と

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そんな彼が初めて批評家から高く評価されたのが『アメリカン・スプレンダー』(2003)で風変わりなアメリカン・コミックの原作者ハーヴィ・ピーカーを演じた時。続く『サイドウェイ』(2004)でも気弱なワイン通の中年男マイルズを好演し、ここで初めてアレクサンダー・ペイン監督とコンビを組んだ。大成功した本作ではアカデミー賞候補確実と絶賛されながらノミネーションを逃したものの、演技派としての地位を確かなものにした。

翌年ラッセル・クロウと共演したロン・ハワード監督の『シンデレラマン』(2005)では、奇跡の復活を果たしたボクサーのマネージャーを演じ、助演男優賞で初オスカー候補になるリベンジを見せている。

主演も助演もどちらでもいける器用な名優となったジアマッティはさらにテレビミニシリーズ「John Adams」(2008)で第2代アメリカ合衆国大統領ジョン・アダムスを熱演。エミー賞、ゴールデングローブ賞で主演男優賞を受賞した。

画像: 『バーニーズ・バージョン ローマと共に』でゴールデングローブ賞主演男優賞受賞 Photo by Getty Images

『バーニーズ・バージョン ローマと共に』でゴールデングローブ賞主演男優賞受賞

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ダスティン・ホフマンと共演した『バーニーズ・バージョン ローマと共に』(2010)でもゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル/コメディ映画部門)を受賞、とメイン役で実力を発揮しながら、『幻影師アイゼンハイム』(2006)『シューテム・アップ』(2007)『ブラザー・サンタ』(2007)『コズモポリス』(2012)『それでも夜は明ける』(2014)『アメイジング・スパイダーマン2』(2014)などコメディからアクションまで様々な作品で助演に回りながら、悪役でも善人役でも強烈な個性を発揮して、アメリカ映画界に無くてはならない存在となっていった。

近年は『ガンパウダー・ミルクシェイク』(2021)『ジャングル・クルーズ』(2021)などを経て、新たな代表作となった『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』で先述のようにゴールデングローブ賞を受賞し、アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされ、再び脚光を浴びている。

新作にはドウェイン・ジョンソンと共演したパニック映画『カリフォルニア・ダウン』(2015)の続編に再登場するほかに、かつて出演した人気テレビシリーズ「ダウントン・アビー」の映画版第3弾で、ハロルド・レヴィンソン役を再演するという噂が出ているが、今後ますます忙しくなりそうだ。

私生活ではエリザベス・コーエン(現在は離婚)との間に一人息子サミュエルがおり、ニューヨーク州ブルックリンで暮らしているという。また昨年、母校イェール大学から名誉美術博士号を受けたということだ。

ポール・ジアマッティの個性が光る主演作3選

『アメリカン・スプレンダー』(2003)

画像: Fine Line Features, HBO Films
Fine Line Features, HBO Films

自分の冴えない日常を知り合いの作家ロバート・クラムに描いてもらい「アメリカン・スプレンダー」のタイトルで自費出版してきた実在の人物ハーヴィ・ピーカーをジアマッティが好演し、高い評価を受けたシニカル・コメディ。ピーカー本人も登場する。

『サイドウェイ』(2004)

画像: ディズニープラスで見放題独占配信中 © 2024 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

ディズニープラスで見放題独占配信中

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まもなく結婚する親友と2人で大好きなワイン三昧の旅に出たダメ男のマイルスをジアマッティがコミカルかつ哀切さも交えて名演。アレクサンダー・ペイン監督との初コラボ作で、ゴールデングローブ賞作品賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞。

『バーニーズ・バージョン ローマと共に』(2010)

画像: © 2010 Three Amigos Productions Inc. All Rights Reserved.
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ジアマッティがゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル/コメディ部門)を初受賞した作品。彼が演じるのは自由気ままに生きて来た中年男バーニー。そんな彼が3度目の結婚にして初めて真実の愛に目覚めるのだが……。共演はダスティン・ホフマンら。

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