〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。本に囲まれた生活は体に悪いらしい。でも落ち着くんですこれが。一時は古本屋開業とも思っていたのですが、さて。
稲田隆紀
映画評論家。暑さに弱いが、利き過ぎた冷房はさらに応える。映画を見ながらも厚着の自衛が必要になる。老いたなぁ。
大森さわこ
映画評論家。ノンフィクションの大作「ミニシアター再訪(リヴィジテッド)都市と映画の物語 1980-2023」を遂に刊行。
土屋好生 オススメ作品
『関心領域』
アウシュビッツ収容所に隣接するナチ高官の邸宅を舞台にした恐怖と絶望の心理劇
評価点:演出4/演技4/脚本3/映像4/音楽5
あらすじ・概要
アウシュビッツ強制収容所長でナチスの幹部だったルドルフ・ヘスは、突然の異動命令で一家に暗雲が…。監督・脚本はアカデミー賞で長編映画賞を受賞したジョナサン・グレイザー、音楽はミカ・レヴィ。
ナチスの高官ルドルフ・ヘスの邸宅を舞台にした恐怖と絶望の心理劇である。といってもそこで事件が起きるわけではないし、激しい戦闘の舞台となるわけでもない。ただそこにはヘス一家の平凡な日常が映し出されるだけ。
とはいえヘスの邸宅をよく見ればその異常さに誰しも驚きを隠せないだろう。なにしろ邸宅の壁を隔てた向こう側には何と虐殺の行われた「関心領域」と呼ぶ収容所群が広がっていたのだから。
悪夢のようなこの光景をナチスの異常さと結びつけるのはたやすい。しかしあえてそれを絶望や狂気と関連づけるのはいささか安易ではないか。
それにしてもこの舞台設定には度肝を抜かれた。屈託のない子供たちはともかく、真実を知っている大人たちが極度の緊張感の伴う日常をどう乗り越えようとしたのか。その絶望と狂気を思うと80年後の今も我々の記憶として何かが心の底に残されている気がする。この映画の真の主役はもちろんヘスではなく、人間精神の深いところから絞り出すような音響効果の〈音〉であることは想像に難くない。
公開中/ハピネットファントム・スタジオ配給
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稲田隆紀 オススメ作品
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
アレクサンダー・ペイン監督と名優たちが生んだ心に沁みるクリスマス・ストーリー
評価点:演出5/演技5/脚本4.5/映像4.5/音楽5
あらすじ・概要
ボストンの名門校バートン校の教師ハナムは懲罰人事でクリスマス休暇に寮に居残ることを命じられる。料理長メアリーと反抗的生徒アンガスの3人で日々を過ごすなかで、それぞれが心を開き、互いに絆を育んでいく。
人の機微に触れた作品を身上とするアレクサンダー・ペインが『サイドウェイ』(2004)で起用したポール・ジアマッティを得て、心に沁みる“クリスマス・ストーリー”を生み出した。1970年のクリスマスを背景に、寄宿制の名門校に居残ることになった年齢も異なる3人の心の軌跡を浮き彫りにする。
持病のせいもあって意固地となった教師、息子を戦争で亡くした料理長、そして両親に疎んじられている高校生。それぞれに悲しみと孤独を抱えた3人が、共同生活で少しずつ絆を結んでいく過程を、ペインはユーモアとペーソスで紡いでいる。夢物語ではなくシビアな状況を押さえながらも、心がほっこりする仕上がりとなっている。
なによりジアマッティの名演、料理長役のダヴァイン・ジョイ・ランドルフの抑えた演技が出色。アカデミー助演女優賞受賞も頷ける。反抗高校生に扮したドミニク・セッサとともに素敵なアンサンブルを披露している。1970年という決して明るくなかった時代と現代の共通項をチクリと風刺する。古き佳き音楽のセンスも抜群にいい。
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公開中/ビターズ・エンド配給
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大森さわこ オススメ作品
『チャレンジャーズ』
恋愛にテニスを絡めて男女の欲望と駆け引きのゲームに現代的なスリルが生まれた
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像4/音楽5
あらすじ・概要
人気と実力のあるタシ・ダンカンはテニス界で注目を集めていたが、試合中のケガで選手生命をたたれる。そんな彼女は親友同士の2人の男子テニスプレイヤーと愛し合い、新たなゲームに挑む。
イキの良さで全編を押しまくる映画! トレント・レズナーとアッティカ・ロスのテクノ系の曲にすぐに乗せられる。ルカ・グァダニーノ監督は『君の名前で僕を呼んで』でも選曲のさえを見せたが、今回も快調。若い主人公の情熱が軸という点も、この代表作や前作『ボーンズ アンド オール』に通じる。
テニス界が舞台で、ふたりの男性の友情と彼らが愛した女性との三角形の愛が描かれる。人気女優のゼンデンヤは挑発的な策士ぶり。マイク・フェイストは優しく、ジョシュ・オコナーは屈折もあるアウトサイダー(これまで英国作品で力を発揮してきたジョシュのハリウッド進出はすごく新鮮な印象)。俳優の演出がうまい監督でもあるので、3人のバランスもとれている。
海外では1960年代の恋愛映画の名作『突然炎のごとく』と比較する声もあるが、恋愛にテニスをからめることで、男女の欲望とかけひきのゲームに現代的なスリルが生まれた。試合場面も超リアルで息を飲む。時間軸を前後させる構成も巧みで、意味深なラストまで一気に突っ走る。その小気味よさ!
公開中/ワーナー・ブラザース映画配給
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