わずか2種類の旋律が楽器を替えて繰り返される「ボレロ」。今も世界中で、15分ごとに演奏されていると言われる名曲である。『ボレロ 永遠の旋律』は史実をベースに「ボレロ」誕生にスポットを当てて、ラヴェルの人生を描く。脚本も担当したアンヌ・フォンテーヌ監督に作品への思いやキャストへの演出について語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

全ての楽曲を作品で演奏できるくらいのレベルに達してくれたラファエル・ペルソナ


──ラファエル・ペルソナが「ボレロ」に飲み込まれていくモーリス・ラヴェルを見事に演じていました。しかも、作品の中でピアノの演奏シーンの80%は彼自身が演奏したものだと聞きました。ラファエル・ペルソナが作り上げたラヴェルはいかがでしたか。

ラファエルは本当に素晴らしかったと思います。ラヴェルはとても繊細で、はにかみ屋なところがあり、本心をあまり表に出さず、聡明さや深みがある。そこをちゃんと作り上げてくれました。

ラファエルにはピアノの基礎はありましたが、この役をこなせるほどではありませんでした。そこでピアニストのフレデリック・ヴァイス=ニッターと何カ月も練習し、さらにジャン=ミシェル・フェランとオーケストラの指揮の練習をしてもらいました。その結果、自分が演奏しない曲も含め、全ての楽曲を作品で演奏できるくらいのレベルに達してくれたうえ、オーケストラの指揮もしたのです。なかなかできることではありません。

しかも、ラファエルの美しさの中に儚げで脆弱な部分が滲み出ている。これは他の俳優ではなかなか出せない表現ではないかと思いました。

画像1: 全ての楽曲を作品で演奏できるくらいのレベルに達してくれたラファエル・ペルソナ


──この作品ではミシア・セール、イダ・ルビンシュタイン、マルグリット・ロン、母親、家政婦のルヴロ夫人、娼館の女性たちなど、ラヴェルの周りには常に女性がおり、それぞれが違う形でラヴェルを支えていました。キャラクター造形で大事にされたことを教えてください。

女性たちはみなタイプが違いますが、一種のコーラスを構成し、「ボレロ」を創作するラヴェルを後押ししています。彼女たちがいなければ、「ボレロ」は実現しなかったかもしれません。ですから、ラヴェルとの関係性をしっかり的確に描き出すことに気をつけました。

ミシアとはプラトニックな恋愛関係でしたが、それでいて着想を与えるミューズ的存在です。ラヴェルにとって導きの糸になるよう心掛けました。一方、イダはとても個性的な人物。性格的にはとても行動的でユーモアがあるだけでなく、エキセントリックでちょっと独断的なところもあります。

マルグリット・ロンは自身がピアニストで、ラヴェルと近しい部分があり、仲間意識が強かったので、ラヴェルはマルグリットのそばでは緊張しなかったのだと思います。リハーサルにもラヴェルと一緒に立ち会い、母親のように母性で接しているものの、「ボレロ」の最初のメロディを聴いて、「これで成功は無理ね」と辛口の批評をしてしまうところもありました。

いろいろな女性を描き分けるのはとても楽しい作業でした。


──ミシア、イダ、マルグリットの衣装がそれぞれのキャラクターらしさを感じさせます。衣装選びに何かこだわりはありましたか。

衣装はハンガーに掛けてあるだけではわかりません。キャストに着てもらい、その人物に合っているかどうかを確かめて、ようやく衣装とキャラクターの関係性を深めることができるのです。もちろん、人物の個性に合わせて選ぶわけですが、美的なこともとても大切にしています。母が画家だったので、私のファッションに対する美的感覚には幼い頃に母から影響を受けたものが多分に入っていると思います。

例えばミシア。彼女はエレガントですよね。しかも、エレガントなものの中から更にとてもシンプルで控えめなものを選びました。イダに関しては色彩的に華やかで、カッティングも彼女らしいものを選んだところ、イダを演じたジャンヌ・バリバールがそれを演技に使ってくれました。


──ラヴェルはミシアをミューズと慕い、ミシアもラヴェルを大事に思っているものの、先程、監督がおっしゃったように、プラトニックな関係です。ミシアをドリヤ・ティリエが演じていますが、監督からはどのような演出をされましたか。

ラヴェルがミシアと特別な関係を持っていたことは分かっていますが、正確な内容は謎のまま。ミシアとのシーンは、私の創作になります。

ミシアはラヴェルと感受性を分かち合っていて、音楽における共犯関係のような、とても近しいものがあります。彼女もまたピアノを弾きましたが、ラヴェルの天才性を心から尊敬していて、才能ある趣味人である自分との間に違いがあるとはっきりと区別していました。しかしラヴェルだけでなく彼女も心の中に孤独を抱えていて、そこが共鳴し合ったのだと思います。そして、男女の体の結びつきを通さないからこそ、より強い愛の次元に到達し、新しい愛の形が育まれた気がしました。

そこで、ドリヤには、自分がミシアに成り切っているつもりで、愛を超えてもっと強いものを持っているんだという内的なものを感じ取って、自分の内なるものからそういうものを滲み出してほしいと伝えました。

画像2: 全ての楽曲を作品で演奏できるくらいのレベルに達してくれたラファエル・ペルソナ


──イダ・ルビンシュタインを演じたジャンヌ・バリバールに関してはいかがでしょうか。

ジャンヌは「ボレロ」を代役なしで踊っています。彼女は若いときにダンスをしていたこともあり、踊るための身体ができていたので、今回はスタントをつけずに全て彼女に踊ってもらうことにしました。

ただ、モーリス・ベジャールと仕事をしたベルギーの振付家、ミシェール・アン・デ・メイにジャンヌを委ねています。そもそも、この作品はモーリス・ベジャールの振付でジョルジュ・ドンが踊った「ボレロ」が信じられないほどモダンであると同時にエロティックで、私の心に残ったことがきっかけだったのです。そのモーリス・ベジャールの学校がベルギーにあり、ミシェールはそこの生徒でした。そういう「ボレロ」繋がりです。

「ボレロ」初演時の詳細な記録は残っておらず、数枚残っていた写真にはスペインを思わせる舞台に大きなテーブルが置かれ、主人公がお客さんの欲望をそそるダンスをしていた様子が映っていました。その写真からイメージして、みんなで一緒にショーを作り上げていきましたが、ジャンヌは本当に素晴らしかったです。

──家政婦のルヴロ夫人が好きだという流行歌「バレンシア」をピアノで演奏して一緒に歌うことで、ラヴェルは「ボレロ」における新たな着想を得ました。このシーンがとても印象に残りましたが、何か大事にされたことはありましたか。

あそこではルヴロ夫人とラヴェルの友だちのような関係性が出てきます。「バレンシア」という曲は大衆的な曲ですが、当時、とても流行っていました。それがラヴェルに「ボレロ」のメロディの着想を与える。とても大切なシーンです。

ラヴェルは大人になりきっておらず、ちょっと子どもっぽく、少年みたいに純真なところがあるので、大衆的な音楽も心から楽しんで、一緒に歌うことができるという感じで演出しました。

画像3: 全ての楽曲を作品で演奏できるくらいのレベルに達してくれたラファエル・ペルソナ


──先程、モーリス・ベジャールの振付でジョルジュ・ドンが踊った「ボレロ」が心に残ったことがきっかけで本作を企画されたとおっしゃっていました。本作を撮り終え、ご自身の中でラヴェルに対する思いは変わりましたか。

ラヴェルの音楽は知っていたものの、彼の人生についてはあまり知らず、謎めいた存在でした。今回、映画のためにいろいろなリサーチをしましたが、彼は人間として派手な人生を送っていたわけではないようです。関連書物の他に彼が書いた手紙も読んだのですが、フランス人らしいエスプリの効いたことが書いてあり、人間として、とても愛おしい人だと思いました。

さらにアセクシャルであるという現代的な側面も持っていることを知りました。音楽的には官能的なものを作り出しているのに、本人はそういったことに興味がなかったのは意外な気がします。

今回、想像も含めてラヴェルを描きましたが、ミステリーな部分が全て解決したわけではありません。謎はまだ残っています。その方がみなさんの興味が膨らむのではないかと思ったのです。

<PROFILE> 
監督:アンヌ・フォンテーヌ
1959年7月15日、ルクセンブルク生まれ。1980年代に女優としていくつかの作品に出演したのち、『Les Histoires d'amour finissent mal... en général』(93)で監督デビュー、ジャン・ヴィゴ賞を受賞した。ヴェネチア国際映画祭で金オデッラ賞を受賞した『ドライ・クリーニング』(97)、ココ・シャネルの半生絵を描きアカデミー賞衣裳デザイン賞にノミネートされた『ココ・アヴァン・シャネル』ほか、その他の主な監督作品にはナオミ・ワッツとロビン・ライトを主演に迎えた『美しい絵の崩壊』(13)、『ボヴァリー夫人とパン屋』(14)、『夜明けの祈り』(16)などがある。

『ボレロ 永遠の旋律』8月9日(金) TOHOシネマズ シャンテ ほか全国順次公開

画像: 映画『ボレロ 永遠の旋律』本予告_8月9日(金)全国順次公開 youtu.be

映画『ボレロ 永遠の旋律』本予告_8月9日(金)全国順次公開

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<STORY>
1928年<狂乱の時代>のパリ。深刻なスランプに苦しむモーリス・ラヴェルは、ダンサーのイダ・ルビンシュタインからバレエの音楽を依頼されたが、一音もかけずにいた。失った閃きを追い求めるかのように、過ぎ去った人生のページをめくる。戦争の痛み、叶わない美しい愛、最愛の母との別れ。引き裂かれた魂に深く潜り、すべてを注ぎ込んで傑作「ボレロ」を作り上げるが──。

<STAFF&CAST>
監督:アンヌ・フォンテーヌ
脚本・脚色:アンヌ・フォンテーヌ、クレール・ヴァレ
協力:ピエール・トリヴィディク、ジャック・フィエスキ、ジャン=ピエール・ロンジャ
原案:マルセル・マルナ著Maurice Ravel Fayard
社刊 撮影:クリストフ・ボーカルヌ(AFC SBC)
音楽監督:ブリュノ・クーレ
出演:ラファエル・ペルソナ、ドリヤ・ティリエ、ジャンヌ・バリバール、ヴァンサン・ペレーズ、エマニュエル・ドゥヴォス
BOLERO|121分|フランス|カラー|シネスコ|5.1chデジタル|字幕翻訳:松岡葉子
配給:ギャガ
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