自然を愛するようになれば、守ろうとするのではないか
──オルデダーレンの大自然のダイナミックな映像に圧倒されました。本作を撮ろうと思ったきっかけからお聞かせください。
私は舞台となったオルデダーレンで育ちました。こういった環境で育つと土に繋がっているというだけでなく、代々ここに住んでいる先祖との繋がりも感じます。また、窓の外に広がる景色では、秋には土砂崩れ、冬には恐ろしい雪崩が起こります。とても怖ろしいことですが、春になるとまた生命が芽吹いてきて、夏になると虫や鳥が活動を始め、様々な美しい色が見えてきます。ここには生と死がはっきりと混在しているのです。
この作品はそういった自然の営みを映像言語化したいと考えたことがきっかけです。9人のカメラマンにお願いして、父が歩いているところを追い掛けて撮るということを5つの季節でやりました。最初は春から冬まで撮ったのですが、冬を撮り終わったときに父が「命は死よりも大きい。冬は死を感じさせるけれども、毎年、冬のあとには春が来る。だから春まで撮った方がいい」と言ったのです。それで第5の季節として春を撮りました。春から撮って、春で終わる。命から始まって命で終わる。希望に満ちた感じになると思いました。
自然破壊は深刻な状況に陥っています。この作品を見て、自然を愛するようになり、自然を大事に守ってほしい。誰でも自分が愛するものはしっかりケアしたいと思うものですから。
──氷河の上での撮影など、撮影は危険を伴うことも多かったかと思います。
確かに氷河の上や青い洞窟の中など、危険なところもありました。そんなときは地元に住む氷河ガイドの方に安全を確認してもらっています。例えば、父が氷河の上を歩くシーンがありますが、割れ目に落ちてしまうとかなり危険です。事前にガイドさんたちが歩いて、氷河に割れ目がないかを確認しました。
父は山のことをよくわかっていますが、山のハイキングシーンを撮るときも念のため、地元のガイドの方に同行してもらいました。その上でカメラマンが父の後ろを歩きながら撮り、監督である私はその横にいて、父やカメラマンが落ちないように、手で支えていました。またカメラにはいろいろな付属機材があるので、そういった機材を運ぶ人も同行しています。
とにかく安全が大事。そこはきちんと確認しながら撮影を進めました。
──撮影する際に何を大事にされましたか。
自然の恵みは既にそこにあると思っていましたから、映像を作るのではなく、そこにあるものをそのまま捉えてほしいとカメラマンに伝えました。自然が与えてくれたギフトを見て、感じるということが大切。自然の風景が見る人の内面的風景にも繋がってくるのです。
そのためにも、虫や水滴の中といった小さなものから、大きなパノラマまでしっかりとらえるだけでなく、音にもこだわり、自然の中に入り込んで音を捉えました。オルデダーレンはとても狭い谷ですが、そこにいても自然の広大さを感じるということを表現したかったのです。
──音にもこだわったのですね。氷河が解けて崩れ落ちる音、川のせせらぎなどもしっかり聞こえてきました。どのように録音されたのでしょうか。
その質問をしていただいて、とてもうれしいです。この作品のタイトル『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』は地球の音という意味ですが、私は小さいときから風の音など、自分の周りにある自然の音を聴いて育ってきました。住んでいる谷に吹いていた風が氷河のひび割れの中に入っていくと音だったものが音楽のように聴こえたこともありました。確か5歳のときでしたが、私が父に「氷河の底でオーケストラが演奏しているの?」と聞くと、父は「君にも聴こえるかい?」と言ったのです。「ただの風だ」と否定することをせず、そういった形で私の想像力を刺激してくれました。
私はこの作品を作る際に、ビジョンとして“ドキュメンタリーで交響楽を作る”と考えていました。そこでハイドロフォンを湖や川の水面下に入れて録音することもしています。さまざまな音を録りましたが、氷河に風が入ってきて、音が変わったところをステレオマイクで録音できました。私たちは氷河の上でイヤホンを耳にあてて聴いていたのですが、私は文字通り涙が出てしまいました。私が小さいときから聴いて、オーケストラのようだと思っていたものを実際にステレオマイクで集音して、イヤホンを通じて自分の耳で聴くことができるとは思っていなかったのです。
私はさまざまな音をフィールドレコーディングして、ライブラリを作りました。それを15年くらい一緒に仕事をしている作曲家のレベッカが聴いて、「この音にはこの楽器がいい」といったことを判断。その楽器のソロリストに音を渡して作ってもらった曲を聴いて、レベッカが作曲し、それをロンドン・コンテンポラリー・オーケストラに演奏してもらいました。そのとき私は奏者の方々に「私は小さいときに氷河の底でオーケストラが演奏していると思っていました。みなさんはそのオーケストラになったつもりで演奏してください」とお願いしました。
サウンドデザイナーの方は自然の音と音楽をとてもうまく混ぜてくれました。映画を見ていて、どこまでが人が作った音で、どこからが自然の音なのか、区別がつかないように思います。それくらい自然な音響を作ってくれたサウンドデザイナーの方々にも感謝しています。
──自然の風景をバックに、お父様が語られるおじいさま、ひいおじいさまのお話から家族の強い絆が感じられました。この作品を撮ったことで、監督の家族観に変化はありましたか。
この作品をご覧になったアメリカの方から「あなたが持っている家族関係は僕には全くないものなので、とても羨ましいです」と言われました。私にとっては当たり前のことだったので、それを聞いてとても驚きました。
私が持っているいちばん大きな宝物は私の両親や先祖との関係、その間にある愛情、絆だと思います。特に両親とはいい関係でしたが、それは両親が非常に強い意志を持って築き上げてくれたのだと思います。父は「自分の家族のことをよく覚えておきなさい。私たちがいろんな話をしたことも覚えておきなさい」と言っていました。
最近、先祖の写真を探したり、書いたものを読んだりして、彼らの足跡を辿ろうとしています。それだけでなく、私が生まれたときにはすでに亡くなっていた人の夢を見るようにさえなりました。この作品を撮ったことで、祖先に対する意識が高まりまっています。
<PROFILE>
マルグレート・オリン監督
1970年、ノルウェー・ストランダ生まれ。ノルウェーの映画監督、脚本家、映画プロデューサーである彼女は、社会の弱者に焦点を当てたドキュメンタリーでよく知られており、映画祭での受賞歴も多数。 2014年、ヴィム・ヴェンダースが製作総指揮を手掛けた建築オムニバス・ドキュメンタリー『もしも建物が話せたら』では、建築家スノヘッタのオスロ・オペラハウスのパートを手掛ける。
『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』
9月20日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネマート新宿ほか全国公開
<STORY>
ノルウェーの人里離れた渓谷「オルデダーレン」。 厳しくも美しい自然に囲まれた場所に、年老いた父母が生きている。 成長し、作家となった娘が二人の姿をカメラに留めようとすると、84歳となった父親はこの国で最も美しい渓谷と呼ばれる場所を案内しながら、彼の人生と最愛の妻、そして何世代も自然と共に生きてきた人々の暮らしについて静かに語りはじめるのだった。
<STAFF&CAST>
監督:マルグレート・オリン
製作総指揮:リヴ・ウルマン、ヴィム・ヴェンダース
出演:ヨルゲン・ミクローエン、マグンヒルド・ミクローエン
2023年/ノルウェー /ノルウェー語/94分/シネスコ/カラー/5.1ch /G/英題:Songs of Earth/原題:Fedrelandet /日本語字幕:岩辺いずみ/後援:駐日ノルウェー大使館
配給:トランスフォーマー
© 2023 Speranza Film AS