そこで頭角を現し代表的な存在となったピエール・ボナール。
彼の多くの作品に描かれたモデルで恋人、そして伴侶となった生涯のミューズとして知られる、通称マルト。
二人の破天荒ともいえる恋や愛や芸術に向けた情熱と真実を、美しくも強く描いたフランス映画が『画家ボナール ピエールとマルト』だ。
主演のヴァンサン・マケーニュとマルタン・プロヴォ監督が本作について語って下さった。
子供の頃に印象づけられたボナールという画家
──プロヴォ監督は、ボナールの絵のポスターをお母様から贈られて眺めていた子供時代を送ったとのこと。いつかは映画にしたいと思っていらしたのでしょうか。
というより、マルトの姪の娘さんであるピエレット・ヴェルノンさんから連絡があり、大叔母についての映画を作って欲しい。マルトがピエール・ボナールという夫である画家の仕事に果たした役割が、今も十分に評価されていないと感じているのでと頼まれていました。
でも、その時は、もう画家に関する作品は作る気はないと思ったんです。
『セラフィーヌの庭』(2008・2009年セザール賞で最多7部門を受賞)という19世紀から20世紀にかけてフランスに実在した女性画家セラフィーヌ・ルイの生涯を描いた伝記映画を作っていましたからね。
それから長い時間が経ち、ピエールとマルトが暮らしたという場所から私の住まいがそう遠くなくて、ある時窓を開けたら、素晴らしい光景が迫って来ました。
ああ、この風景はまさに、ボナールの描いた風景じゃないか。その想いが、私をボナールとマルトの映画を作らなくてはという気にさせたのです。
ボナールについての多くの発見でボナールに近づく
──素敵なきっかけですね。そういう光景が背中を押すなんて。
そして、ボナールを演じたマケーニュさんにうかがいたいのですが、マケーニュさんは実在の人物を演じるのは本作は初めてではないでしょうか。どんなところに気を遣われましたか?
ボナール自身によく似た人物にならなくてはと思ったか、その逆をめざしたとか?
実在の人物は他にも演じたことはあります。
でも、今回は微に渡り、細に渡って身体構造を作り直さなくてならなかったわけです。
つまり、若い頃の彼を演じるためには痩せました。歳をとってくると自分を太らせること、老いることも必要になったということなどは、今までにないことだったと思います。
──なるほど。
そして、あくまでそのボナール像というのは、プロヴォ監督の思うボナールですからね。監督の意に沿おうと徹底的に努力しました。ボナールのエネルギッシュな力や唯一無二の存在というものに近づこうと。
ボナールは僕でなくてはならないと決まっているわけではないのですから、僕を選んでくれた監督には感謝しかありません。
──他にもボナールに近づくための工夫などありましたか?
ボナールに関する映像が極めて少なかったんです。(姿かたちを近づけるというよりは)絵筆のさばきなどのレッスンを受けました。そして、彼についてのたくさんの発見を重ねました。
ボナールが日本の浮世絵などから影響を受けた画家だったということ。そこから汲み取った色彩というものがなにより大切であると思っていたこと。
彼がどのように筆を使って、どの様にあのような色彩を生み出すのか、どのくらい光を取り入れていくのかなどを知ることが出来ました。
本で読んだのですが、ボナールは、色彩がすべてという色彩至上主義なんです。テーマや素材を見つけていくより、色彩を先ず生み出す。その後テーマを決めていくというような作品の作り方が、ボナールのやり方だということなどに興味を惹かれていきました。
──彼になるためには、彼を知ることが一番だったんですね。
僕にとって、多くの発見を与えてもらえましたし、人間的な冒険もさせてもらえて、演じるというより同じ船に乗って導いてもらった気がしてならないのです。
アーチストにとって、ボナールを演じるということは、自分を変えてくれるような体験を得られたと感じています。
二人の「永遠の愛」を描き切った作品
──素晴らしいことですね。
うーん、そうですね。「永遠の愛」とでもいいましょうか。
どのへんに描かれたか……、そうですね、やぅぱり、最後のシーンですかね。
川があって太陽があって、そして黄色、日本人にとっても大事なはずの黄色がみなぎっているシーン、そして二人が……。
──それ以上は観てのお楽しみということで。
では、最後にマケーニュさんにうかがいたかったことがあります。
マケーニュさんはいつも愛に戸惑い、愛が思うようにならなかったりして悩む男を演じることが多い印象があります。そのキャラが、ある時は可笑しみをくれるし、ある時は哀愁を感じさせてくれて私たちを魅了します。
ご自身にもそういうところがありますか?
そうですね、確かに自分を疑うような人物を演じて来ました。そして僕自身も自分を疑うような人生を送っている人間なんです。
でも、それが負け犬みたいだとは思いません。なぜならそれは、自分に対する熱意そのものだからです。わずかな確信があって、それについてどうなのかを自分に問答する熱意。それをしながら前に進むということはダメなことではなく美しい姿だと思っています。
──なるほど。素晴らしい生き方だと思います。というところで、お二人ともありがとうございました。
(インタビューを終えて)
ボナールの絵画のような、色彩と光が美しい映画
最後のシーンは、いわばピエールとマルトのが出会って嘘のない素顔のままで、豊かな自然を謳歌しながら、無邪気に二人だけで過ごした夢の様な回想シーンのこと。
誰も真似のできない、二人の愛の人生の始まりを感じさせる素晴らしい時間を映し出している。
ぜひとも、観て味わっていただけたらと思う。
今の時代にますます注目度が高まっているピエール・ボナールという実在の画家とその伴侶となったマルトの愛と生き方に迫った、本作『画家ボナール ピエールとマルト」。
改めて言えば、史実をなぞる伝記的映画とは一線を画し、オリジナリティ溢れるシーンと生き生きとした人物表現がみずみずしく、激しい部分さえも美しい。
ボナールの作品を裏打ちする様な色彩と光を存分に活かした映像で、観る者の心に迫ってくる。
それもこれもボナールに扮した、ヴァンサン・マケーニュの演じることへの真摯な想いや行動力の賜物であることが、このインタビューでの彼の熱い言葉からもよくわかる。
主演男優と監督のお二人からは、そんな映画の完成を心から幸せに受けとめていることが伝わってきたインタビューであった。
『画家ボナール ピエールとマルト』
2024年9月20日(金)より、シネスイッチ銀座、UPLINK 吉祥寺 他 全国順次公開
第76 回カンヌ国際映画祭 カンヌ・プルミエール正式出品
横浜フランス映画祭2024 観客賞受賞
本国初登場フランス映画1位(2024年1月10日公開)
監督/マルタン・プロヴォ
出演/セシル・ドゥ・フランス、ヴァンサン・マケーニュ、
ステイシー・マーティン、アヌーク・グランベール、アンドレ・マルコン他
原題/BONNARD Pierre et Marthe
配給/オンリー・ハーツ
後援/在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
字幕翻訳/松岡葉子
2023年/フランス/123分/1:1.85/5.1ch
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