19世紀末に台頭した印象派に続く、フランス絵画世界のナビ派の画家たち。
そこで頭角を現し代表的な存在となったピエール・ボナール。
彼の多くの作品に描かれたモデルで恋人、そして伴侶となった生涯のミューズとして知られる、通称マルト。
二人の破天荒ともいえる恋や愛や芸術に向けた情熱と真実を、美しくも強く描いたフランス映画が『画家ボナール ピエールとマルト』だ。
主演のヴァンサン・マケーニュとマルタン・プロヴォ監督が本作について語って下さった。

ボナールという画家とモデルのマルトは、美の共犯者

画像: ボナールという画家とモデルのマルトは、美の共犯者

アール・ヌーヴォ―のスタイルが流行った19世紀。アール・デコを引導する先駆け的な存在として知られるが、この時代、日本でも人気が高い印象派に続いて活動したのがナビ派の一派だった。
その中でも今も高く評価され続けている画家が、ピエール・ボナールだ。
「幸福の画家」と称され、独自の色彩感覚は近年再評価も高い。
そして、彼の2000点近くに及ぶ作品の三分の一にも当る多く描かれた女性がマルトだった。

画家に描かれるモデルの女性たちは、画家のミューズであり、画家本人にとっての公私共の恋人や妻であることも少なくない。

モデルとなる女性たちは、才能あふれる画家に惹かれ描かれたいと願う。裸婦となって、画家の思うままに描かれていくこともいとわない。

画家とモデルの関係、そしてさらにモデルであったことがきっかけで、そこに恋心や、愛を交差させ共に芸術を生み出す人生を送る男と女。
かけがえのない「美の共犯者」である。

だから名画は時を超え、彼ら、彼女らの恋や愛を垣間見る想いや、密かな想像などの愉しみを、観賞する者たちに与えてもくれるのだ。

しかし、そのモデルとなった女性たちについて、私たちはどのくらい知っているというのだろう。
作品に記載されるのは、作品の題名や、もちろんのこと作者やら、年代、所蔵についてであり、モデルが誰かは記されていないことがほとんどだ。

そう改めて気づかせてくれたのが、今回注目したピエール・ボナールのモデルで妻となったマルトについての映画である。

幸福な画家ボナールと翻弄し合ったマルトの愛

本作、マルタン・プロヴォ監督作品『画家ボナール ピエールとマルト』は、唯一無二の画家ボナールと運命を共にした、マルトという一人の女性の生き方を描いた作品と言える。
美しくも、時に荒々しく、時に憐れに、それでも強く生きる、画家に恋をして愛してしまった女性として描き出されている。
芸術世界に踏み込み、その時代に生きた女性を浮き彫りにして秀逸。
本作は紛れもない女性映画であり、フランスならではの恋愛映画として評価すべき作品であると受けとめられる。

ボナールという画家として自由に生きる男に翻弄されるマルトながら、翻弄されたのは、実はボナールだったのではないかと思えてくる。
「幸福な画家」は、本当に幸福だったのかと。
ボナールの作品の中で、プロヴォ監督は未だ謎めいている彼のモデル、マルトに迫って、その真実を明らかにしていく。

監督の意のままにマルトを演じた、女優のセシル・ドゥ・フランスに大拍手である。

慎ましい暮らしを送っていたマルトは、画家として注目を浴びだした若き画家、ピエール・ボナールのモデルになる。次第に彼の情熱に惹かれ恋心を芽生えさせるマルトだったが、彼のブルジョワのソサエティに馴染むことはそう簡単ではなかった。裕福で多才で華やかな男女たちに追いつくことは、まったく夢のようなことであった。

ライバルと思える女たちも見え隠れして、委縮して自信を失うマルトだった。そんな彼女を引き寄せようとするのは、ひとえにボナール自身のマルトへの恋心であったのだが。次第にソサエティから距離を置くようになるボナール。

隠遁生活にも近い二人の暮らしこそ、ボナール独自の傑作を生み出せたとも言われるが。

どのような紆余曲折を経て、マルトはピエール・ボナールという画家の公私を共にする女性となって生涯を送ったのか。

マルトの恋の仕方、そして苦悩や絶望、それを乗り越えた強さと生命力、そして、ボナールとの愛のカタチが観どころだ。

画像: 幸福な画家ボナールと翻弄し合ったマルトの愛

華やかなナビ派のソサエティに生きる女たち

ちなみに、本作ではボナールがマルトの前にモデルとなった、社交界の花形として知られる名家の令嬢で多才なミシア・セールも登場する。

彼女こそ、かのフランスを代表するファッション・デザイナー、ココ・シャネルの生涯の友人となった人物だ。

ピカソ、ダリ、コクトーといったココ・シャネルの人脈のほとんどがミシアからの紹介であったし、芸術を愛し、若き才能を育てることのサロン文化について、手本を示したことでも知られている。

そんなミシアを、ライバルというには高嶺の花過ぎることが、マルトの目線で痛いほどたびたび描かれ、興味深い。

ジャン・ルノワールのモデルもしていたことで知られるミシアは、ボナールのモデルになっても、彼だけに執着することがなかったほど奔放で、また、彼女が恋多き女として次々と男たちを魅了しては新しい夫を持つ、そんな生き方であったことも垣間見ることが出来る。

ココ・シャネルの著作を複数刊行している筆者としては、芸術が豊かに躍動していた時代に生きる女性像を、リアルに浮き彫りにもした本作。貴重な作品であることにも痛感させられる。

そんな素晴らしい作品を生み出した、プロヴォ監督とボナールに扮したヴァンサン・マケーニュに話をうかがうことが出来た。

画像: 華やかなナビ派のソサエティに生きる女たち

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