カバー画像:『ヴェノム:ザ・ラストダンス』より ©2024 CTMG. © & ™ 2024 MARVEL. All Rights Reserved.
夜に似た姿をしているダークヒーローたち
ティム・バートン監督『バットマン』で、闇色のバットモービルが、夜を滑らかに切り裂きながら疾走する情景は、ただただ美しい。ダークヒーローに魅了される心の動きは、夜歩く時に感じる、昼とは違う、何かドキドキする気持ちと同じ源から生じるのではないか。本来、哺乳類霊長目ヒト科の生物は、夜行性ではない。夜の暗さの中では見えないものも多く、生命が危険にさらされる。なのに、夜歩いている時の気分には、恐怖感だけではなく、得体のしれない興奮が混じってはいないだろうか。
ダークヒーローはみな、そんな夜に似た姿をしている。スーツの色は、ほとんどが黒。バットマンは大きな黒いマントで全身を覆い、ゴーストライダーは黒のバイクスーツ、ザ・クロウは黒のコート。宇宙生命体であるヴェノムも、体表が黒い。デアデビルの暗い赤は、アイアンマンの輝く赤とは違う。彼らの姿が夜に似ているのは、彼らが夜と同じ性質を持っているからだろう。
また、そうした姿が、夜の闇に溶け込みやすいからでもある。それは、自分の姿を闇に隠して悪人たちを倒すためでもあるが、彼ら自身が、他人の目に触れたくないことをするためでもある。法律を破る。過剰な暴力を振るう。こうした行為が人々の目に触れると、ザック・スナイダー版バットマンのように、一般の人々から行き過ぎた自警活動だと非難される。
だが、彼らが闇に隠れるのは、人々の目を逃れたいからではないだろう。彼ら自身が、実はそうした行為に一種の開放感、気持ちよさを感じてしまっており、それを自分自身の目から隠したいからではないか。なぜなら、バットマンが敵を殴り倒すのを見るとき、私たちはそれを気持ちいいと感じるからだ。それは、その時にバットマンが感じている快感が、こちらに伝染するからだろう。しかし、ヒーローは、暴力の快感を肯定することはできない。だから、それを隠したくて、ダークヒーローたちは夜に紛れずにはいられない。
『バットマン』
4K ULTRA HD&HDデジタル・リマスター ブルーレイ(2枚組)6,980 円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
©BATMAN and all related elements are the property of DC Comics TM & © 1989. © 1989 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & © 1998 DC Comics. All rights reserved.
正義感ではない負の感情から行動する
さらにもう一つ、彼らには隠したいものがある。それは、実は、彼らのヒーロー活動の根底“負の感情”があることだ。バットマンは両親を死に至らしめた世界への怒りを克服できない。クロウもスポーンも、恋人を殺した者に復讐するために冥界から甦る。彼らの行動の根源にあるのは、善を求める意識や正義感ではなく、心に負った傷、怒り、憎しみ、復讐心という、ヒーローには相応しくない感情だ。なので、隠さずにはいられない。だから彼らは、自分には、すべてを照らし出す陽の光よりも、さまざまなものを覆い隠す夜の闇の方が相応しいと考える。そして、夜に溶け込む姿を身に纏うことを選ぶのだ。
それゆえ、ダークヒーローは私たちの共感を呼ぶ。彼らのように、他人の目から隠したいものを持ち、それを肯定することはできないが手放せず、そこから葛藤、屈折が生まれるという状況は、程度の差こそあれ、誰もが思い当たる節があるだろう。スーパーヒーローは、私たちが遠くから仰ぎ見る存在だが、ダークヒーローは、夜、私たちのすぐ横を通り過ぎる存在なのだ。
しかも彼らは、その闇と戯れる。根底にヴィラン同様の闇を抱え、それと葛藤する彼らは、「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている」というニーチェの言葉通り、常に闇に飲み込まれる危険を抱えている。まだ駆け出しのマット・リーヴス版バットマンすら、リドラーを撲殺する寸前まで行く。しかし、彼らはいつもギリギリのところで踏みとどまる。その瞬間の彼らは、そのあと一歩のところで爪先立ちで留まるスリルと興奮を、愉しんでいるように見えないだろうか。彼らは私たちに似ているようでいて、私たちが到底足を踏み出せないところまで、軽々と身を投じていく。ダークヒーローがそんな姿を夜の闇に紛れ込ませ続ける限り、私たちは魅了されずにはいられない。