時代や国家、民族を超えて「これは自分の物語だ」と観客に思ってほしい
──最後の最後までまったく予想がつかない展開に驚きました。イ・スジンさんの原案を監督が脚本化されましたが、原案のどこにいちばん魅力を感じましたか。また脚本化する際に大事にしたのはどのようなことでしょうか。
私が読んだ原案はある地域のヤクザの物語といったとても小さな物語でした。初めて読んだのは『悪人伝』(2020)の撮影に入っているときで、とても忙しく、慌ただしい中にも関わらず、とても強い印象を受け、ずっと記憶に残っていました。
しばらくして、突然、その小さな物語を大きなメタファーのある大きなストーリーにしたいと思ったのです。それから1年半くらいかけて、脚色していきました。原案は事件を中心に描かれていましたが、映画には人間の本質を盛り込みたいと思い、キャラクターの思想や心情をもう少し色濃く入れました。
私はこの作品に限らず、何か作るときに普遍的な感性を描くことを大事にしています。時代や国家、民族を超えて、「これは自分の物語だ」と観客に思ってほしいのです。
──大きなメタファーのある大きなストーリーとのことですが、具体的にはどういったことでしょうか。
いつの時代にも社会には腐敗や不正、不条理があります。人間に欲望がある限り、これからもなくならないでしょう。「天国へ行く最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」というニッコロ・マキアヴェッリの言葉がありますが、極限状況に追い込まれた人間の愚かしい姿を描くことで、何が破滅への道なのかを知り、そちらに行かないようになってほしいという思いを込めています。
自分の思いを観客に伝えたいとは思うものの、あまりに重く辛辣な物語では見終わった観客の気持ちが暗く沈み込んでしまいます。その辺りの塩梅が難しかったのです。
──ヘウンが選挙に出ることを彼の妻は快く思っていません。それでもヘウンが政治家を目指した、そもそもの思いは何だったのでしょうか。その辺りの裏設定があればお聞かせください。
ヘウンが政治家になりたいと思った理由は特には考えていませんでした。
ただ、ほとんどの政治家の妻は夫から「選挙に出たい」と言われた時点で反対すると思います。政治家は夢を追うところがあり、ある意味、現実とは切り離された仕事です。しかし、子どもを育てながら、家計をやりくりする妻の立場からすれば、現実に根差した仕事をしてほしいはず。妻にとって日常は大事ですから。
また政治家は人前に出る仕事です。それは危険が伴いますから、なおさら妻としては夫に政治家になってほしくないと思うのではないでしょうか。
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──釜山で権勢を振るっているフィクサー的存在のスンテを演じたイ・ソンミンさんの静かな凄みに圧倒されました。動のヘウン、静のスンテと2
人のタイプは対照的ですが、どのようなバランスで演出されたのでしょうか。**
ヘウンは40代、スンテは50代に設定し、それぞれの年齢に相応しい姿を作品の中で描いたつもりです。スンテの世代を韓国では既成世代と呼ぶのですが、自分たちが現在の韓国社会を作ってきたという自負がある。一方ヘウンの世代は踏ん張って成功すれば、人生はそのまま右肩上がりになっていくけれど、何か失敗すれば、どんどん転がり落ちていく人生の分岐点。夫として、父親としてたくさんの責任を背負っています。世代的には上と下の世代に挟まれて、圧迫されているようなところもありますよね。
当然ながら40代のヘウンは慌ただしく動き回らなくてはならないほど、やることが多くて忙しい。スンテはすでに責任をしっかり果たし終わり、世界を自分の掌中に収めているので、動く必要がない。シナリオにもそういう動と静を反映させてみました。
演出に関してはこちらがどんなに演出しようと思っても、演技をする俳優に任せざるを得ないという俳優の領域があります。俳優は芸術における1つの個体だと思っていますので、演出をするというよりも、俳優の方を信じて任せています。その意味では今回、本当に素晴らしい俳優さんに恵まれて、いい雰囲気の中で撮影ができました。ヘウンを演じたチョ・ジヌンとスンテを演じたイ・ソンミンは『工作 黒金星と呼ばれた男』(2019)でも共演していますが、そこでは見られなかった演技を見せてくれたと思います。
──キム・ムヨルさんが演じたピルドは冷静さの中に人間味が垣間見えました。ピルドのキャラクター設定で大事にされたのはどのようなことでしょうか。またそれをキム・ムヨルさんにどのように演出されましたか。
キム・ムヨルさんは私が大好きな俳優で、本人はとても優しい人です。しかし、俳優としては善と悪の両方の顔を持っていて、善人として優しい顔立ちに見えたと思えば、人間の嫌な部分や卑劣な部分もうまく演じられるので、悪役もできるのです。
今回のメインキャラクターの中で、ヘウンとスンテはかなり恐ろしく感じたかと思いますが、ピルドは3人の中では唯一、誰かを信じたことによって、彼にとって予想外の事態に陥ります。人間的な部分を持つピルドをお客さんが肩の力を抜いて、共感しながら見てくれればと思っていました。
脚本を書きあげて、現場にいる20代の女性スタッフの方々に読んでもらったところ、「ピルドがすごくよかった」、「ピルドを見ていたら胸が痛くなった」、「ピルドが気の毒」といった感想が返ってきました。そんな風に思いながら見てほしいと思っていたので、それを聞いてほっとしました。
先程、お話しましたようにスンテは50代、ヘウンは40代、ピルドは30代を象徴しています。30代はまだ世の中のことがわからず、怖いもの知らずで、純真さも野望も持っている世代です。ところが、自分より悪い大人に出会ってしまうとこんな風になってしまうこともキム・ムヨルさんは体現してくれました。
──本作は東京国際映画祭でジャパンプレミアを迎えました。今のお気持ちをお聞かせください。
東京国際映画祭は世界的にも大きな映画祭です。ぜひ一度行ってみたいと思っていましたから、今回、ご招待いただき、本当にうれしかったです。これまでヨーロッパの映画祭には何度か参加していますが、うれしさが違います。
日本は韓国から近いので、これまでに旅行で何度も来ています。昨年は札幌に行ってきました。ただ、東京は10年ぶりです。日本はどこも清潔感がありますね。1人で街を歩いていると心が落ち着き、韓国とは違った雰囲気があるので、いろいろな想像を巡らせることができます。芸術に携わっている人間にはとてもいい場所だと思います。
──想像を巡らしていらしたときに、何か今後の作品へのインスピレーションを受けましたか。
今日は朝早く起きて、ホテルの周りを1時間くらい散歩しました。いつもと違うところで考えごとをすると、新しい思いつきがあるような気がします。今、次の作品の準備中ですが、散歩の後はいつもよりも書き進めることができました。
そんな風に、今回の来日でたくさんのエネルギーを充電できた気がします。このタイミングで東京国際映画祭に参加できたのは、次の作品にとってもよかったと思います。
<PROFILE>
イ・ウォンテ監督
『恋は命がけ』のプロデューサーとしてキャリアをスタートしたのち、『PAPA(原題)』(12)と『GABI ~国境の愛~』(12)でストーリー作りに携わったほか、『朝鮮魔術師』(15)の原案を担当。韓国映画界では、名ストーリーテラーとして知られてきた。実在した独立運動家金九の物語『大将キム・チャンス』(17)で、監督デビューを果たし、その演出を称賛された。次作『悪人伝』(19)は、キャラクターの固定概念を打破し、第72回カンヌ国際映画祭のミッドナイト・スクリーニングで上映された。韓国における観客動員数は330万を超えた。
『対外秘』11月15日(金)シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷 他全国公開
<STORY>
1992年、釜山。党の公認候補を約束されたヘウンは、国会議員選挙への出馬を決意する。ところが、陰で国をも動かす黒幕のスンテが、公認候補を自分の言いなりになる男に変える。激怒したヘウンは、スンテが富と権力を意のままにするために作成した〈極秘文書〉を手に入れ、チームを組んだギャングのピルドから選挙資金を得て無所属で出馬する。地元の人々からの絶大な人気を誇るヘウンは圧倒的有利に見えたが、スンテが戦慄の逆襲を仕掛ける。だが、この選挙は、国を揺るがす壮絶な権力闘争の始まりに過ぎなかった──。
<STAFF&CAST>
監督: イ・ウォンテ
出演: チョ・ジヌン、イ・ソンミン、キム・ムヨル
2023 |韓国|韓国語|116分|カラー|スコープ|原題:대외비(英題:THE DEVIL'S DEAL)|5.1ch|字幕翻訳:鷹野文子|映倫区分:G
配給:キノフィルムズ
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