最新作は、なんとあの、『エマニエル夫人』(1974)の進化系というべき、現代版が『エマニュエル』(2024)だという。
これはもう驚きの「事件」である。
その監督が、日本公開を控える『エマニュエル』をひっさげて、昨年の東京国際映画祭2024 の「ガラ・セレクション」部門での上映とトーク・イベントのために来日した。
さっそくインタビューをお願いした。
カバー写真:オードレイ・ディヴァン監督 ©Richard Giannoro
『エマニエル夫人』が『エマニュエル』に進化する、ときめき
昨年の東京国際映画祭2024年には、海外からの監督や俳優、プロデューサーが多数来日。その中の一人が、フランスの映画監督オードレイ・ディヴァンだ。
背筋の伸びた知的な風貌が印象的で、映画監督としての構えを見せていた。
映画祭の「ガラ・セレクション」部門で上映された『エマニュエル』には、1974年の『エマニエル夫人』同様、男性ばかりではなく女性も多数ときめいての鑑賞。その後のトーク・イベントも盛りあがった。
新しいエマニュエルは夫人ではなく、キャリア・ウーマン
『エマニエル夫人』といえば、外交官夫人が夫が赴任したバンコクで、その異国情緒あふれる世界に誘われながら、白日夢の様な性の快楽に新たに目覚めていく物語を美しくも官能的に描いたフランス映画。多くの女性たちを魅了し、フランスのみならず日本でも大ヒットした。
原作となったエマニエル・アルサンによる小説『エマニエル夫人』は、性の道を究める哲学書とまで評価され、ポルノというジャンルから離れた、性文学として世界中から注目された。
同じ原作でありながらも、ディヴァン監督の『エマニュエル』では、エマニュエルは夫人ではなく、キャリア・ウーマンである。
また、舞台は香港のラグジュアリー・ホテルだ。
このホテルの価値を高めるための査察の仕事で、彼女はホテルに滞在して、ホテルの運営の実態や従業員の接客能力、また滞在する客の質などを念入りに調査して、経営会社に報告する。
ホテルの情況に問題は見当たらず、しかし経営側は、ランキングが下がったことを問題として考え、さらなる調査をエマニュエルに指令する。
新たな出会いが、エマニュエルの性への開放へと導く
その間に出会った男や女たちとの出会いと交流は、エマニュエルの性的な好奇心を高め、深めていくものとなる。
ホテルの顧客の中で、上客でありながら滞在はいっさいしないという不可思議な男に、強くエマニュエルが惹かれて行くことから、この物語はミステリアスでスリリングな展開を見せていく。
彼女が生き着くところは、彼女にとってのどのような運命の時なのか。最初から最後まで興味津々で、目が離せない。
最後のシーンが極めつけで、さすがと唸らされた。
女性にとっての性の解放は、それまでと違う自分の発見であり、肉体と精神にも繋がっていくことを痛感させられる。
圧巻のセックス・シーンで魅せる、ディヴァン監督の新境地
息をもつかせず魅せていく、数々の先鋭的で美しいセックス・シーンは圧巻で、エマニュエルを演じたノエミ・メルランの新境地を物語る演技の賜物だろう。
エマニュエルになり切った彼女の美しい肢体が、全裸よりも肉体の要所、要所が露わになってこそ美しいコスチュームで、エロスを表現していて、見事。
ホテルそのものが、性の欲望やエロティシズムのメタファーであることを感じさせることにも成功している。
デイヴァン監督の、あらたな才能を見届けるべき作品となった。
『エマニエル夫人』大ヒットを想い起す
―本作『エマニュエル』の原作は『エマニエル夫人』として、1974年に映画化されて、日本では空前の大ヒットなりました。
実際のところ、フランスではいかがだったんでしょう。
その頃私は、生まれていなかったんです(笑)。
『エマニエル夫人』が、なぜヒットしたかといったら、やはり日本もフランスも同じでしょうね。エロチックな性表現のフランス映画が、普通の劇場で観ることが出来る。そのことが最大のヒットの理由ですよね。
―そうですね。若い女性の間でも、美しく奔放なセックスシーンを楽しめるフランス映画があると評判が高まり、好奇心も手伝って劇場におしかけました。で、そこから半世紀近くを経て、なぜディヴァン監督が『エマニュエル』に取り組もうとなさったのかが興味深いのですが。
何しろ、前作の監督作品『あのこと』(2021)は、ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの作品を脚色されて、監督デビュー二作目にしてベネチア国際映画祭で金獅子賞受賞という快挙でしたから。次の作品には注視されて当然です。
確かに、『あのこと』の次に『エマニュエル』を撮ると言ったら、みんなに「えっ」と驚かれたりしましたね。
なぜ今、『エマニュエル』なのか
ーでも考えたら、『あのこと』は、妊娠して産むか、産まないかを選ぶ、女性の自由や生き方がテーマでした。今回の『エマニュエル』も、『エマニエル夫人』とは違って、エロティシズムの追及で魅せていくというよりは、女性が性について自由でもいい、快楽を得ることのイニシアティブを持ってもいいというような主張を感じさせてくれました。
フェミニズムといって良いかどうかですが、どこか前作と本作には共通する監督の想いが感じられましたが。
そうですね。二つの作品には深い絆はありますね。
フェミニズムというと狭い意味でも広い意味でもいろいろありますが、女性も自分の人生を自由に決めていいという主張からしたら、確かに両方ともフェミニズム的な面があるといって良いかも知れません。
良い原作に出会うと監督もしたくなる
―ジャーナリズムを学ばれ、雑誌記者を経て映画の脚本を手がける書き手であるオードレイさんですが、映画監督になられたきっかけは、やはり、前作と本作の原作である二つの小説との出会いからですか?
女性の作家によるセンセーショナルな内容ですし、そういう原作こそ、女性が監督すべきだと、背中を押されのでしょうか?
私は書くことがとても好きで、雑誌の記事だけでなく映画の脚本を書くことも仕事にしていて、男性、女性を問わず監督たちに脚本を提供しています。
でも、これは誰にも渡したくない、自分で脚本を作り、自分で撮るという原作に出会ってから監督をし出しました。第一作目の映画を撮ったのも、それがきっかけですね。
―良い原作との出会いというわけですね。
アニー・エルノーの原作には心酔していましたから、原作にほぼ忠実に脚本を書いて撮りました。『エマニエル夫人』のエマニエル・アルサンの原作は古いイメージもあり、インスピレーションはもらいましたが、かなり脚色しましたね。
ーセックスシーンも美しく描かれていて、それを引き立てるファッションが際立っていました。
衣装はヘルムト・ニュートンなどを使いましたが、エマニュエルが変化していく様子に合せてコスチュームにも変化を持たせていきました。
性の快楽と愛との関係性とは
ーところで監督は『エマニュエル』に取り組まれて、愛とセックスについて、改めて得たことはありますか?
例えば、性的な快楽は愛があるからこそ得られるというような教えを、女は子供の時から道徳的に教えられたりします。そのへんはいかがお考えですか?
それについては、脚本を書いている段階から、主演女優のノエミ・メルランと演技のことと一緒に話し合っていました。
性的快感は愛がなくても求めていいんじゃないか、性的快感から愛が生れることもあるだろう。愛があってこそ快感を得られる、という3パターンはどれでも愛とセックスに可能なことでしょう、と。
性的快楽に条件なし!という結論になりました(笑)。
女性監督と女優で作り上げた濃密な『エマニュエル』
―そのメルランさんとのことですが、女性が監督ですと、女優とはとても息が合って撮影が進むものでしょうか?特にこういうテーマですし。
正直なところ、本作を観ていましたら、もう監督とノエミさんと、二人だけの世界が出来上がっている!と感じて嫉妬さえ憶えました(笑)。
そうですよ、もう100%完璧に上手く行きましたよ。
―それでも意見の違いで火花が散るようなことなど、まったくなかったのですか?女性が追及するエロティシズムについてですから、意見が割れるということもありそうですが。
いえいえ、私は本当に囁くような声で、彼女にだけわかる暗号みたいな言葉で伝えていきましたね。以心伝心でした。本当に二人の世界に入り込んで撮っていった感じです。
最後の方ではテレパシーで彼女に指導していたように錯覚さえしましたね。
―やっぱり、お二人の世界!羨ましい関係が生まれたのですね。確かに、それを映画から、強く感じられました。素晴らしい撮影も成果的でしたし。
映画は監督と他者との共同作業です。彼女の自由に任せたシーンもありましたから、ノエミは指先で私に指示を送って来たり、それを『あのこと』の撮影監督でもあるロラン・タニーが追っていくという三位一体となった撮り方で、思ったような迫真のシーンが生れて行きました。
―次回作も気になるところですが、また、驚くような展開が……?
二つあって迷っています。一つは結婚にまつわるシステムに対して、若い女性が闘うというもの。私の今まで同様のオブセッションに繋がる物語なんです。
―それはぜひ、映画化して下さい。楽しみにしております。
インタビューを終えて
ジャーナリストや脚本家としても活躍中のオードレイ・ディヴァン監督は、すべての質問に対して、凛として知的、答えはいつも端的だ。
その言葉は、まるでワンフレーズと言おうか無駄がない。しかし、的を外さない答えを返してくるのだ。
そんな風に、応えられたらいいなと痛感させられた。
しかし、その答えは常に相手に対しての気遣いが感じられ、質問に対して、いつも肯定的なのだ。
思えば、東京国際映画祭での上映とトーク・イベントでも、同じように質問には、まず相手の質問内容を肯定したうえで、自分の想いや主張を述べていた。
この姿勢こそが、今回の『エマニュエル』のような、セックスや肉体的快楽と愛の関係を映像にしようという試みに、必要になってくることなのではないか。
映画監督に必要とされる「気配り」や優しさの様な人柄を感じて、ますます彼女の今後に期待したくなった。
きっとまた、驚きに満ちたテーマに取り組むに違いない。
作品情報
『エマニュエル』
1月10日(金)よりTOHO シネマズ 日比谷他全国公開
監督/オードレイ・ディヴァン
脚本/オードレイ・ディヴァン、レベッカ・ズロトヴスキ
原案/エマニエル・アルサン著『エマニエル夫人』
原題/EMMANUELLE
出演/ノエミ・メルラン、ウィル・シャープ、ジェイミー・キャンベル・バウアー、チャチャ・ホアン、アンソニー・ウォン、ナオミ・ワッツ
2024年/フランス/カラー/シネスコ|5.1ch /デジタル105 分/R15+
字幕翻訳/牧野琴子
配給/ギャガ
公式サイト:http://gaga.ne.jp/emanuelle
公式X:emmanuelle_2025
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