“開拓不能”とされた荒野を切り開こうとした男の挑戦と成長を描き観る者の心に深い余韻を刻む珠玉の一作『愛を耕すひと』。主演マッツ・ミケルセンへの取材経験も持つ筆者が本作の魅力を掘り下げます(文・斉藤博昭/デジタル編集・スクリーン編集部)。
カバー画像:『愛を耕すひと』より © 2023 ZENTROPA ENTERTAINMENTS4, ZENTROPA BERLIN GMBH and ZENTROPA SWEDEN AB
画像: マッツの俳優としての多くの持ち味が役どころと美しくシンクロしていく

マッツの俳優としての多くの持ち味が役どころと美しくシンクロしていく

人生を変えた映画について尋ねるとマッツは2つの作品を挙げた

近年はハリウッド大作にも引っ張りだこのマッツ・ミケルセンだが、彼の演技をじっくり味わううえでは、やはり母国デンマークの映画が最適だろう。そんな事実を再認識させるのが『愛を耕すひと』だった。勲章を受けるほどの功績を残しながら、貴族の称号への野心をたぎらせる退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉。その役どころと、マッツの俳優としての多くの持ち味が美しくシンクロしていく姿を、われわれは目撃することになるからだ。

18世紀、デンマーク。荒涼とした土地を開墾しようとするルドヴィ。しかし土地の所有権を主張する有力者シンケルからの妨害、そのシンケルの元から逃れてきた夫婦や、両親から捨てられたタタール人の少女との絆……と、基本のストーリーから、どこかヒューマンな感動作が予感される。たしかにルドヴィを中心にした“擬似家族”が奏でるエモーショナルなシーンをいくつも用意。しかし作品全体からゆっくり漂ってくるのは、意外なほどハードで苛烈、無情なムードだ。当時のデンマークの大地のように、そこには荒々しい世界が待ち受けていた。思わず目を疑うショッキングな描写があったりもする。

ルドヴィのキャラクターがかなり強烈だ。ミステリアスな雰囲気を醸し出しつつ、怒りがすぐに沸点に達し、元軍人の能力を全開にする。冒頭では孤高の寂しさをまとっていて、観ているこちらも感情移入しやすいのだが、突発的に手がつけられない暴走もみせ、シーンによっては猛獣の“野性”すら伝わってきて驚かせる。周囲の人への対応でもどこか本心を隠しているようで、このルドヴィのキャラ設定によって、飽きさせない一面もある。じつは当初の脚本で、ルドヴィはもっと共感しやすく書かれていたそうだ。

画像1: 作品全体から漂うのは意外なほどハードで苛烈、無情なムード

作品全体から漂うのは意外なほどハードで苛烈、無情なムード

画像2: 作品全体から漂うのは意外なほどハードで苛烈、無情なムード

作品全体から漂うのは意外なほどハードで苛烈、無情なムード

以前にマッツに別の作品でインタビューした際、人生を変えた映画について尋ねると、彼は2つの作品を挙げた。そのひとつ、『タクシードライバー』に関しては、『愛を耕すひと』の脚本を修正してもらううえで指針になったことをマッツは明かしている。共感しづらい部分、つまり好感を持てない側面も加えることで、貴族の称号への相反する感情を際立たせようとしたという。ルドヴィの行動に目を背けたくなる瞬間もあるからこそ、結果的にこのキャラクターの深い闇が伝わることになった。

“演技者”マッツのさまざまなテクニックが生かされている

そしてもう一本、マッツが挙げたのが『炎628』という、ロシア映画(1985年の作品なので当時はソ連)だった。第二次世界大戦中、ベラルーシの村でのドイツ軍による住民虐殺を少年の目線で描いた知られざる名作だが、時代も国も違う『愛を耕すひと』の衝撃シーンに、『タクシードライバー』、『炎628』へのマッツのリスペクトが重なったりもする。「ハンニバル」もそうだが、生半可なテイストとの対局に自分の魅力が生かされることを無意識に把握しているのかもしれない。『ライダーズ・オブ・ジャスティス』などでもかなり過激なチャレンジをしていたように、マッツが自分の意見を言いやすいデンマーク映画では、その“志向”がよくわかる。監督のニコライ・アーセルとは『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』でも組んだ仲であるし、脚本には『ライダーズ〜』や『アダムズ・アップル』など数多くの仕事をしてきた盟友のアナス・トマス・イェンセン監督が関わっていたので、製作過程での親密なやりとりが想像できる。

実際に『愛を耕すひと』では“演技者”マッツのさまざまなテクニックが生かされている。反骨精神を持ち、周囲が慕うカリスマ性を表現している姿は、ある程度、予想の範囲内だったが、今回は怒りや悲しみの表現を過剰に出さない“寸止め”の表情が絶品だ。ルドヴィと、敵役のシンケルの従姉妹で婚約者であるエレルとの間には、ほのかなラブストーリーも展開され、そこでの戸惑いと、控えめな歓びの顔は、おそらくマッツのファンにとっての“萌えポイント”になるのではないか。そして改めて実感するのは、俳優とセリフの言語との相性で、もちろんハリウッド映画での英語のセリフも流暢なマッツだが、やはり母国のデンマーク語でのセリフ回しは、より感情がスムーズに乗っているようで、グッときてしまう人も多いのでは?

画像: 衝撃シーンにマッツが愛する映画へのリスペクトが重なる

衝撃シーンにマッツが愛する映画へのリスペクトが重なる

画像: 敵役のシンケルの婚約者との間にはほのかなラブストーリーも展開

敵役のシンケルの婚約者との間にはほのかなラブストーリーも展開

18世紀が舞台ということで、夜の灯りはランプやロウソク。登場人物の顔にもレンブラントの絵画のように美しい陰影が刻まれる。そしてルドヴィが公式で身につける軍服のようなデザインのコスチューム(これがマッツに似合ってる!)や、エレルのドレスなど衣装にもこだわりが詰まり、時代を丁寧に再現した映像によって、『愛を耕すひと』は観る者をその世界にトリップさせる。タイトルから考えた時、デンマーク語の原題は「Bastarden(私生児)」、英語では「The Promised Land(約束の土地)」、そして邦題とすべて違うのも、観る人それぞれがテーマを考える作品である気がする。主人公ルドヴィは、どんな愛を耕そうとしたのか? ラストシーンを目にした後、その答えに想像を巡らせながら深い余韻に浸ってほしい。

『愛を耕すひと』
新宿ピカデリーほか全国公開中
配給:スターキャット、ハピネットファントム・スタジオ
© 2023 ZENTROPA ENTERTAINMENTS4, ZENTROPA BERLIN GMBH and ZENTROPA SWEDEN AB

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