〜今月の3人〜
大森さわこ
映画評論家。昨年の著書「ミニシアター再訪」が日本映画ペンクラブ賞の功労賞を受賞。みなさまの応援に感謝です。
金子裕子
映画ライター。断捨離ついでにVHS&CDの整理を決意したけれど、見返してばかりで一向にはかどらず(笑)。
米崎明宏
映画ライター/編集者。編集のお手伝いをした大森さわこさんの著書「ミニシアター再訪」がペンクラブ賞功労賞受賞!
大森さわこ オススメ作品
『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』
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かつて音楽に夢をかけた兄弟の作ったアルバムが30年経って評価されるものの新たな葛藤が
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像3/音楽5
あらすじ・概要
ワシントン州のスポーケンに住むジョーとドニーのエマーソン兄弟は平凡な日々を送っていたが、30年前に出したアルバムが急に脚光を浴びる。その奇跡は天才肌の弟ドニーの新たな葛藤の始まりだった。
アメリカのワシントン州に住むエマーソン兄弟の実話の映画化。兄弟が30年前に作って不発に終わったアルバムが急に再評価され、一家を驚かせる。かつては成功を夢みていたものの、いまは平凡な日々を送る中年の兄弟は、新たな葛藤と向き合うことになる。
ビル・ポーラッド監督は前作『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』ではザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの内面の苦悩を描いたが、今回はケイシー・アフレック演じる兄弟の弟、ドニーの苦悩がドラマの柱。挫折した音楽人生への苦い思いが甦り、無邪気だった10代の自分が亡霊のようにつきまとう。父親が払った経済的な犠牲の大きさにも良心の呵責を感じる。
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そんな複雑な葛藤を抱えた人物をケイシーが好演。寛大な父親役のボー・ブリッジズも味わい深い。70年代のロック(レオン・ラッセル、ザ・バンド他)と兄弟自身の胸にしみる音楽が交互に登場し、音楽映画としても意義がある。夢を追うことにどんな意味があるのか? 家族の幸せとは何か? そんなテーマも入れながら、音楽に夢を賭けた人間の確かな鼓動が伝わる忘れがたい作品。
公開中、SUNDAE配給
© 2022 Fruitland, LLC. All rights reserved.
金子裕子 オススメ作品
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
貧しい兄弟に襲いかかる過酷な運命を描き兄役ウー・カレンの手話演技が胸を打つ
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評価点:演出5/演技5/脚本4/映像5/音楽5
あらすじ・概要
マレーシア・クアランプールにあるスラム街。身分証明書のないアバンとアディは、幼い頃に出会い兄弟として成長。聾唖の兄は日雇労働で生計を立ながら弟との暮らしを守ってきた。が、ある事件が2人を追い詰めていく。
社会派プロデューサーとして知られるジン・オングが、これまで手掛けてきた作品で放つ辛辣なメッセージを集約した初監督作。マレーシア・クアラルンプールのスラムを舞台に、兄弟として生きてきた若者の過酷な人生を濃密に描いている。
聴覚障害で話すことのできない兄は堅実に誠実に。が、弟は簡単に現金が手に入る裏社会と繋がるトラブルメイカー。
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前半は、兄弟が甘んじる貧しいながらも平穏な暮らしを手持ちカメラで追いかける。市場のテントに映える赤い太陽や裸電球のオレンジなど、暖色を基調にした映像が彼らの生きる猥雑な世界を活写する。が、ある事件をきっかけに固定カメラに変わる。動と静。その見事な切り替えによって、静謐にして容赦ない終盤に拍車がかかる。「お前に俺の気持ちがわかるか?」と、手話で心情を語り始める兄の長い独白シーンは圧巻。演じた台湾の人気俳優ウー・カレンの魂の演技なくして、これほどの説得力と共感は得られない。真っ直ぐなまなざしに心かき乱され、涙腺崩壊です。
公開中、リアリーライクフィルムズ配給
©2023 COPYRIGHT. ALL RIGHTS RESERVED BY MORE ENTERTAINMENT SDN BHD / ReallyLikeFilms
米崎明宏 オススメ作品
『リアル・ペイン〜心の旅〜』
祖母の故郷を訪ねる旅に出た仲の良い従兄弟同士の複雑な関係を描く脚本が絶妙
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評価点:演出4/演技5/脚本5/撮影4/音楽3
あらすじ・概要
仲の良い従兄弟同士のデイヴィッドとベンジーは暫く疎遠だったが、ホロコーストを生き抜いた最愛の祖母の死をきっかけに彼女の故郷ポーランドを2人で訪れ、気づかなかった家族の歴史を知っていくが…。
自分にないもの(能力や人柄など)を持っている者に対して抱いてしまう妬みや嫉みにも似た憧れを感じたことがないだろうか。ジェシー・アイゼンバーグが監督・脚本第2作で描いたのは、彼自身が扮する主人公がそんな感情を抱く“リアル・ペイン(困ったやつ)”との切っても切れない関係について。この人間的な感情が笑いを交えて実に巧みに描かれているおかげで、アカデミー賞脚本賞候補に挙がっている。
そして主人公の几帳面な青年がこよなく愛しながら、そのいささか問題児的な言動に振り回され、悪い印象を与えた人も最後には魅了してしまう従兄弟に扮するキーラン・カルキンの的を射た演技に舌を巻いてしまう。こちらもアカデミー賞助演賞候補で、おそらく受賞するだろう。
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それだけでなく、本作はこの2人が亡き祖母の故郷ポーランドを旅して、自分自身と相手を“再発見”していくロードムービーとしても見どころが多い。と同時に最後には、“発見できなかったもの”まで描いているところが秀逸だ。
公開中、ウォルト・ディズニー・ジャパン配給
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