アカデミー賞は映画業界人にとって特別な意味を持つアワード
『エミリア・ペレス』(3月28日公開)は、今回のアカデミー賞で最多の12部門13ノミネートを受けたことで現在最も注目される映画になっている。その内容もインパクト大で、冷酷な麻薬王として恐れられる男が、誰にも知られることなく女性になって別の人生を送るというシナリオを遂行することをある弁護士に協力依頼するところから始まるミュージカルドラマ。この出だしを聞いただけで、一体どんな映画なのか気になる本作を監督したのは『預言者』『ディーパンの闘い』『ゴールデン・リバー』などで知られるフランスの名匠ジャック・オーディアール。自らも初のオスカー候補となり、大変多忙だという様子の彼に本作のことなどを聞いてみた。(インタビュアー/米崎明宏)
──今回のアカデミー賞最多ノミネートおめでとうございます。あなたはこれまでカンヌやベネチア、セザールなど、数々の由緒ある映画賞を受賞していますが、オスカーはまた別の感慨がありますか?
「そうですね。映画業界にいる私どもにとって、アカデミー賞はやはり群を抜いて由緒ある賞といえるでしょうね。なので非常に感動し、とても光栄に思っています。おかげでいまの私は100メートルを9~10秒で駆け抜けるような忙しさですよ(笑)」
と冒頭から笑顔で答えてくれた。さて気になる本作のことを聞いてみよう。
──元々『エミリア・ペレス』はオペラにするつもりだったと聞きましたが、映画にしてみて良かったですか。
「最初はオペラ用の台本を書いてみたという程度だったんです。でもやっぱりオペラの演出をしてみたいかというと、とてもそういう時間はないし、オペラは観客として見る方が好きですね。あらためてオペラに仕立て直そうという気もないですよ」
──俳優陣はみんな好演、熱演ですが、何と言ってもエミリア・ぺレスを演じるカルラ・ソフィア・ガスコンが圧倒的でした。この映画はLGBTQが主要テーマではありませんが、カルラが演じる麻薬王だった男性が女性になるというユニークな導入部から、下手すると伝えるのが難しい話を、どうやって観客に届けようとしましたか。
「実は麻薬王が性別適合性別的号手術手術をするというアイディアは私自身のものではありません(「Ecoute」というボリス・ラゾンが書いた小説にインスピレーションを受けている)。私が読んだ小説の中の一章に、そういう人物が登場するのですが、作者はその小説の中でこの人物をあまり発展させなかったんです。ただ私にとってはとても興味深い人物だったのです。どうしてかというと、この人物が非常に矛盾している、パラドックスに満ちた人という点に心惹かれたんです。麻薬王というのは男性優位社会を体現しているような存在ですが、その麻薬王が女性になりたいという願望を持っている…という設定に何か矛盾したものを感じ、そこに興味を持ったんです。そしてこの矛盾した物語にどう決着をつけようか考え、彼女が最後には悪の世界をぶち壊すという流れにしようと思いついたんです」
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演出中のオーディアール
カルラは自ら麻薬王の役も自分でやりたいと言って来たんです
──カルラ自身が男性から女性に性別移行したトランスジェンダー俳優ですが、彼女と役作りのディスカッションで何か意見が対立することはありませんでしたか。
「いえいえ、対立なんてとんでもない。現場では彼女ととてもうまくコミュニケートできました。彼女はとても繊細でビビッドな感性を持ち、直感に優れた俳優です。ただ一つだけなかなか意見が合致しなかったことがありました。彼女は麻薬王マニタスと女性になってからのエミリアの2つのキャラクターを演じていますが、私は最初彼女がマニタスを演じるのは自分の過去に戻ることでもあり、辛いのではないかと考えて、エミリアだけを演じればいいと思ったのですが、カルラが自らマニタスも演じたいと言い張ったんです。はっきり言ってマニタスは彼女からかけ離れた存在なんです。でもそれは彼女にとって役作りのやり甲斐がある役でした。自分とかけ離れた人物を演じるのは役者冥利に尽きるということです」
──ところであなたが以前監督した『ゴールデン・リバー』は男優メインのキャストで作られていました。今度は女優ばかりですが、製作中の現場の様子はこの2作ではかなり違ったのでしょうか。
「その通りです。『ゴールデン・リバー』はウエスタンでもあり、とても男っぽい現場でした。監督というのは1本撮影が終わると次は全く違うことをしたいと考えるもので、今度はとても自然な形で女性ばかりの現場にしたいと考えたんです。先ほど言ったインスピレーションを受けた小説ですが、そこではゾーイ・サルダナが演じた弁護士のリタというキャラは男性の設定でした。それをわざわざ女性に変更したんです。今回はAからZまで全部女性にしてみたかったんです」
──早くも持ち時間が尽きてしまいましたが、本作にちなんで、ご自身がお好きなミュージカル映画は何でしょうか。
「まず、ジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』、ボブ・フォッシーの『キャバレー』、そしてミロス・フォアマンの『ヘアー』です。『シェルブール…』の背景にはアルジェリア戦争があり、『キャバレー』はナチスの占領が迫るベルリンが舞台、『ヘアー』はベトナム戦争中の反戦の話です。いずれもバックボーンに戦争という共通点がありますね」
とテンポよく教えてくれたオーディアール監督は、まずは初めてオスカー・ノミニーになったその状況を大いに楽しんでいるかのようだった。
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『エミリア・ペレス』
3月28日(金)公開
監督・脚本 ジャック・オーディアール
出演 ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パス
製作 サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ
配給 ギャガ
メキシコの麻薬王マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受けた弁護士のリタ。リタは完璧な計画を用意し、マニタスは姿を消すことに成功した。数年後、イギリスに移住し新生活を送るリタの前に、マニタスの人生を捨て新しい存在として生きるエミリア・ペレスが現われるが――第82回ゴールデングローブ賞で作品賞(コメディ/ミュージカル部門)など4部門を受賞。第97回アカデミー賞で12部門13ノミネートを受け、最多候補作となった話題作。
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