ブルータリスト』で第97回アカデミー賞の主演男優賞・作曲賞・撮影賞を受賞したA24。2012年に始動し、『ムーンライト』や『ミッドサマー』等々、独創性あふれる作品を連発。もはや説明不要の映画配給・製作会社へと上り詰めた存在だ。その次なる日本公開作『ベイビーガール』(3月28日公開)もまた、大いなるサプライズに満ちた一作。ニコール・キッドマンと『逆転のトライアングル』のハリス・ディキンソンが上下関係が逆転するCEOとインターンに扮し、従来のエロティックスリラーとは一味違った現代的な価値観と社会性が効いたパワーゲームを構築した。

この野心作を手掛けたのは、『Instinct(原題)』や『BODIES BODIES BODIES/ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』でA24と組んできたハリナ・ライン監督。第81回ヴェネチア国際映画祭でお披露目されると、ニコール・キッドマンが最優秀女優賞を受賞する結果を出した一作は、どのように生み出されたのか。自身の歩みとリンクした制作秘話に加え、本年度のアカデミー賞で作品賞・監督賞・主演女優賞ほか5部門に輝いた『ANORA アノーラ』を送り出したNEON含め、作家とスタジオの関係性についても語っていただいた。

監督として“欲望”をテーマに追究し続けているのは、
自分を理解するプロセスの一環

――『ブラックブック』でご一緒されたポール・バーホーベン監督の『氷の微笑』や、『危険な情事』『ナインハーフ』『幸福の条件』等にインスパイアされた、と語るインタビューを拝読しました。約30年経った現代を舞台にするにあたって、特に重視した点等ございますか?

やはり、女性の視点から描くことです。そして、男女関係なくキャラクターの人間的な側面を出すことを大切にしました。そのために、それぞれの人物の“弱さ”にフォーカスしました。サミュエル(ハリス・ディキンソン)を描く際、もっと極端に描きたい欲望を抑えるのに苦労しました。例えば誰かを殺すであったり、もっと悪く、ある意味で強い人物にすることも可能だったとは思います。実際、そういう風なキャラクターをこれまで見てきましたしね。でもそうではなく、女性の視点で描くことに集中するようにしました。

画像1: 監督として“欲望”をテーマに追究し続けているのは、 自分を理解するプロセスの一環

ジェイコブ(アントニオ・バンデラス)も同様です。ロミーが会社でCEOとして働く間、彼は家で主夫的な役割をしている――と(単純化させて)描きがちなのですが、そうした欲求を我慢して脱線しないように気を配りました。その結果、舞台演出家として活躍しながら、夫として彼女にああいった形で愛情を注ぐ人物になったのです。

画像2: 監督として“欲望”をテーマに追究し続けているのは、 自分を理解するプロセスの一環

そしてエンディング。例えばロミー(ニコール・キッドマン)が失職したり破滅したり、もっと彼女を罰するべきなんじゃないか、という見方もできるかと思いますが、作品の中で判断することではないと考えました。観客の皆さんに委ねたいという想いで、あのような結末を選びました。

――長編デビュー作『Instinct(原題)』の際のインタビューでは、「セクシャリティと権力に興味がある」と仰っていましたね。『ベイビーガール』にも共通するテーマかと思いますが、ライン監督のライフワークなのでしょうか。

そうですね。第2作『BODIES BODIES BODIES/ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』にも同じことがいえるかと思います。直接的には描いていませんが、セクシャリティが出発点になっていますから。実はいま手がけている作品は全く違うジャンルなのですが、今日も構想を練りながら「また自分はセクシャリティと権力について考えているぞ……」と思っていたところです(笑)。

ハリナ・ライン監督

人間には誰しも層があって、表面的な部分は社会常識的なモラルに沿っているように見せかけています。ただその下には、プリミティブな感情や欲望が蠢いていると私は考えています。ただそういったものはなかなか人前に出すことができません。その葛藤で苦しんでいるキャラクターを見ると、私自身とても共感できるのです。私が監督として“欲望”をテーマに追究し続けているのは、自分を理解するプロセスの一環だと思っています。もちろん『Instinct』のように性犯罪を犯したこともないですし、『BODIES BODIES BODIES/ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』のように人を殺したこともなければ、『ベイビーガール』のようにCEOを務めた経験もありません。ただ、自分の中にあるダークで暴力的、クレイジーな部分を理解して消化するために、このテーマに向き合い続けています。

――俳優として輝かしいキャリアをお持ちのなか、監督業をスタートした原動力が気になっていたのですが、いまお話しいただいたような理由があるのですね。

はい。役者としても表現できたかとは思いますが、ただ自分の演技や言葉でしか表現できないことに限界を感じていたのです。役者は誰かが創り上げた世界の一部として機能しますが、脚本家・監督は自分自身が創り上げた世界の神様としてすべてを支配できるため、より満足度が高いのです。もちろん今後がどうなるかはわかりませんし、非常にチャレンジングな仕事ではありますが、0から物語を創り上げられることがいまの自分には合っていると感じます。

――そういった意味でも、A24というパートナーの存在は大きいのではないでしょうか。

そう思います。A24はハリウッドの映画業界において特別な存在で、一番大きいのはやはりアーティスティックな自由を監督に与えてくれること。そして、さらにそれをマーケットで成功させること。より多くの観客に観てもらうためのプロモーションにおける豊富なアイデアがあり、ちゃんと結果を出していることが素晴らしいと思います。

私はオランダで活動していましたが、アイデアを発表したときに「ちょっと変わっているね」と誰も受け入れてくれない感覚がありました。ですがアメリカに来て、A24の皆さんと出会ったときに「個性的で面白いね」と言ってくれる方が多かったのです。まさかここまで自分のアイデアが受け入れられるとは!と驚きでしたし、理解はしてくれなくても受容してくれる風土がアメリカにはあり、その最たる例がA24だと実感しています。

ヴェネチア国際映画祭での驚くほどのポジティブな評価、
そして観客が感情移入してくれたことは嬉しい誤算

――ライン監督は「挑発的であること」を重視されていると伺いましたが、本作もまさに野心的な企画ですよね。いまの日本だと会議を通らないだろうな……と思いながら拝見しました。

私自身も、恵まれた環境にいると思っています。A24やNEONといったユニークな会社がいるおかげで私たちクリエイターは野心的な企画を形にできましたが、本作のようにラディカルなストーリーがすんなり通ることはすごく稀だと理解していますし、これが大手のスタジオだったらきっとダメだったでしょう。こういった物語が皆さんに届き、何かしらのインビテーション(招待、勧誘)になることを嬉しく思います。現在のアメリカは狂的な人がトップになり不穏な状況になってきましたが、今はまだ表現の自由がある環境ではあります。

――となると、『ベイビーガール』の観客からの反響はライン監督にとっても驚きだったのでしょうか。

おっしゃる通りです。『Instinct』は様々な議論を呼んだ作品でしたから、『ベイビーガール』もそうなるだろうと予想はしていました。ニコール・キッドマンをはじめこれだけのスターが出演していますし、予算もかけている映画ですから多くの人が観てはくれるだろう、そのぶん色々な批判が出るだろうと思っていたら、ワールドプレミアの場だったヴェネチア国際映画祭で驚くほどポジティブに評価され、皆さんが感情移入してくれたことは嬉しい誤算でした。自分の性的な嗜好をニコールに演じてもらって世に出すことは恐怖でもありヒヤヒヤしていましたが、多くの方に受け入れていただけてホッとしています。

画像: ヴェネチア国際映画祭での驚くほどのポジティブな評価、 そして観客が感情移入してくれたことは嬉しい誤算

――どうしても「過激な表現は配信作品で」という空気があるなか、劇場で本作を観られたことが嬉しい体験でした。

そうした流れは確かにありますよね。私は舞台出身なので、皆で一緒に同じ空間で物語を体験して一種のコミュニティのようになることが好きですし、大切な存在です。ただ一方で、スマホやPCを通して映画を観ることを否定するつもりもありません。私の姪もスマホで動画を観るのが大好きですし、時代の流れとして現実的に受け止めている一面もあります。ただ、大きなスクリーンと良い音響で映画を観ること、そのための作品を生み出すことは、今後も作家として大切にしていきたいと思っています。

――本作を象徴するホテルの部屋のシーンは、監督の舞台経験が活きたのではないでしょうか? 舞台的な空間演出が絶妙でした。

おっしゃる通り、件のシーンはもちろん、演劇での経験や愛情が脚本や演出の随所に活かされていると思います。あのシーンはスタジオの中にセットを作って撮影したため、ある程度自分でコントロールできる空間ではありました。演劇の演出家経験はありませんが、空間の使い方や配置、セリフやキャラクターの構築には俳優として得た経験や知識が大きく影響しています。

(インタビュー・文/SYO)

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『ベイビーガール』
3月28日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/babygirl
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