余裕があってちょっとのことではビクともしない感じがかわいらしい
──企画当初は全く違う内容のものだったと聞きました。企画の発端からお聞かせください。
とにかく高齢女性の方が元気にカッコよく、痛快に活躍する映画を撮りたいと思っていました。というのも、外国映画では高齢者が主人公の作品は沢山あるけれど、邦画では極めて稀ですから。
今回は出資者の方からの条件がなかったので、普段なら、なかなか企画が通らないものに挑戦できると思い、元探偵の高齢女性が主人公で、1回リタイアしたけれど、ある事件をきっかけに探偵業を復活させたという設定の活劇のプロットを書きました。ただ、そのときにはアンジーという名前ではありませんでした。
──では高齢女性が主人公ということは最初から決まっていたのですね。
はい、そこは最初から決めていました。その後、居酒屋を営んでいた高齢の女性が立ち退きに遭い、お店を閉めるという話を思いついたのですが、なんかこう、ぱっとしない。そこで、プロデューサーの古賀俊輔さんと相談して、脚本家の方に入ってもらうことにしました。
その段階で、もう草笛光子さんが出演してくれることが決まっていたので…
──脚本が出来上がる前に、草笛光子さんは出演を決めてくださっていたのですか!
古賀さんは草笛さんと友だちのように仲がいいんです。草笛さんが出演された『デンデラ』(2011)で古賀さんがプロデューサーをされていたのがきっかけのようですが、以前からよく、草笛さんに「日本ではなぜ、年配の人が主人公の映画がないの? あなた、企画しないの?」と言われていたそうなんです。それで古賀さんが草笛さんにオファーしたところ、受けていただきました。
そこで、『デンデラ』で監督と脚本を担当された天願大介さんに脚本をお願いしたところ、「草笛さんが主演なら引き受けます」と言っていただけました。

──天願さんが書かれた脚本はいかがでしたか。
僕が考えていた居酒屋の話は何となく哀愁が漂い、観終わったらちょっと寂しさを感じながら映画館を出ていくような話でしたが、天願さんが書いてくれたのはまったく逆。ボロボロの廃屋を新たにバーとして誕生させて、未来に向かっていく話で、すごく明るく前向きな気持ちになって映画館を出て行ってもらえるんじゃないかなと思いました。
僕は助監督時代も含めて、いろいろな脚本を読んできましたが、監督が書いた脚本は脚本家さんが書いた脚本よりもト書きが多く、結構細かいことまで書いてあることが多いのです。ところが天願さんの脚本はト書きが少なく、状況説明がほとんどないこともありました。これは僕に委ねてくれているのだといい解釈をして、僕の方でいろいろと膨らまし、ちょっと加筆させていただきました。例えば、クライマックスの乱闘シーンは「乱闘が始まる」くらいしか書いてありませんでしたが、それでは演じる側も撮る側もどうしたらいいか、分からない。そこで僕が細かく誰がどう動いて、どうなるといったことを書いたのです。
──『デンデラ』では姥捨ての慣習で山に捨てられた老女たちが「デンデラ」という共同体を形成し、村への復讐を目論みます。草笛さんはそのリーダーを演じていました。本作でもアンジーにリーダーシップを感じますが、雰囲気がかなり違いますね。
天願さんは草笛さんのことをよくご存じなので、「お店を舞台にして、草笛さんで当て書きほしい」とお願いしました。ですから、アンジーが草笛さんそのものなのです。

──監督は以前から草笛さんとご一緒したかったとのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
五社英雄監督の『櫂』(1985)で草笛さん演じる大貞が十朱幸代さん演じる喜和を土佐弁で滔々と叱りつけるシーンが凄くかっこよかったんですよ。それで、いつかこの人とご一緒したいと思っていました。しかし、助監督時代も含めて、一度もご一緒する機会がなくて、今回、こうやってご一緒できて、しかも主演として、きていただいたので、本当にうれしかったですし、光栄に思いました。
──作品の中でアンジーが不動産屋さんで物件を借りたいと言ったとき、不動産屋さんはアンジーの年齢を考えて、躊躇していましたが、寺尾聰さんが演じた大家が即断でOKを出しました。それを見て、不動産屋さんが「いくつになっても年上の女性に魅かれるんだな」とつぶやきます。そこには監督の思いが込められていたのでしょうか。
あれは天願さんです(笑)。でも、ご年配の方ってなんか、こう余裕がありますよね。ちょっとのことじゃビクともしない。草笛さんにもそういうところがにじみ出てるし、可愛いらしいなと思っています。天願さんもそういうところをわかっていらっしゃるのです。

──そんな天願さんが書かれたアンジーについて、草笛さんはなんとおっしゃっていましたか。
「アンジーっていう人は本当に変な人よね」とおっしゃっていました。僕らは「あなたは気づいていないかもしれませんが、アンジーはあなたそのものですよ」という感じだったんですけれどね。
──アンジーが草笛さんそのものということは、アンジーに関して、演出の必要がなかったのでしょうか。
アンジーがリヤカーに乗るときに「これはリヤカーですが、ロールスロイスに乗っているように、優雅で気品のある感じでお願いします」と草笛さんに伝えましたが、基本的には全部、草笛さんが作ってくれました。

例えば、廃屋になっているお店を見つけて、中に入るシーン。入口の向こうに何かあって、なかなか戸が開かず入れない。するとアンジーは後ろ向きになってお尻でぐいぐいこじ開けて入っていったのです。それは草笛さんが即興でやってくれました。とっても可愛いですよね。
石田ひかりさんが演じた梓がアンジーのお店に行者を連れてきたとき、塩を撒いて追い返し、お店に戻ろうとしますが、突然振り返って「また来たな。この野郎」と言葉を投げつけます。これは脚本にはないセリフです。
今回は草笛さんに限らず、キャストのみなさんはずっと第一線でやってきており、いろんな現場を経験しています。監督として演出しなくても、それぞれがご自身の演技プラン持ってきて、それぞれのキャラクターを作ってくれました。
草笛光子主演で集まったキャストたち
──アンジーに二つ返事で物件を貸す大家の熊坂を寺尾聰さん、謎の青年をディーン・フジオカさんが演じています。先程、お名前が挙がった石田ひかりも含めて、キャスティングの決め手をお聞かせください。
草笛さんはこの作品を撮影するまで単独主演作品がありませんでした。この作品の後に『九十歳。何がめでたい』(2024)を撮られ、公開はそちらの方が早かったので、初主演作品とは言えなくなってしまったのですが、これまで草笛さんと共演されてきた方々に「草笛光子さんが主演しますので」とお話ししたところ、寺尾さんやディーンさんが「ぜひに」といって、出演を決めてくれました。
石田ひかりさんは草笛さんが主演作品を撮るという話を聞きつけて、ご自身から「出たい」とおっしゃってくださったのです。僕は大林宣彦監督の下で助監督をしていましたから、石田ひかりさんは憧れの方でもありました。こんなに豪華なキャストになったのは草笛さんのお蔭です。

──寺尾さんの佇まいが渋い魅力を放っていました。印象に残っているシーンはありますか。
終盤、熊坂がお店でお酒を飲みながら一人、外に出ます。そこにはアンジーがよく座っていたロッキングチェアが置いてあるのですが、寺尾さんは本番前にロッキングチェアを揺らしながらしばし何か考えていらっしゃいました。そして、カメラが回り始めると柱に寄りかかりながら、ロッキングチェアに向かって乾杯の仕草をされたのです。僕の発想にはなかったのでびっくりしましたが、ご自身でしっかり演技プランを立ててやってくださり、さすがだと思いました。

──ディーン・フジオカさんが演じる青年は説明が難しい、不思議な役どころですが、何かのメタファーなのでしょうか。
あれは天願さんの遊び心の表れなんです。天願さんの脚本はト書きが少ないとお話ししましたが、ディーンさんのシーンだけはしっかりと「和装」と書いてありました。僕も不思議に思いましたし、ディーンさんに理由を聞かれたら答えなくてはいけませんから、天願さんに聞いてみたところ、「そのほうが面白いでしょ」と。そういう点でも任せてくださっていたのでしょうね。ディーンさんに聞かれたときのために、僕の中では“ダスティン・ホフマンの『卒業』(1967)のような感じで、結婚式から抜け出してきた”という裏設定をしていましたが、特には聞かれませんでした(笑)。
──ホームレスの1人を演じた工藤丈輝さんの演技とダンスに圧倒されました。
工藤さんは舞踏家で、役者さんではありませんが、自分がメインになっているカットではなくても、実はすごく細かい芝居を自分で考えてしているのです。役者さんでもそこまではなかなかできないと思います。この作品を2度、3度ご覧になったら、工藤さんに注目してご覧いただけると、その凄さがわかると思います。
もちろん踊りもすごいです。しかも、筋肉がすごい! 工藤さんは僕より2つ年上で50代後半ですが、そうは見えません。ご本人もおっしゃっていましたが、筋肉が衣装のよう。踊っているうちに作られていった筋肉なのでしょうね。

──駿河メイさんも俳優が本業ではない方ですね。
駿河メイさんは女子プロレスラーの方です。お芝居なんて全くやったことなく、この作品が初めての映画出演でした。しかし、青木柚くん、田中偉登くんに全然、引きを取らない芝居をする。駿河さんは女子プロレスの中で天才肌って言われていますが、勝負の勘が鋭いのでしょうね。パフォーマンス能力が高いからお芝居にも柔軟に対応できる。草笛さんと一対一のところでも全然、緊張している感じがありませんでした。もちろん乱闘シーンはお手の物でした。
──アンジーのお店の名前を「NOBODY’S FOOL」にしたのはどうしてでしょうか。
天願さんは「Nobody's Fool」を聴きながら、西部劇のイメージで脚本を書いていたそうです。ただ、オフライン編集を終えた段階で、音楽はカントリーよりもジャズではないかという話になって、作品ではジャズ系の音楽を使いました。
──これからご覧になる方に向けてひとことお願いします。
ご高齢の方が元気になれる作品を作りたいということで始まった企画でした。しかし、年齢も性別も全く関係なく、「楽しかった」、「元気をもらった」と思いながら映画館を出ていける作品になりましたので、幅広い世代の方々にご覧いただけるとうれしいです。
<PROFILE>
松本動(まつもと・ゆるぐ)
東京都出身。90年代から8mmフィルムで自主映画制作を始め、その後に商業映画の道へと進み、石井隆、山崎貴、中村義洋、矢崎仁司、佐藤信介等の監督作品に助監督として従事し、大林宣彦監督「花筺/HANAGATAMI」では監督補佐として、治療のために現場を離れる大林監督の代わりに、多くのシーンで演出を任された。 現在は監督として活動し、2011年東日本大震災の際、障害者の置かれた状況と支援者の知られざる実情を、実話をもとに描いた劇映画「星に語りて~Starry Sky~」の監督を務め、『第37回日本映画復興賞』で復興奨励賞を受賞。アメリカのハリウッドで開催された『JAPAN CONNECTS HOLLYWOOD 2020』では最優秀作品賞を受賞するなど、幅広い映像分野で活躍している。 また短編の名手として知られる松本監督は、長編を含む11本の作品が国内外293の映画祭で上映され、累計108冠を受賞。 2025 年2月には「松本動監督作品特集上映 ~心が『動』映画たちに逢いましょう~」と題した特集上映が開催されるなど気鋭の実力派として注目されている。

『アンジーのBARで逢いましょう』4月4日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開
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youtu.be<STORY>
ある街に風に吹かれて一人の白髪の女性がやってきた。
自らを「お尋ね者なの」と名乗るアンジーは、いわくつきの物件を借り、そこにBARを開くという。
色々な問題を胸に抱えながら日々を懸命に生きる街の人たちは、アンジーと出会い、他人に左右されない凛とした生きざまに触れて、まるで魔法にかけられたかのように“自分らしく”変わっていく。
<STAFF&CAST>
監督:松本 動(ゆるぐ)
脚本:天願大介
キャスト:草笛光子、松田陽子、青木 柚、六平直政、黒田大輔、宮崎吐夢、工藤丈輝、田中偉登、駿河メイ、村田秀亮(とろサーモン)、田中要次、沢田亜矢子、木村祐一、石田ひかり、ディーン・フジオカ、寺尾 聰
配給: NAKACHIKA PICTURES
©2025「アンジーのBARで逢いましょう」製作委員会