カバー画像:『ノスフェラトゥ』より © 2024 Focus Features LLC. All rights reserved.
ドイツから始まった吸血鬼映画の歴史はハリウッドや欧州へ

ロバート・エガース監督の最新版『ノスフェラトゥ』
吸血鬼映画の原点と言われる『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)に、ロバート・エガース監督が独自の視点を取り入れて描いた『ノスフェラトゥ』が、5月16日から日本で公開される。それにちなんで、ここでは「吸血鬼映画の100年」と題して、その変遷をたどってみたいと思う。
第1次世界大戦で敗戦国となったドイツでは、暗い世相を反映した怪奇・恐怖映画が盛んに作られた。中でもドイツ表現主義を代表するF・W・ムルナウ監督の『吸血鬼ノスフェラトゥ』は、史上初の本格的な吸血鬼映画として評判になった。この映画は1897年に発表されたブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」をベースにしているが、版権問題が絡んだため、ドラキュラ伯爵の名はオルロックとなり、吸血鬼の呼び名はノスフェラトゥとなった。マックス・シュレック演じるフロックコートをまとった吸血鬼は、骸骨のような細く長い爪で人々に襲いかかり、首筋に鋭い歯をたてる。低いポジションから仰角カメラで吸血鬼を異様に大きく見せるなど、ムルナウの映像表現は冴えわたり、あまりの不気味さから「マックス・シュレックは本物の吸血鬼」といううわさが広まったほどだった。
F・W・ムルナウ監督の古典的名作『吸血鬼ノスフェラトゥ』
神秘性、芸術性を重視した『吸血鬼ノスフェラトゥ』から10年後、ハリウッドのユニバーサル映画が製作したトッド・ブラウニング監督の『魔人ドラキュラ』(31)によって、吸血鬼はホラー映画のスーパースターとなった。人間の生き血を吸って永遠の生命を保つ古城の主ドラキュラ伯爵を演じたベラ・ルゴシは、強烈なハンガリー訛りの英語と品格のある風貌、大仰ではあるが圧倒的な演技力によって、「黒いスーツに黒マント」というドラキュラ像を確立。自身もトランシルバニア出身のドラキュラ俳優という強烈なイメージを植え付けた。ルゴシのもとにはファンレターが殺到し、その9割以上が「吸血シーンにエクスタシーを感じた」「私も血を吸われてみたい」という女性からのものだったという。
米ユニバーサルの大ヒット作『魔人ドラキュラ』
そして、同年に製作された『フランケンシュタイン』も加えて、ユニバーサルは怪奇映画というジャンルを定着させていく。吸血鬼映画としては、『魔人ドラキュラ』の続編となる『女ドラキュラ』(36)が公開され、『夜の悪魔』(43)、『ドラキュラとせむし女』(『ドラキュラの屋敷』)(45)と続いた。また、この時期、吸血鬼の本家であるヨーロッパでは、仏独合作としてカール・ドライヤー監督のアート系映画『吸血鬼』(32)が製作されている。
70年代には他ジャンルとの融合作や亜流作品が多産される
その後、第2次世界大戦を挟んで、吸血鬼映画は10年以上製作されなかったが、58年、ユニバーサルと提携したイギリスのハマー・フィルム・プロダクションズが、前出の『魔人ドラキュラ』のリメーク的な作品として、テレンス・フィッシャー監督の『吸血鬼ドラキュラ』(58)を製作した。この映画でドラキュラを演じたクリストファー・リーは、196センチの長身でイタリア貴族の血を引く。気品と不気味さを併せ持っており、“邪悪なスター”と呼ばれたが、その半面、魅力的なセックスシンボルとして女性に人気があった。ドラキュラ映画としては初のカラー作品で、ゴシックホラーのクラシカルな雰囲気に、スピード感あふれる展開を融合させて評判を呼んだ。以後ハマー・プロは、『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(60)から『新ドラキュラ/悪魔の儀式』(73)まで9本の吸血鬼映画を量産。リーは、このうちの7本でドラキュラを演じたため、今でもドラキュラ=クリストファー・リーというイメージを抱く人が圧倒的に多い。
英ハマーフィルムの『吸血鬼ドラキュラ』はシリーズ化
また60年代には、レズビアン吸血鬼が登場する耽美的なロジェ・バディム監督の『血とバラ』(60)、ゲイの吸血鬼が登場するコメディータッチのロマン・ポランスキー監督の『吸血鬼』(67)などが製作された。吸血鬼はニンニク、太陽光線、鏡、聖水、十字架を嫌う。恐怖の中にもコミカルに見えるところがあるからこうした映画も生まれたのだろう。
ロジェ・バディム監督の『血とバラ』
ロマン・ポランスキー監督の異色作『吸血鬼』
70年代に入ると、ドラキュラの物語を現代の黒人社会に持ち込んだ『吸血鬼ブラキュラ』(72)、カンフーブームを反映した『ドラゴンvs7人の吸血鬼』(74)、アンディ・ウォーホル製作のアンダーグラウンド映画『処女の生血』(74)のような亜流作が生まれた。
ドラキュラを現代黒人社会に持ち込んだ『吸血鬼ブラキュラ』
そのほか『吸血鬼ノスフェラトゥ』をリメークし、クラウス・キンスキーがドラキュラを演じたヴェルナー・ヘルツォーク監督の『ノスフェラトゥ』(79)、老舗ユニバーサルのフランク・ランジェラ主演の新たな『ドラキュラ』(79)やジョージ・ハミルトン主演のコメディ『ドラキュラ都へ行く』(79)など、多彩な吸血鬼映画が製作された。
1979年版『ドラキュラ』のフランク・ランジェラ
その一方、ボリス・セイガル監督の『地球最後の男/オメガマン』(71)やデヴィッド・クローネンバーグ監督の『ラビッド』(77)では、人が吸血鬼化する原因はウィルスや遺伝子にあるという科学的な設定がなされた。
--Photos by GettyImages-