Photo by Rick Wenner/Contour by Getty Images

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“観客とのつながりを重視しない映画もあるだろうし、
そういう映画があってもいいが、
僕は観客の間に絆が成立する作品を望んでいるんだ”
英国の人気男優、ダニエル・クレイグが最新作『クィア/QUEER』で新鮮な魅力を見せている。クレイグといえば、「007」シリーズのボンド役や「ナイブズ・アウト」シリーズの探偵、ブノワ・ブランが、近年は知られているが、こうした娯楽作品でのメジャーな役柄だけが、彼の俳優としてのテリトリーではない。かつてはゲイの青年を演じたアート系映画『愛の悪魔』(98)や実在の詩人を演じた文芸作品『シルヴィア』(03)では性格俳優的な演技力も発揮。そんな彼の円熟した演技力が最新作『クィア/QUEER』では発揮され、アメリカではナショナル・ボード・オブ・レビューの主演男優賞を獲得。ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門の主演男優賞候補にもなっている。
この最新作でクレイグが演じるのは、メキシコで放浪生活を送るゲイのアメリカ人の作家の役。原作はアメリカのビート派の作家、ウィリアム・S・バロウズの小説。彼の自伝的な要素もいれつつ、ひとりの青年に心を奪われた作家の愛と孤独、アイデンティティといったテーマが詩的な映像で描かれ、ダニエルは中年男の悲哀と痛みを見せる。監督は『君の名前で僕を呼んで』や『チャレンジャーズ』が評価されたルカ・グァダニーノ。大好きな監督とのコラボが遂に実現したクレイグがこの野心作への意気込みをズーム取材で語ってくれた。
──とても魅惑的な作品で、あなたの演技もすばらしかったです。監督とあなたが出会ったのは20年前だったそうですね。
「今回の映画化を楽しんでもらえて、うれしく思う。確かに最初の出会いは20年前だった。ローマでルカと会い、コロシアムを見ながらバルコニーで、いつか一緒に映画を撮ろうと話し合った。それがこの新作で遂に実現したんだ。ルカは17歳の時にバロウズの原作本に出会い、長い間映画化を夢見ていた」
──主人公、ウィリアム・リーのどこに引かれましたか?
「とにかく、ルカと一緒に仕事ができることに意味があった。彼の大ファンだからね。彼の作る映画は映像が美しいし、映画の新しい地平線を切り開く野心的な作品が多い。そして複雑で、どこか人を困惑させるところもあり、それでいて愛すべき人物を描こうとする。こうした役に巡り合えるチャンスはなかなかないから、本当に俳優としては夢のような仕事に思えた」
──あなた自身も原作者のバロウズのファンだったと聞いていますが、彼の作品は難解で、一般的に映画化はむずかしいと考えられていますね。
「確かにそうかもしれないね。『クィア』はバロウズの半自伝的な内容と考えられているが、現実で起きたことをそのまま描いた作品ではない。彼の妻が自分のせいで事故死した後に感じたことや想い出を綴った内容だ。その時、彼の頭の中に浮かんできた古い歴史や科学的なこと、そして、現代の生活。そういう要素がすべてミックスされていて、そこには彼の感情があふれている。蛇が出てくる場面のように、中には理解しがたいイメージも出てくるが、でもその分からなさがバロウズ的なんだよ。彼の言葉のとらえ方はすごく独特だ。読み手に迎合して書く作家ではなく、むしろ読者を自分の世界に引き込もうとする。だから、この映画もそうであってほしいと願った。観客にこの映画の中に入っていき、その世界を理解してほしかった。確かに映画化が簡単な小説ではなかったね(笑)」

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──この監督のどういう部分に特に引かれますか?
「ルカとの仕事は本当に楽しい。彼は既成の枠にとらわれず、広い心で仕事に向き合う。強い性格の監督で、俳優たちに確かにすごく高いレベルを求める。製作中は俳優たちを励まし、最良の演技を見せてほしいと考えている。撮影中は『もっと、もっと、もっと、いける!』と言われる。そういう彼の演出方法に向き合うことで、このところ役者として感じることのなかった解放感があり、自由な気持ちでこの役にのぞむことができた」
──恋人役を演じた新鋭のドリュー・スターキーとの共演もすごく印象的でした。
「本当に彼は素晴らしいよね。実はこの役には、すごい見せ場がいくつも用意されていたわけではない。ところが、ドリューはこの役の可能性を広げ、最高の演技を見せている。彼はラブリーな若者で、この役にすごく打ち込んでいた。濃厚なラブシーンもあるけど、笑いあえる雰囲気を作り出し、すごくリラックスしながら演じられるようにしたいと思った。彼も同じような態度で接してくれたんだ」
──この映画では、あなたがボンド映画以前に出演していた『愛の悪魔』や『シルヴィア』、『Jの悲劇』のような英国映画にも共通する“愛の複雑さ”が描かれていましたね。
「これ以上に大切なテーマは他にないんじゃないかな(笑)。僕は映画を観客に楽しんでほしいし、その作品が観客たちの心にふれることを望んでいる。そして、作品を通じて愛の本質や痛みや美しさも感じてほしいと思うことがある。人々は本能に突き動かされて、愛に走ることもあるだろう。それは生物学的な欲求かもしれない。でも、それだけではなく、人間同士の精神的な絆についても考えている。そして、そんな部分にふれた映画こそが、私が作品作りに求めていることだ。観客とのつながりを重視しない映画もあるだろうし、そういう映画があってもいいが、僕は観客の間に絆が成立する作品を望んでいるんだよ」
PROFILE
1968年3月2日、イギリス・チェシャー州出身。16歳の時にロンドンへ移り、ナショナル・ユース・シアターとギルドホール音楽演劇学校で演技を学ぶ。1992年『パワー・オブ・ワン』でスクリーンデビューし、以降『トゥームレイダー』(01)、『ロード・トゥ・パーディション』(02)、『レイヤー・ケーキ』(04)など様々なジャンルの映画に出演。2006年『007/カジノ・ロワイヤル』から『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(21)まで15年間、歴代最長でジェームズ・ボンドを演じ世界的に愛される俳優に。22年には、劇中のボンドと同じく聖マイケル・聖ジョージ勲章を受章。待機作は「ナイブズ・アウト」シリーズ3作目『Wake Up Dead Man: A Knives Out Mystery(原題)』。
『クィア/QUEER』
5月9日(金)公開
イタリア=アメリカ/2024年/2時間17分/配給:ギャガ
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ダニエル・クレイグ、ドリュー・スターキー、ジェイソン・シュワルツマン、レスリー・マンヴィル