今も仕事を続けていられるのは映画だからこそ
──本作は初の主演映画ですね。出演の経緯からお聞かせください。
『ザ・ヒューマンズ』(23)で共演したビーニー(・フェルドスタイン)を通じて、監督から打診がありました。監督はビーニーと家族ぐるみのお付き合いをしていて、私にテルマを演じてほしいと思っているけれど伝手がないと何気なく彼女に話したところ、彼女が間に入ってくれたと聞きました。
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(14)のときもそうでしたが、脚本で選ぶことが多いのです。特に、この作品の場合は、脚本に必要なものがすべて揃っていると感じました。テルマがどういう人物で何を大事にしているのかがはっきりと描かれていたのです。しかも、スクーターシーンが楽しそうだったので、すぐに「ぜひ、やらせてほしい」と伝えました。

──脚本を読んで、テルマについてどう思いましたか。ご自身に似ているところはありましたか。
この作品は脚本を書いた監督のおばあさまがモデルですが、監督によれば、おばあさまと私は似ているところが多いそうです。脚本を読んで、私もそれを感じました。
テルマという女性はバイタリティにあふれています。そういうところも含めて、演じなくてはと思いました。
──テルマは刺繍のセットを持ち歩き、手持無沙汰な時間があれば、常に手を動かしていました。テルマが刺繍好きというのはジェーンさんが考えたテルマのキャラクターでしょうか。
監督のおばあさまの趣味が刺繍だったのです。先日、おばあさまが刺繍されたカバーの掛かったクッションをプレゼントしていただきました。
でも、私自身は手芸が苦手で…。撮影では一生懸命に刺繍をしていたのに、カットが掛かるとスタッフがそれを取り上げて、私が刺したところを解いていたんですよ(笑)。

──テルマさんご本人にお会いしたのでしょうか。
おばあさまは監督のご両親と同居されているようです。撮影中にはお目にかかれませんでしたが、アメリカでの公開後、CBSのモーニングショーに監督と出演した際、対面する機会を作っていただきました。そのときに私が「テルマ・ポストです」と名乗ると、「私がテルマ・ポストです」と言い返されました(笑)。収録後、ランチをご一緒して楽しい時間を過ごしました。
──先程、スクーターシーンが楽しそうだったことも出演を決めるきっかけだったとお話しされていましたが、知人のベンが住んでいる高齢者ホーム内で電動スクーターによるスクーターチェイスを繰り広げられていました。実際にご自身で運転されたのでしょうか。
監督サイドはスタントの方にやっていただくつもりだったようですが、脚本を読んだときから「自分でやりたい」と思っていたので、監督にそう伝えました。
ただ、電動スクーターに乗ったことがなかったので、スタントのコーディネーターの方に伴走していただきながらの試し乗りから始めました。するとコーディネーターの方が「ジェーンさんなら大丈夫です。うちのスタントの面々よりも素晴らしい運転技術をお持ちです」とお墨付きをいただけたので(笑)、撮影ではほぼ自分で乗っています。

──テルマと行動を共にするベンを演じたリチャード・ラウンドトゥリーは本作が遺作となりました。リチャードは俳優として、どのような方でしたか。
本当に素晴らしい役者さんでした。みんなから愛される方で、有名な役どころのある方なので、路上で彼をスクーターの後ろに乗せて走っていると、声を掛けられることが何度かありました。
電動スクーターのチェイスでテルマがベンにスクーターをぶつけるところがあったのですが、リチャードから「ちゃんとぶつかってきてくださいね」と言われていました。もちろん寸止めするつもりでしたが、思いっきり向かっていったら、リチャードが「本気か!」と、驚いた顔をしたのです。周りのスタッフもかなり焦ったようですが、カメラマンはリチャードの驚愕した顔をちゃんと撮ってくれていました。
──テルマの日常の面倒をみる愛すべき孫のダニエル役をフレッド・ヘッキンジャーが演じています。彼とは本作の共演で私生活でも大親友になったと聞いていますが、フレッドはジューンさんからご覧になってどのような俳優でしょうか。
仕事への向き合い方、役へのアプローチが私と似ていました。お互いに理解し合うところがあったので話が尽きず、カメラが回っていなかったときもずっと喋っていました。聡明でオープンなところのある、素晴らしい役者さんです。
フレッドとの最初のシーンはテルマがダニエルにPCの使い方を教わる冒頭シーンでしたが、役者として同じ波長を持っていることをその段階で感じました。それもあって、演じていながらも、彼がどういう人なのかが伝わってきて、お互いに学び合う感じがしました。
あのシーンはあまりにも自然だったので、「アドリブだったのですか」とよく聞かれますが、アドリブはまったく入っていません。それくらい完璧な脚本でした。

──ジョシュ・マーゴリン監督は本作で長編デビューされましたが、彼の演出はいかがでしたか。
素晴らしかったですね。香盤表の一番上に私の名前がありましたが、現場では間違いなく監督がリーダーでした。セットの雰囲気もよかったですし、とてもスピーディーに撮影を進められていました。しかし、役者が役になり切るための時間はちゃんと与えてくれました。
1作目からこんなにしっかりとした作品を撮れる方はあまりいませんから、この作品の成功をきっかけにどんどん活躍していくと思います。
──ジューンさんは舞台でキャリアを積み、映画は61歳の時、1990年のウディ・アレン監督『アリス』で初出演とのことですが、役を演じる上で舞台と映画では何か違いがありますか。
いつも話すのですが、舞台でいい役者は映画でもいい役者なのです。もちろん調整は必要です。舞台の場合は遠くの観客にも伝えなくてはなりませんから声を張ることもありますし、映画の場合はカメラが観客の代わりを果たすので、そこに集中します。しかし、そういった違いは演技の本質においては些細なことです。
自分はずっと舞台で芝居をしていくのだとばかり思っていましたが、たまたま映画にも出るようになって、本当によかったと思っています。舞台は毎日のように上演がありますから、体力的にハードです。最後に立った舞台は2017年の「ウエイトレス」でした。その後もこうして仕事を続けてこられたのは映画だからこそ。映画でキャリアが築けたのは本当にありがたかったです。

──日本の観客に向けてひとことお願いします。
映画に詐欺が出てくるので、それが注意喚起になればと思います。物語としては、登場人物それぞれが自分を見つけていく姿を描いています。美しく、誇らしい作品に参加できてよかったと思っています。
これまでに公開された国の方々がこの作品を楽しんでくださいました。日本の方々にもとにかく楽しんでいただければと思います。
<PROFILE>
ジューン・スキッブ
1929年、アメリカ・イリノイ州生まれ。ダンサー兼歌手としてキャリアをスタートし、その後、舞台女優に転向。ブロードウェイで「ジプシー」「ハッピー・タイム」など数々の舞台に立つほか、全米各地の劇場を巡業する。1990年に、ウッディ・アレン監督の『アリス』で61歳にしてスクリーンデビューを果たす。以降、『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』(92/マーティン・ブレスト監督)、『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(93/マーティン・スコセッシ監督)、『イン&アウト』(97/フランク・オズ監督)、『ジョー・ブラックをよろしく』(98/マーティン・ブレスト監督)、『エデンより彼方に』(02/トッド・ヘインズ監督)、ジャック・ニコルソンの妻役を演じた『アバウト・シュミット』(02/アレクサンダー・ペイン監督)などに出演。再びペイン監督と組んだ『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(13)で全米映画俳優組合賞、アカデミー賞®、ゴールデン・グローブ賞で助演女優賞にノミネートされ高く評価される。『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』でキャリア70年にして初の映画主演を果たす。現在は、制作中や企画段階の作品が多数控えており、公開待機作には、スカーレット・ヨハンソンの初監督作『ELEANOR THE GREAT/エレノア・ザ・グレート』の主演などがある。
『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』6月6日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー
- YouTube
youtu.be<STORY>
93歳テルマは夫に先立たれ、寂しくも気楽な一人暮らしを謳歌していた。心優しい孫のダニエルがベストフレンド。いつもと変わらないはずのある日、一本の電話がテルマの運命を変える。「おばあちゃん、オレオレ。事故を起こしてしまったよ!」刑務所にいるという愛する孫を助けるため、テルマは急いで保釈金の1万ドルをポストに投函する。しかしそれは無情にも、オレオレ詐欺だったのだ……。落胆する娘夫婦を見て、居ても立っても居られないテルマは、詐欺師たちからお金を取り戻す、93歳ミッションインポッシブルの遂行を決意!旧友の老人ベンを巻き込み、電動スクーターでロサンゼルスの街を駆け巡る、大冒険に出発する!果たしてミッションは成功するのか……!?
<STAFF&CAST>
監督・脚本:ジョシュ・マーゴリン
出演: ジューン・スキッブ、フレッド・ヘッキンジャー、リチャード・ラウンドトゥリー、パーカー・ポージー、クラーク・グレッグ、マルコム・マクダウェル
2024年/アメリカ・スイス/英語/99分/シネスコ/5.1ch/カラー/原題:Thelma/日本語字幕:種市譲二
配給:パルコ ユニバーサル映画
© Courtesy of Universal Pictures