彼女の初の監督作品となった『犬の裁判』は、今年の3月に開催された横浜フランス映画祭2025で上映され、いよいよ劇場公開となる。
映画祭のために来日した彼女から、女優が映画監督になることへの想いをたっぷりとうかがうことが出来た。
被告犬を演じた名俳優コディが、パルム・ドッグ賞に
ノーベル賞受賞作家アニー・エルノーの小説の映画化作品、『シンプルな情熱』。監督したダニエル・アービッドのインタビューを、本連載VOL6(2021年7月1日)で掲載している。アービット監督からは、フランス映画界で、今最も期待される女優の一人がレティシア・ドッシュという女優であること、その演技力は身体能力にも顕著であることをうかがっていた。
目まぐるしく、くり返された美しい愛のシーンには圧倒されたものだ。
いつか機会があったらインタビューしたいと思っていたところ、横浜フランス映画祭2025で劇場公開に先駆けての上映のために来日。インタビューする機会がやって来た。
その作品は、今回ドッシュが初の監督で主演もしている『犬の裁判』。
恋愛映画かと思っていたら、噛みついた犬が被告となって裁判にかけられるという異例の出来事が題材だ。実際に起きた事件だが、コメディ・タッチのドラマ仕立てにして完成させている。
昨年のカンヌ国際映画祭(以降、カンヌ映画祭と表記)「ある視点」部門に選出され、監督だけでなく自ら演じた。脚本、監督、そして女優としてのドッシュのコメディのセンスが注目を集めた。
また、被告となった犬のコスモスを演じたオスの名犬コディは、パルム・ドッグ賞を受賞。
想い起せば、2012年のアカデミー賞5部門受賞の快挙を遂げた、ミッシェル・アザナヴィシウス監督『アーティスト』(2011)に出演したオス犬のウギーが、カンヌ映画祭のパルム・ドッグ賞を受賞。これに続くコディの受賞となった。新しい「名男優」誕生である。
彼の豊かな表情で、シュールで深刻なテーマを観る者に心優しく訴えかける。
映画監督という仕事は、超ハードだった
負け裁判ばかりの女性弁護士のアヴリルは失職寸前。今度こそ勝てる裁判をと、めざしていたところ、なんとコスモスと呼ばれる、3度も人に噛みついたというオス犬の弁護を引き受けることになってしまう。人を噛んだという犬の罪の重さはどう裁かれるべきなのか。勝目などない、前代未聞の犬の裁判の行方はどうなるのか。
ーレティシアさんと言えば、『シンプルな情熱』で魅せた、アクロバット的な性愛のシーンに圧倒されたものですが……。私のこの連載でもダニエル・アービッド監督にインタビューしております。ダンサーでもあるレティシアさんの身体能力をとても褒めていらして、撮影については運命共同体となってくれたと。ですので、いつかお会い出来たらなあと思い続けておりました。この場でお目にかかれてとても嬉しいです。
ありがとうございます。そうですね。あの作品の撮影では、アクロバット的なじゃれ合いが多かったですね(笑)
―『犬の裁判』は、初の監督作品ですね。主演もしていらっしゃいます。2014年のカンヌ映画祭の『ある視点』部門に出品、出演した犬を讃えるパルム・ドッグ賞を受賞しました。おめでとうございます。
ありがとうございます。それにしても映画監督を初めてやってみて、もの凄くハードだったと言うしかありません。撮影しながらも、自分で映画を台無しにしてしまったんじゃないか、失敗したんじゃないかとか、くよくよ悩んで夜も眠れない日もあったんですよ。毎日が闘いでした。

コメディながら、カンヌ映画祭「ある視点」部門に選ばれる
ーそうでしたか。
お金のこともありますよ。映画を作る時には、たくさんのスタッフが動きますから、プロデューサーとも闘いました。だから、カンヌ映画祭の「ある視点」部門に選ばれることをプログラミング・ディレクターから知らされた時、「ああ、神様」と、初めて失敗ではなかったんだと思えて安心したんです。
四年もかけたことが無駄にはならなかったと。嬉しいというより安堵出来たという気持ちで一杯でした。

ーカンヌ映画祭がなによりのご褒美になったんですね。それだけ、カンヌ映画祭での評価というのは、やはり大きいものでしょうか。
この映画にはコメディ的な要素も入れて、子供も大人も多くの方々に楽しんでいただこうと思って作ったので、「ある視点」部門に注目してもらえるなんて思ってもいなかったんです。とはいえ、劇場公開の時には、やはり「作家主義」的な作品として捉えられていましたね。
―今回初の監督作品を手がけるにあたって、監督主義についてのこだわりは、やはりあったわけですか?
そうですね。ただ、テーマが深刻な面もあるので、なるべく多くの幅広い層に受け入れてもらいやすいように、ギャグを沢山入れたんです。それも低級ギャグを(笑)。
ーああ、なるほど。
一人で大笑いしてました(笑)。
犬や動物や植物を崇めるアニミズムは興味深い
―自分で笑えるのは、最高です。ところでフランスでは、犬の販売をしない方向に進んでいることをワールド・ニュースなどで聞いています。犬を飼うのは保護犬などが主流とのことですが、そうなんでしょうか?
それは知りませんでした。
ーそうですか、それではちなみに、フランスでは犬好きと猫好きとどちらが多いですか?日本では猫のTV番組も多いし、映画でも「猫もの」は人が集まりやすいんですが(笑)
フランスでは、猫派と犬派に分かれるという感じはないですね。猫も犬も一緒かな。田舎だったら猫は外にいる猫が多くて、自由に家に出入りさせたりとか。

ーなるほど、いいですね、猫ちゃん自由で。
今回、日本に来て京都や奈良に行くことが出来て思ったんですが、神社やお寺を巡ると必ず、猫や犬やキツネがまつられていますね。日本は動物や植物を神聖なものとして崇める文化があることを感じることが出来ました。自分の考え方に近いことで興味深かったんです。
―そうでしたか。そう感じていただけて素晴らしいです。
そういう日本のイメージは、宮崎駿監督の世界から汲み取っていたんですが、実際に日本に来て寺社に参拝して、あ、これだなって思えたんです。アニミズム的なものがそこに感じられましたね。
犬は人間と平等ではないという問題点をえぐる裁判
―素敵な体験をされましたね。犬や猫の話になると話は尽きませんね(笑)。
さて、今回の初監督作品のテーマですが、実際に起きた事件とのことですが、人に噛みついた犬の権利についての問題に取り組まれたということでしょうか?しかも、主演は女優はレティシアさんご自身で、撮る、演じるを両立されました。
実は私は、馬と一緒に舞台で演じたりしたこともあって、植物ももちろんですが、「生き物」とか「種」を意識した、エコロジカルなことに取り組んでいます。その中で人間に一番近い種は犬ではないかと思ったのが、今回のテーマを映画にしようと思ったきっかけでした。

―確かにそうですね。犬は人間に一番近い生き物と言われていますね。
犬が裁判にかけられるという事件が起きて、実際は犬は物としか扱われず、公正な裁判の対象ではないということを知って、人間と同じ種の一部にありながら、それは不公平ではないかという想いを持ちました。
―物扱いでしたね、犬の裁判。
可愛がられている時は愛玩動物として大事にされる犬も、ちょっと人を噛んだりしたら処分するという、人間優位のヒエラルキーに支配されているわけです。
―レティシアさんがこの事件を題材に取り上げなかったら、映画になることはなかったかもしれませんね。
私が表現者として語りたいことを、この映画でその語り口を見つけられると思いました。犬が裁判の被告になるというシュールな事件をコメディタッチにして、実は考えるべき難しい問題を投げかける、そこが狙いでした。
撮影現場でも、その場を和ませてくれた名優コディ
ー実に素晴らしい着想です。撮影は犬がからみますから大変だったんでしょうか。
私はちゃんと準備したら、動物や子供と仕事をすることは楽しめて全然苦にならないんです。しかも、今回は犬が撮影現場をどのくらい和ませてくれたことか。裁判所に80人くらいいたエキストラたちが、犬のコディがうまく演技をするたびに拍手したり、スタンディング・オベーションしたりで。
ー犬の力は凄いですね。犬もオーディションしたんですか?
しましたよ。でも見つからなかったんです。そこで友人から犬の調教師を紹介してもらって、私のアパルトマンに8、9匹の犬を連れてきてもらったんです。そこからコディを選びました。

―コディはプロの「俳優犬」だったんですか?
そうです。映画出演の経験のある俳優犬でした(笑)。
ー受賞もして優秀な男優さんですね(笑)。そして、主演はご自身でしたが。
私は自分の舞台でも演出をして、その場に自分がいることで、その出し物を成り立たせています。ですから、映画の場合も当然、私が主演を演じなくてはならないのです。次回はどうなるかは別として。
ーなるほど、なるほど。それなら監督、主演の両方をすることに、ご苦労はなかったということですね。
苦労といったら、何しろ監督と女優両方をすることで、やることが多くて夜も眠れなかったことだけですね。今回は裁判劇でもありますから、裁判所での多くの人々が集まっての撮影には、例えば日曜日に子供たちが見せる演劇会というような雰囲気を感じていました。とっても幸せだったんです。
女優が映画監督になるために、フランスは自由なのか
―リラックスして撮影が出来るなんて、レティシアさんのお人柄もあるでしょうね。
ところで日本では女優が映画監督として活躍するということが、フランスより少ないと思うんです。フランスでは女優が監督になって映画を撮るということはやりやすいように見えます。そうは言ってもフランスでも女性が映画監督としての第一歩を踏み出すことに、男性たちからの風当たりが強いというようなこともあると聞いてもいます。そういうことはありましたか?
そうですね。今回私の映画のプロデューサーも男性でしたが、特に風当たりが強いということはありませんでした。むしろ、私の女優としてのファンが減ったりするかもしれないですね。
昨年のカンヌ映画祭でも、女優が監督した作品が複数ノミネイトされました。
その時のインタビューとかは、作品のことは後回しで、女優から監督になったのはなぜかということに集中していましたね(笑)。

―そうですか。やはり、フランスでは女優が映画を撮るということが、日本より自由な感じですね。
それは国の問題というよりも、きっと、出来るかどうかとか、自分でもいいのかということを、とりかかる前に考えてしまうことが大きな理由ではないでしょうか。監督になったらどう思われるかとか……。
ーそれにしても、フランスでは女優が監督になることが、映画への関わり方の一つの流れのようであるかのように、自然で羨ましいくらいです。ジャンヌ・モローさんがそうであったように。
ああ、彼女は映画を通して社会へメッセージしていた人でもありました。偉大でした。
(インタビューを終えて)気配りとウイットたっぷりな受け答えのインタビュー
「レティシアと呼んでよ」と言い、初めてお会いしたとは思えないほど終始フランクであけっぴろげな人柄を感じさせた、女優で監督となったレティシア・ドッシュさん。
本作、『犬の裁判』にはフランスのコメディ・タッチの台詞が飛び交うのだが、インタビュー中の言葉にもシャレが飛び出し、その場を和ませた。
犬のオーデイションのことを「オーディ・シャン」と発言。シャンはフランス語で犬( CHIEN)の意味なので、大受けとなった。
「日本の映画に関わりたいな」と言い、神羅万象を大切にする日本文化に大いなるリスペクトを持つドッシュ監督。心身ともに生き生きとした一人の女優が、監督として一歩躍進する姿を目の当たりに出来たインタビューだった。とても嬉しい気持ちをもたらしてくれて、その場の空気を幸せなものにしてくれる能力も魅せつけてくれた。
さらには、横浜フランス映画祭2025の会場では、ミッシェル・アザナヴィシウス監督に紹介してくれたりと、とにかく親切。
映画祭会期中での仕切りのある所作を見かけることもたびたびで、映画監督にはピッタリではないかと納得させられ、次回作にも大いに期待したい。
『犬の裁判』
5月30日(金)より、シネスイッチ銀座、UPLINK 吉祥寺 ほかにて全国順次公開
- YouTube
youtu.be監督/レティシア・ドッシュ
脚本/レティシア・ドッシュ、アン=ソフィー・バイリー(『My Everything』
監督、横浜フランス映画祭2025出品)
出演/レティシア・ドッシュ、フランソワ・ダミアン、ジャン・パスカル・ザディ、アンヌ・ドルヴァル、コディ、マチュー・ドゥミ、アナベラ・モレイラ、ピエール・ドラドンシャン
原題/LE PROCES DU CHIEN
配給/オンリー・ハーツ
字幕/東郷佑衣
後援/在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、在日スイス大使館
2024年/スイス・フランス/フランス語/81分/1.85:公式HP
公式HP http://kodi.onlyhearts.co.jp/
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