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最高賞はイランのジャファール・パナヒ監督の問題作に
では、受賞作をふり返ってみよう。短編パルムと、ある視点部門監督賞はパレスチナの作品。新人監督賞はイラクの作品、コンペの女優賞はアフシア・エルジ監督『リトル・シスター』のアルジェリア系フランス人ナディア・メリティと、中東・北アフリカのイスラム系の作品が多数選ばれている。コンペ審査員賞はフランス作品だが舞台はモロッコあたりの砂漠地帯らしいオリヴァー・ラクセ監督『シラット』。自由と無頼の音楽フェスさすらい人たちですら国対国の紛争からは逃れられないという衝撃的な作品だった。もう一本の審査員賞は初カンヌのドイツ作品マーシャ・シリンスキー監督『サウンド・オブ・フォーリング』。時代を行き来しながら裕福ではない農場に生きる4人の女性を描いていく。
女優賞は『リトル・シスター(原題)』のナディア・メリティにダニエル・オートゥイユから贈られた
監督賞と男優賞は『バクラウ 地図から消された村』で審査員賞を獲ったブラジルのクレベール・メンドンサ・フィーリョ監督とワグネル・モウラの『シークレット・エージェント』。1977年という軍政下のブラジルの閉塞感と仕事を辞めて息子と暮らしたいと望む秘密捜査官の苦悩を描き、「だって良いんだもの」という理由で掟破りのW受賞を遂げた。脚本賞は10回目のコンペで2回のパルムと常勝貫禄のダルデンヌ兄弟『ヤング・マザーズ』に。自立支援施設「若い母の家」で共同生活する5人のシングル・マザーたちにはいつもよりも多めに希望が添えられていた。今年は特別賞が設けられ実験的な描写でアーティスティックに映画史を描いた中国のビー・ガン監督『レザレクション』に授与された。
『シークレット・エージェント(原題)』で監督賞を受賞したクレベール・メンドンサ・フィーリョは同作のワグネル・モウラの男優賞の盾も並べてフォトコールに
グランプリはデンマークのヨアキム・トリアー監督『センチメンタル・バリュー』。映画監督の父は新作で女優である娘を主役にと願うが、母娘を捨てた父を娘はかたくなに拒絶する。父は娘の代わりにハリウッド女優(エル・ファニング!)を起用するのだが…。トリアー監督は和解の物語だと語っているが後味の良さにプレスの評価も高かった。
グランプリ受賞の『センチメンタル・バリュー(原題)』チーム(左から)エル・ファニング、インガ・イブスドッテル・リッレオース、ヨアキム・トリアー、レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルガルド
そしてパルム・ドオルに選ばれたのは、各日報の星取りでも一番の評価を得ていたイランの監督ジャファール・パナヒの『シンプル・アクシデント』だった。パナヒはこれで三大映画祭の最高賞を制覇。今回5回目のカンヌで2回目のコンペ入りだ。2010年に反体制的という理由で逮捕拘束されて出国が禁止され、審査員に選ばれていたのにカンヌ入りできなかった。さらに20年間の映画制作も禁止されたが、パナヒは様々な手を使って映画を作り海外映画祭に出品し続けた。しかし2022年ついに逮捕投獄されてしまう。ハンストを行い2023年に釈放、2024年出国禁止が解かれ、今回22年ぶりのカンヌ入りを果たし、パルム。受賞の瞬間両手を挙げて天を仰ぐパナヒの姿に全会場は惜しみない拍手とスタンディング・オーべーションを贈った。

最高賞パルム・ドールがケイト・ブランシェットとコンペ部門審査員長ジュリエット・ビノシュから『シンプル・アクシデント』のジャファール・パナヒ監督へ
『シンプル・アクシデント』の主人公はかつて秘密警察に捕まり拷問を受けすべてを失った男。ある日偶然出会った男の足音に主人公は拷問者を思いだす。あいつに違いないと、彼は復讐を試みるのだが、今一つ確信が持てない。パナヒの作品にはいつもシリアスさとユーモアが同居する。今回も拷問者を特定しようと証人を探し回るうち、彼の小さなバンには何人もの人が詰め込まれ、コントのような状況とやり取りが繰り返される。そのおかしさ。そして主人公が出した結論とは⁈
今年のカンヌは確かに怒っていた。様々な抑圧に、理不尽さに、それを許す人間や社会や世界に。でもその先に何があるのか。怒りのままに復讐すれば暴力の連鎖は続くこともわかっている。そのどん詰まり感を描く作品にも賞は与えられた。けれど自らも抑圧され続けてきたパナヒは受賞会見で言った「困難な状況でも暴力の連鎖を終わらせる解決策はきっとある」と。映画と映画祭と、そして監督の使命とは、どんな時でも“希望の可能性”を見つけ映画を通して発信することなのかもしれないと、パルムの行方に思いをはせた第78回カンヌ国際映画祭であった。

レオナルド・ディカプリオから名誉パルムを贈られたロバート・デ・ニーロからはトランプ大統領批判の言葉が
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受賞結果
コンペティション部門
パルム・ドール:『Un simple accident (It Was Just an Accident)』(ジャファール・パナヒ監督/イラン=仏=ルクセンブルグ)

パルムドール受賞作『シンプル・アクシデント(原題)』
グランプリ:『Affeksjonsverdi (Sentimental Value)』(ヨアキム・トリアー監督/ノルウェー=仏=デンマーク=独)
審査員賞:『Sirat』(オリヴァー・ラクセ監督/スペイン=仏)『Sound of Falling』(マーシャ・シリンスキー監督/ドイツ)
監督賞:クレベール・メンドンサ・フィーリョ(『O Agente Secreto(The Secret Agent)』/ブラジル=仏=オランダ=独)
女優賞:ナディア・メリティ(『La petite derniere(Little Sister)』/仏=独)
男優賞:ワグネル・モウラ(『O Agente Secreto(The Secret Agent)』)
脚本賞:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(『Jeunes Meres(Young Mothers)』/ベルギー=仏)
特別賞:『Resurrection』(ビー・ガン監督/中国)
ある視点部門
最優秀作品賞:『La Misteriosa Mirada del Flamenco(The Mysterious Gaze of the Flamingo)』(ディエゴ・セスペデス監督/チリ=仏=独=スペイン=ベルギー)
カメラドール(新人監督賞)
『The President's Cake』(ハサン・ハディ監督/イラク=米=カタール)
短編パルム・ドール
『I’m Glad You’re Dead Now』(タウフィーク・パルホム監督/仏=ギリシャ)