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怒りを露わにしていた今年のカンヌ
「カンヌは原点に戻った」と某日報にあったのを見て「ほらね」とひとり悦に入った筆者。そう、カンヌはファシズムに対抗する映画祭として誕生したのである。今年のカンヌは対抗姿勢表明どころか怒りを露わにしていた。
並行週間の一つACID部門の上映作が発表になった翌日、上映作のドキュメンタリー『PutYourSoulOnYourHandAndWalk』の主人公であるガザの女性ジャーナリスト、25歳のファティマ・ハスナが親族と共にイスラエルの空爆によって殺された。4月23日カンヌ映画祭は「恐怖と悲しみと共に、ガザの人々の現状を伝えるべくとどまっていたファティマの思い出を称える」とプレスリリースを出し、メディアセンターの入り口に彼女のポートレイトを掲げた。5月13日の開会式でも審査委員長のジュリエット・ビノシュが再びファティマの追悼を呼びかけ、15日の上映はどの回も超満員で筆者は入ることができなかった。さらにドキュメンタリーを対象とした賞「金の眼賞」10周年記念セッションでもファティマの追悼スピーチが行われたとたん、突然雷鳴が轟き渡ったという。
イスラエルによる空爆で死去したファティマ・ハスナのポートレイトがメディアセンターの入り口に掲げられた。
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ガザ攻撃だけではない。カンヌはウクライナ侵攻にも怒っている。「映画作品を通して現代の現実を目撃し、真実のために立ち上がる人々の声を伝えたいというカンヌ国際映画祭の願いを確認します」と開会式の日、3本のウクライナ戦争についてのドキュメンタリーを上映し、他にも今年の参加作品に何本かの関連作を用意していた。
カンヌの怒りはそれだけではない。ファシズムの兆しに警鐘を鳴らすかのような作品を並べ、名誉賞を受けに来たロバート・デ・ニーロはトランプ大統領をこき下ろし満場の拍手を受け、スパイク・リーなどアメリカのゲストも反トランプ発言で盛り上がった。
実は筆者は例のヌード風ドレス禁止もカンヌの原点回帰の一つではないかと思っている。前会長が経費獲得の一手としてファッションブランドコングロマリットとスポンサー契約を結んで以来、レッドカーペットは映画スターではない“モデル系セレブ”に支配されるようになっている。メディアやSNSへの露出を競う彼女たちの装いは年々過激になり、ほとんど裸ドレスが登場してきた。それにNOを突き付けたのが今年のカンヌである。思うに、映画祭業界生え抜きである現会長イリス・ノブロックが二期目の最初の年に下した英断なのではないかと筆者は読んだ。長すぎて通行の邪魔になるトレーンや膨らみすぎて座れないスカートなど“見せるためで進行を遅らせ映画を見る邪魔になる”ドレスも同時に禁止し、レッドカーペットを歩くなら、映画を見ろっ! と怒ったのである。実際、レッドカーペットを歩いて階段を上り、パーティや次のレカぺのためなのか、映画を見ないで帰る人もいるらしいからな。

オープニング・セレモニーに揃った今回の審査員団(左からホン・サンス、ハリー・ベリー、ジェレミー・ストロング、ジュリエット・ビノシュ、アルバ・ロルヴァケル、ディエド・ハマディ、パヤル・カパディア、レイラ・スリマニ、カルロス・レイガダス)
10本も上映された日本映画がカンヌに挑戦を始めた?
さて、作品についてみていこう。まずコンペ作品をキーワードで考えてみよう。22本のうち女性監督は7人、女性主人公は11本。ジェンダーバランスはまずまず。子ども(18歳以下)が重要な登場人物なのは9本、なるほど犠牲になるのはいつも子どもだからな。そして怒りが漂う作品は筆者の感じで言うと17本! やはり今年は怒りがカンヌを席巻していたのだ。
今年のコンペは話題作も多かった。 ウェス・アンダーソン監督の新作『フェニキアン・スキーム』。初カンヌのアリ・アスター監督はエマ・ストーン、ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカルというスターを揃えた『エディントン』。『TITANE/チタン』でパルムのジュリア・デュクルノー監督の新作『アルファ』。これはタヒール・ラヒムの肉体改造がすごくて男優賞ものと思った。セルゲイ・ロズニッツア監督は久々の劇映画で評価も高かった『トゥ・プロセキューター』。リン・ラムジー監督はジェニファー・ローレンスとロバート・パティンソンが夫婦役という『ダイ・マイ・ラブ』。ケリー・ライカート監督はジョシュ・オコナーがベトナム戦争時代の絵画泥棒を演ずる『マスターマインド』。リチャード・リンクレイター監督はゴダールの『勝手にしやがれ』メイキング・オブを再現する『ヌーヴェルヴァーグ』。これがとてもそっくりで、ゴダール愛というかヌーヴェルヴァーグ・リスペクトに溢れていて筆者は好きだった。
フォトコールに応える『フェニキアン・スキーム(原題)』(左から)ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプルトン、マイケル・セラ、ウェス・アンダーソン監督
『エディントン(原題)』の(左から)オースティン・バトラー、ホアキン・フェニックス、アリ・アスター監督、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン
『ダイ・マイ・ラブ(原題)』の(左から)ロバート・パティンソン、リン・ラムジー監督、ジェニファー・ローレンス
そしてコンペ日本映画代表・早川千絵監督『ルノワール』。学生映画部門から3回目の早川監督はとても温かく迎えられ、河瀨直美に替わる日本の新しい女性監督の存在をカンヌに印象付けたと思う。賞に入ったのは学生映画部門ラ・シネフの第3席、田中未来監督の『ジンジャー・ボーイ』だけではあったが、今年10本も上映された日本映画群はカンヌに日本映画に対する新しいページを開いたと思う。今回上映10本中3本、監督週間の李相日監督『国宝』、ミッドナイトの川村元気監督『8番出口』、カンヌプレミアの深田晃司監督『恋愛裁判』が東宝の作品であり、今まで海外進出にあまり熱心ではなかった東宝が、『怪物』『ゴジラ−1.0』の高評価で海外を視野に入れ始め、各ジャンルで挑戦をしてみたのが今年のカンヌであり、そのチャレンジの成果は、会社だけではなく作り手にとっても大きいと筆者は感じている。
『ルノワール』の(左から)石田ひかり、早川千絵監督、鈴木唯、リリー・フランキー
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