カバー画像:『鯨が消えた入り江』より ©2024 DRAMA CULTURE COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
イントロダクション
夏の日の花火のように、打ち寄せる波のように、一瞬にして消え、同じものがない──そんな、出会うことの奇跡を描いた美しい作品。香港の作家が台湾のチンピラと共に「鯨の消えた入り江」を探して旅するこの映画は『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』で鮮烈な印象を残した香港のテレンス・ラウと『運命のマッチアップ』で金馬賞新人賞に輝いた台湾のフェンディ・ファン、美・人気・実力を備えた旬の2人がW主演する話題作だ。
監督はドラマ『最初の花の香り』で女性同士の恋愛を描いて反響を呼び、金鐘賞の脚本賞を受賞したエンジェル・テン。香港の辣腕プロデューサー、ケビン・ツェーの誘いで脚本を読んだ彼女は、ロードムービーの要素や、台湾と香港という2つのカルチャーを結ぶ設定に魅力を感じメガホンを取ったという。実際、本作ではキャストのみならず、ロケ地やセリフ、音楽にも香港と台湾それぞれの要素が絶妙にミックスされている。ホウ・シャオシェン監督の『黒衣の刺客』にも参加した美術監督のシエ・ミンレンは、主人公2人にかかわるデザインをそれぞれ香港を象徴する直線、台湾を象徴する曲線を使ってイメージしたそうだ。小説家が主役だけにリアリティにはこだわらなかったとも言い、そのおかげもあってか、本作は見る人がさまざまに解釈できる余地を残す。そのあいまいさが心地よい。
全編を包み込むテーマ曲「我在原地等你」(もとの場所で待ってる)を歌ったのは台湾の人気シンガーソングライターHush。彼の代表作「克卜勒」(ケプラー)はシンガポール/台湾のステファニー・スン、香港のサンディ・ラム、中国のシャオ・ジャンら錚々たる歌手がカバーしている。主人公の過去作の中に「克卜勒」というタイトルの本が紛れているのはリスペクトなのか偶然だろうか? など見返すたびに新たな発見があるこの作品、2週間限定なのは残念だが、夏の思い出にぜひスクリーンで見てほしい。
あらすじ

台湾にある「鯨逝湾」(鯨が消えた入り江)には昔多くの鯨がいた。鯨を追えば天国に行ける—盗作の疑いをかけられ、失意に沈む香港の小説家・天宇(ティエンユー)は、かつて文通していた少年が教えてくれたこの話を思い出して台湾へと旅立つ。瞬く間にカモられた天宇は、街のチンピラ・阿翔(アシャン)に助け出されるが、状況は大して変わらない。自室に連れ込んで謝礼金をせびった挙句、観光案内でも稼ごうとする阿翔に、何を思ったか鯨逝湾まで連れて行ってほしいと頼む天宇。かくして始まった2人の旅は最初から波乱含みで…。
登場人物

左から阿翔(フェンディ・ファン)、天宇(テレンス・ラウ)、夏夏(ジャン・ズーシュエン)
天宇/ティエンユー(テレンス・ラウ)
「男前でインテリで金持ち」な香港人作家。台湾への家族旅行で手に入れた古い郵便箱に見知らぬ少年からの手紙が届いたことから、彼と文通を始める。
阿翔/アシャン (フェンディ・ファン)
「西門(台湾の歓楽街)の陳浩南(香港漫画「古惑仔」の主人公)」と豪語する心優しいチンピラ。鯨逝湾への道案内を買って出るが、天宇から全く信用されていない。
夏夏/シャシャ (ジャン・ズーシュエン)
墾丁の「ペンション 我が家」を切り盛りしているエキゾチックな美女。演じるズーシュエンは主演ドラマ「セックスを語るなら」(2024)でブレイクした新星。
チェックポイント
1. テレンス&フェンディの完璧なケミストリー
金馬賞授賞式に揃ってプレゼンターとして登場し、「台湾のテレンス・ラウ」「香港のフェンディ・ファン」と自己紹介したこともある2人。お互いに相手へのオファーを知って出演を決めたというだけに、演技の息もぴったり。テレンスが壁ドンするフェンディに向かって「(「花より男子」の)道明寺みたい」と言えば、テレンスから受けた刺激について聞かれたフェンディが「アクションのたびにお尻をつねってくる」と笑わせる。なお、キャスティングでは2人が似ていることも重視されたという。なぜ似ている必要があったのか考えてみるのも面白い。
2. 思わずウットリする台湾の風景たち
台湾の北から南までぐるっとロケして撮影された、心が洗われるような景色も本作の主役。テレンスは「撮影自体もロードムービーのようなものでした…フェンディはしょっちゅう見どころを教えてくれました。恒春の海辺で最後の撮影が終わった時はちょうど日没で、あんなに美しい夕陽を見たのは久しぶりです」と語り、4年ほど前に徒歩で台湾を回る旅をしたというフェンディは「今回は撮影というより、友だちと遊びに出かけた気分でした…テレンスと一緒にたくさんの風景を見たことで、脚本を見た当初よりも演技がさらに豊かになったと思います」と話している。
3. 香港・台湾・そして日本
本作には、日本にいると実感しづらい香港と台湾の親しくも微妙な距離が見て取れる。香港人=金づるとしか見ていないような阿翔の部屋に「銅鑼湾(コーズウェイベイ)」の地名標識が飾られていても、よくある香港への憧れに見えて違和感がない。一方、台湾にノスタルジーや癒やしを求める香港人らしく、天宇の台湾は家族との記念写真という形で現れる。そして、台湾と香港をつなぐ赤い郵便箱には日本統治時代を思わせる〒マークの意匠が。制作陣はこの郵便箱に、郵便発祥の地イギリスと日本、そしてその植民地だった香港と台湾を象徴させているそうだ。
4. レスリー・チャンのオマージュがいっぱい!
本作には香港の大スター、レスリー・チャンへのオマージュが各所に散りばめられている。愛、栄光、孤独、死、そして「香港」など、彼の象徴するものが映画のテーマと響き合い、物語に深みを添えている。『ブエノスアイレス』(1997)風にデザインされ、出演作のポスターが貼られた阿翔の部屋の壁には、マジックでレスリーの歌った「春夏秋冬」の歌詞も書かれている。これら1つ1つに、物語世界を支える特別な意味が込められているのだ。テレンスがリョン・ロクマン監督の『アニタ』(2021)でレスリーを演じているのも、きっと何かの縁なのだろう。
『鯨が消えた入り江』8月8日(金)〜21日(木)2週間限定上映
台湾/2024年/1時間41分/マーチ配給
監督:エンジェル・テン
出演:テレンス・ラウ、フェンディ・ファン
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