〜今月の3人〜
前田かおり
映画ライター。この夏『ブロークン 復讐者の夜』とドラマ「トリガー」で気分はキム・ナムギル祭り、一人悦に入ってます。
まつかわゆま
シネマアナリスト。9月27日にお茶の水・アテネフランセでドキュメンタリー映画講座の講師やります。6時間!
米崎明宏
映画ライター・編集者。鎌倉の川喜多映画記念館で国立映画アーカイブの濵田さんとトークショーを行いました。
前田かおり オススメ作品
『入国審査』

ほとんど知られていない二次審査室。尋問の応酬で見えてくるものに、驚愕!
評価点:演出5/演技5/脚本5/映像4/音楽4
あらすじ・概要
バルセロナのダンサー、エレナはグリーンカードの抽選で移民ピザに当選し、事実婚のパートナー、ディエゴと渡米する。だがNYの空港で入国審査に引っ掛かり、別室で2人は尋問を受けるハメになる。
正式な移民ビザを持ちながら、入国審査で足止めを食らったディエゴとエレナのカップル。なんの説明もなく待たされる。水も食べ物もなく、スマホの使用も許されない。不安と苛立ちが募るなか、やっと通されたのは狭い部屋。しかも、尋問は2人一緒だったり個別だったり。77分という短い尺だが、ベネズエラ出身監督の実体験をもとにしているだけに、ほとんど知られていない“二次審査室”での緊迫感は半端ない。
「私が法」とばかりに強烈な圧をかける女性審査官と、古狸のような男性審査官から思いも寄らぬ質問を浴びせられる。刑事ドラマの比じゃない、苛烈で周到な尋問。凄まじいやり取りのなかで、入国審査の意味やその問題点など痛感する一方で、移住カップルに潜む欺瞞が明らかになった瞬間には思わずうなってしまった。

本作での音楽使用はたった1曲。Kevin Morbyの“Congratulations”。冒頭、渡米前の2人が空港に向かうタクシーで新天地への夢を広げている時と、入国審査の結果が出たエンディングに流れる。何とも皮肉めいていて、歌詞が耳に残る。
公開中、松竹配給
© 2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE
まつかわゆま オススメ作品
『私たちが光と想うすべて』
3人のヒロインの緩やかなシスターフッド。各人が光へと踏み出すまでの心の旅路を描く

評価点:演出5/演技5/脚本5/映像4/音楽4
あらすじ・概要
ドイツに行き音信不通の夫がいるプラバとイスラム教徒の恋人がいるアヌはムンバイで一緒に暮らす同僚看護師。同僚調理師が家を追い出され故郷の海辺の町に帰ることになり、2人は付いていくのだが…
カンヌ映画祭で育成された監督。17年学生映画部門選出、21年監督週間出品の初長編ドキュメンタリー『何も知らない夜』は金の眼賞を受賞し、23年山形国際ドキュメンタリー映画祭の大賞も獲得。そして24年本作が初長編劇映画初コンペでインド映画初のグランプリ。両作品ともに成長するインドの陰で政治や社会慣習に抑圧される女性の「結ばれることのない愛」を女性の視点で描く。ムンバイの湿気と熱を含んだ空気感、窒息しそうな人波。ヒロインたちが勤める病院も暮らすアパートも、自立と自由を求めたはずの都会は経済と効率優先で孤独と閉塞感が漂う。後半旅する海辺の町で開放され、自分を見つめ直し未来に踏み出そうとする二人。映像が素晴らしい。

サイズといい、光の具合といい、音の処理も相まって詩的なルックとリズムをかもし出す。海辺の町、光と暗闇の作る幽玄の境感が物語の虚と実を攪拌し、それぞれが選ぼうと決める未来に幸あれと見る者が親密感を持ってしまう。よい本を満足してぱたんと閉じるような”読”後感がいい一本だ。
公開中、セテラ・インターナショナル配給
© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024
米崎明宏 オススメ作品
『アイム・スティル・ヒア』
軍事政権下のブラジルを背景に消息を絶った夫の行方を追う妻の姿を描いたオスカー受賞作

評価点:演出5/演技5/脚本4/撮影4/音楽3
あらすじ・概要
軍事独裁政権下の70年代、リオデジャネイロ。元議員のルーベンス・パイヴァが突然軍に逮捕され、妻のエウニセも拘束される。辛くも解放されたエウニセは、言葉を封じられながらも夫の行方を追い続けるが…。
今年行われた米アカデミー賞で国際長編映画賞を見事受賞したブラジル映画。監督は『モーターサイクル・ダイアリーズ』等の名匠ウォルター・サレス。実話を基にした政治サスペンスであり、ある家族の歴史を見つめたドラマでもある。
1970年代初頭、軍事政権下のブラジル。元下院議員のルーベンス・パイヴァ家は妻エウニセや子供たちと平穏に暮らしていたが、革命運動によるスイス大使誘拐事件後、政府が不安定状態に陥り、軍の暴走が始まっていたところ、ある日家長のルーベンスが自宅から強制連行され、後に消息不明になる。エウニセも一時拘束されるが何とか釈放され、夫の行方を探し求める…。この時代のブラジルの暗部の話はあまり知らされていないような気がするが、底知れない闇のような恐ろしさを感じさせる。

どことなくコスタ=ガヴラス監督の『ミッシング』(82、これはチリの話)を思い起こさせるような感触を憶えると共に、エウニセ役フェルナンダ・トーレスの熱演に唸らされる必見作だ。
公開中、クロックワークス配給
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