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世界を揺るがしたレガシー
『セブン』を知る7章
1995年9月22日に北米公開されて以降、今もなお新しいファンをも生んでいる『セブン』。30年の時を経て、なお深みを増す本作の魅力を改めて検証します。
Ⅰ )サイコスリラーその人気の決定打!
1990年代はサイコスリラーというジャンルが花開いた時期。アカデミー賞受賞作『羊たちの沈黙』(91)を皮切りにそのブームは広まっていったが、決定打となったのはなんといってもデヴィッド・フィンチャー監督、モーガン・フリーマン、ブラッド・ピット主演の『セブン』だ。シリアルキラーと刑事コンビの攻防はよくあるストーリーだが、物語はそれほど単純ではないし、映像や音楽にも強烈なインパクトが宿る。何より、観終わったあとにこんなにも重く引きずる話はそうない。そんな『セブン』が生まれて、今年でちょうど30年。この機会に本作のレガシーを検証してみよう。
Ⅱ )“7つの大罪”を7日間かけて追う!
まずは簡単に物語のおさらいを。7日間に渡る、キリスト教の“7つの大罪”をめぐる物語。雨の降りしきる都会で連続殺人事件が発生する。引退を間近に控えたベテラン刑事サマセット(モーガン・フリーマン)は、事件が“7つの大罪”に基づいており、7件の殺人が起こるとみて、新任の相棒ミルズ(ブラッド・ピット)とともに捜査を進める。ところが、ジョン・ドゥと名乗る犯人(ケヴィン・スペイシー)は5件目の殺人が発覚した後に出頭してきた。彼の目的は何か!?
Ⅲ )サスペンスを高める 憂鬱な空気
ロサンゼルスのダウンタウンで撮影が行なわれたが、何も知らずに観ると、そこがLAであると気づかないだろう。というのも、劇中では町の名が明らかにされていないうえに、終始陰鬱な雨が降っているから。これに代表されるように、映画のトーンは徹底してダークだ。連続殺人事件は極めて猟奇的で、現場の腐臭が匂い立ってくるよう。また、サマセットは凶悪事件にウンザリしていて、引退したら2度と現場に戻らないと決めている。ミルズの妻トレイシー(グウィネス・パルトロウ)は「この町が大嫌い」と言い切る。この憂鬱な空気が、サスペンスを高めている。
Ⅳ )フィンチャーの意思が初めて貫徹した作品
フィンチャー監督は脚本から匂い立つこの憂鬱に魅了された。当時の彼は『エイリアン3』(92)で長編デビューするも、スタジオに勝手に編集されたことに幻滅し、二度と映画を撮らないと心に決めていた。しかし、アンドリュー・ケヴィン・ウォーカーによる脚本に引き込まれて考えを改める。脚本は当初から暗いエンディングであり、スタジオは明るい結末にするよう提案してきたが、フィンチャーは決し折れず、徹底してダークなトーンを貫いた。彼は度々「『エイリアン3』は私の監督作ではない」と口にしているが、やりたいことをやりきったという意味で、『セブン』は初映画監督作といえるだろう。以後、作品を重ねるごとに鬼才として認められてきたのはご存じのとおりだ。
Ⅴ )ブラッド・ピットの“演技力”を示す作品に
当時のブラッド・ピットも、スタジオの意向で主演作の編集を変えられたことに憤っていた。『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』(94)は、彼が思っていたリアルな映画にはなっていなかったのだ。その反動からか、ピットは『セブン』の企画に飛びつき、リアリズムにこだわるフィンチャーを支持した。彼が演じるミルズは少々直情的ではあるが仕事熱心。つねに理性的であるサマセットを演じたモーガン・フリーマンの落ち着いた雰囲気との相性は抜群だった。また、ミルズは妻(演じるパルトロウは当時のピットの交際相手)を愛する、どこにでもいる普通の男で、『レジェンド・オブ・フォール〜』の主人公のようなヒーローではない。それまでイケメンの部分が強調されてきたピットだが、これは役者としての実力を発揮する作品となった。とりわけ、クライマックスでの鬼気迫る姿は凄いとしかいいようがない。
Ⅵ )そして集ったキレた才能たち
他のスタッフも、本作で脚光を浴びた才人ぞろい。撮影監督のダリウス・コンジはフランス映画『デリカテッセン』(91)で注目され、本作でハリウッドに進出。暗い場所の撮り方を熟知した彼の手腕は高く評価され、以後ウォン・カーウァイやウディ・アレン、ポン・ジュノなど名だたる鬼才の作品に起用される。タイトルデザイナー、カイル・クーパーの仕事も好評を呼んだ。メモやフィルムの切り貼りなどの異様な作業の風景に、微震するクレジットを重ねたオープニングタイトルは強烈な印象を残す。ちなみに、このオープニングではナイン・インチ・ネイルズの楽曲が使用されているが、メンバーのトレント・レズナーとアッティカ・ロスは後にフィンチャー監督としばしば組み、『ソーシャル・ネットワーク』(10)ではアカデミー賞作曲賞を受賞している。
Ⅶ )いつまでも“引きずる”それぞれの、正しい生き方
本作が初公開されたのは、ロバート・K・レスラーの「FBI心理分析官」がベストセラーとなり、プロファイリングやシリアルキラーが、ちょっとしたブームになっていた時期。『セブン』が大ヒットした背景にはそれがあるのは事実だが、いざ映画を観ると、そんな背景からきた好奇心を大きく超えてくる。陰鬱な町で正しく生きるのは難しい。しかし、正しく生きるとはどういうこと? サマセットのように理性を保ち続けることかもしれないし、ミルズのように感情に素直になることかもしれない。さらにいえば、ジョン・ドゥの信仰かもしれないのだ。それぞれの正しい生き方は、認め合えることもあれば相容れないこともあり、時として激しい衝突も起こる。今観ても『セブン』の恐怖が“引きずる”類のものであるのは、そんな世の現実を見据えつつ、正しくはない邪悪なものを提示しているからではないだろうか。
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