『アフター・ザ・クエイク』は世界中で愛読されている村上春樹の短編連作『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)を原作とし、「UFOが釧路に降りる」「アイロンのある風景」「神の子どもたちはみな踊る」「かえるくん、東京を救う」の4編にオリジナル設定を交え、再構築した作品である。岡⽥将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市が主演を務め、のんが“かえるくん”に命を吹き込んだ。公開を前に監督を務めた井上剛氏にインタビューを敢行。作品に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

映像を通して30年の変化を描いてみたい

──監督はNHK大阪放送局制作による「阪神・淡路大震災 15年特集ドラマ」として「その街のこども」を作られてから、連続テレビ小説「あまちゃん」(13)や「LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~」(15)、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(19)で震災を描かれてきました。「LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~」でのインタビューで、自分の中から出てきたテーマではなく、それらの作品には特に繋がりはなかったと答えられていました。今回はNHKを離れてから作られた作品です。ご自身の意思が大きく関わったと思うのですが、いかがでしょうか。

「その街のこども」と「LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~」はNHKのプロデューサーである京田光弘さんから「やりませんか」と言われて始まりました。「あまちゃん」も最初から震災を描こうと思っていたわけではなく、ただ東北を元気にしたいという気持ちがあり、避けて通れなかった結果、あのような形になりました。「いだてん」も関東大震災がスポーツに大きな影響を与えているので、描かざるを得なかった。これまではそういう必然で震災を描いてきたんですが、今回は少し違います。

阪神淡路大震災から30年経ち、街も人も変わり、感じ方も変わった。僕自身も当時NHKに入ったばかりでがむしゃらに働いていましたが、振り返ると水害や東日本大震災、熊本地震と災害が続きました。明るい未来を想像していたけれど、現実は違った。別の世界もありえたのではと考えることもあります。

そんな時に『ドライブ・マイ・カー』で日本人映画プロデューサーとして初のアカデミー作品賞ノミネートを受けた山本晃久さんから、「村上春樹さんの『神の子どもたちはみな踊る』をやりませんか」と声を掛けていただき、自分の中でやってみたい気持ちが芽生えました。映像を通して30年の変化を描いてみたいという思いが大きかったですね。

『神の子どもたちはみな踊る』は「その街のこども」を手掛けた際にも読み、震災そのものではなく、離れた場所にいる人々の物語にとても助けられました。今回改めて読むと、地震と同時に地下鉄サリン事件も起きていたことに気づきました。どちらも地下で起きた出来事で、村上春樹さんがそれを捉えている。その地下のイメージから、人間の無意識や深層の感情を描くことに挑戦したいと思いました。

これまでのように「避けて通れないから描く」ではなく、自分から取り組みたいと思ったのが大きな違いです。

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──村上春樹作品を脚本にする上で難しさはありませんでしたか。

難しかったのは、村上さん独特の文体や読後感をどう映像に置き換えるかでした。文章ならではの表現をそのまま俳優に言わせても浮いてしまう。だから脚本の段階でどう「香り」を散りばめるかが重要でした。

構造は大きく変えていませんが、時系列は変えました。第二章を1995年から2011年に置き換えることで、登場人物たちが背負うものを重くしました。第三章は2020年に設定し、コロナや宗教二世の問題も背景に入れました。

とはいえ原作の残り香のような雰囲気を大事に、脚本家の大江崇允さんやプロデューサー、村上春樹作品に親しんでいる人たちの意見も取り入れながら作りました。起承転結のはっきりした物語ではない分、見終わった後にどう余韻を残すかを大切にしました。

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──演出上の難しさもあったのではありませんか。

第一章は小説的なセリフをあえて残したので、そのまま話すと日常から浮いた感じになります。それが不穏な雰囲気を醸し出し、この作品にはいい効果を生むはず。ただ、それだけに頼らず、俳優同士が本当に心で響き合っているのかを確かめたくて、一度セリフを取っ払ってみました。

すると、セリフを言わなくても「相手を思っているけれど声は届かない」という虚しさがクリアに見えてきた。岡田将生さんと橋本愛さんの芝居でその実感が得られたのは大きかったです。岡田さんと唐田えりかさんの芝居の時も同じようなことをやってみましたが、人間が交わす、意味があるようで意味のない会話を表現するには、この方法が役立ちました。

今、考えると、第一章は挑戦していた気がします。村上春樹ワールドの残り香的な香りみたいなものもすごく大事にするためにはここでちゃんとつかみたいと思っていたのだと思います。

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──第四章でかえるくんがゴミの中から登場したときは一瞬、ぎょっとしましたが、のんさんが声を当てていることでファンタジー感が生まれた気がします。のんさんにはどのように演出をされたのでしょうか。

まず、のんさんに脚本を読んでいただいて仮収録し、現場では佐藤浩市さんやかえるくんの中に入っていただいた澤井一希さんに聞いてもらいました。ただ現場でしゃべっているわけではないので、お芝居にはちょっと使いづらい。そこで、澤井さんの演技に合わせて、望月めいりさんにかえるくんのセリフを言ってもらい、浩市さんとの掛け合いを撮影しました。これも澤井さんと望月さんのコンビネーションを合わせるのに苦労しています。その後、のんさんが3日ほどかけて映像にアフレコしました。大変でしたが、のんさん自身も「最初とは全然違った」と言っていて、かえるくんに魂が宿った瞬間でした。

この作品には4人のキーパーソンが登場しますが、みんな揺れています。しかし、かえるくんだけは揺れない存在。ある意味、善の象徴、神の化身です。無垢さと気高さ、そしてユーモアを併せ持つ存在ですが、のんさんがそれを見事に表現してくれました。

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──4人のキーパーソンがみんな揺れているとのことですが、それは揺れる赤い廊下に象徴されていますね。作品には赤い廊下以外にも、地下を走る電車、焚き火の揺れる炎、前を走るタクシーのテールランプなど、動く赤いモチーフが繰り返し登場します。なぜ赤だったのでしょうか。

タクシーのテールランプまでは意識していませんでしたが、赤はミミズくんのお腹の中のような生命体のイメージで使いました。

──「その街のこども」と「LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~」はドラマが放映されてから、劇場版として再編集した映画が作られました。今回は初めからドラマ「地震のあとで」と映画『アフター・ザ・クエイク』としてそれぞれ制作されています。ドラマと映画はどのような関係なのでしょうか。

ドラマと映画では役割が違います。テレビは広く届けられるので、まずはドラマとして放送することを考えました。その上で、残り続けるものとして映画にもしたかったのです。現場では区別せずに撮影しましたが、同じシーンでもテレビ版と映画版では編集や音楽を大きく変えています。テレビのテンポをそのまま映画館で流すと疲れてしまうので、スクリーンで試写して全体を作り直しました。

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──ここまで時間も思いもかけて作られた本作は、監督のキャリアの中でどんな位置づけになりますか。

今の段階で位置づけを決めることはできません。特別に「勝負作」と気負っているわけでもなく、もう少し時間が経たないと見えてこないですね。

──最後に、これから作品をご覧になる方へ一言お願いします。

震災を知っている方は「こういう切り口で30年を描いたのか」と見ていただきたいです。日本の映画やドラマにはない文体なので、震災を知らない方には新しさを感じてもらえると思います。

僕たちが生きている地面も、人の心も不確かです。その揺れを描いた作品なので、自分自身の物語や揺れを重ね合わせながら見てもらえると面白いと思います。

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<PROFILE> 
井上 剛  
1968 年生まれ、熊本県出身。93年NHK入局。ドラマ番組部や福岡放送局、大阪放送局勤務を通して、様々なジャンルのテレビ番組制作に関わる。主にドラマやドキュメンタリーの演出・監督・脚本・構成を手がける。   
代表作は、数々の話題を生んだ連続テレビ小説「あまちゃん」(13)や大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(19) 、土曜ドラマ「ハゲタカ」(07)、「 64(ロクヨン)」(15)、「 トットてれび」(16) 、「不要不急の銀河」(20)、「拾われた男」(22)など。『その街のこども』(11)、『 LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~』(16)はドラマとドキュメンタリーが融合した演出が注目を集め、ドラマ・映画共に高い評価を得た。2023 年 7月末日、NHK を退局し株式会社GO-NOW.を設立。フリーの監督・演出家として活動している。

『アフター・ザ・クエイク』10月3日(金)より、テアトル新宿、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開!

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<STORY> 
1995 年、妻が姿を消し、失意の中訪れた釧路でUFOの不思議な話を聞く小村。2011年、焚き火が趣味の男と交流を重ねる家出少女・順子。2020年、“神の子ども”として育てられ、不在の父の存在に疑問を抱く善也。2025年、漫画喫茶で暮らしながら東京でゴミ拾いを続ける警備員・片桐。世界が大きく変わった30年、人々の悲しみや不幸を食べ続けたみみずくんが再び地中で蠢きだした時、人類を救うため“かえるくん”が現代に帰ってくる―。

<STAFF&CAST> 
監督:井上 剛  
脚本:大江崇允  
音楽:大友良英  
出演:岡田将生、鳴海 唯、渡辺大知、 佐藤浩市
橋本 愛、唐田えりか、吹越満、黒崎煌代、 黒川想矢、津田寛治 、井川 遥、渋川清彦、のん、錦戸 亮、 堤 真一 
配給:ビターズ・エンド ©2025 Chiaroscuro / NHK / NHK エンタープライズ

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