別れと喪失、そしてコミュニティの在り方を問う
──作品を拝見していて、主人公は野球場<あらゆる人々が集まり、人生の一部を過ごす場所>そのものではないかと感じました。この解釈について、どう思われますか。
物語を作るときには主人公とともに、主人公に敵対する何かを考えます。その発想からすれば、野球場が主人公で、流れる時間が敵役。それが映画全体を貫くテーマでした。野球場は物語の中でひとつの役割を果たし終えると新しい目的を担います。この作品は、その「ひとつの役割」への追悼のような映画なのです。
チームの仲間はみな、同じ別れを経験し、同じ感情の変化をたどっていきます。もちろん、特定のキャラクターが少し目立つ場面はありますが、全員が等しく重要で、アンサンブルを奏でている。ですから、カメラは自由に動き回り、それぞれの個性を少しずつ見せました。
また、野球というスポーツはチームのスポーツですから、共同体という側面も持っています。その一方で、孤独な個人のスポーツの側面もある。その両方を表現したい。この映画で私が目指したのは、「プレーするとはどんな感覚なのか」を伝えることでした。それもできたのではないかと思っています。

──カメラの位置にこだわりを感じました。例えば、アドラーズの背番号16番の選手がホームランを打ってホームベースに向かうとき、顔を映さず、ずっと後ろから追い続けていました。また、試合後に選手たちが花火を打ち上げますが、花火や打ち上げる選手たちを映さず、ダッグアウトに反射する光で花火を感じさせていました。どのような意図があったのでしょうか。
私は撮影監督としても多くの長編映画を手がけてきましたので、映像的な発想にかなりこだわります。脚本を書く段階からどういうショットにするかをイメージしています。しかも、今回は事前に撮影地で過ごすことができたので、ストーリーボードを作りながら、野球場をどう撮るか、時間帯によって太陽がどういう角度で差すかまで計算していました。もちろん、さまざまな課題もありましたが、全体として非常に緻密に構築された映像体験になったと思います。
まず、ホームランの場面の件ですが、野球というスポーツの魅力の一つは「いまここにいる」という感覚を与えてくれること。最近でこそ、投球間に設けられた制限時間のルール「ピッチクロック」というものがありますが、本来、野球には制限時間がなく、独自の時間感覚を生み出します。その中でホームランは恍惚とした崇高な瞬間です。この映画は不器用な選手たちの最後の試合を描いたコメディではありますが、観客にも登場人物にも「最後の歓喜」として大きなホームランを見せたいと思いました。ですから、得点を挙げた彼だけに焦点を当てるのではなく、ホームで彼を迎え、チーム一丸となって喜びを分かち合おうとする全員を描きたかったのです。
また花火については、あえて映さないことにしました。観客が期待するのはわかっていましたが、人生の多くの期待は裏切られるものだからです。その代わり、ダッグアウトで花火の光を受けるキャラクターに焦点を当てました。彼は野球場の再開発に関わる会社で働いており、野球場がなくなることに責任を感じています。他のキャラクターが野球場の最後の瞬間を楽しんでいる中で、彼には内省的な時間を与えた方が物語に合っていると感じました。彼にとってそれは、失うものを振り返る最後のチャンスなのです。

──監督は主にロサンゼルスを拠点とする映画監督や製作者のコレクティブであるオムネス・フィルムズの創設メンバーですね。創設のきっかけや目的、方向性などをお聞かせください。
このグループは大学時代の友人たちと自然に生まれました。当時通っていた大学は商業志向が強かったのですが、私たちはもっとジャンルに縛られず、ヨーロッパやアジアなど世界中の映画から影響を受けた作品を作りたいと考えていました。そうして短編やミュージックビデオを10年ほど手掛けて、長編『ハム・オン・ライ』(2019年)に繋がりました。
インディペンデント映画にとって、信頼できる仲間の存在は何より大事です。私たちは会社でも法人でもなく、友人同士で支え合い、自由に映画を作っています。アメリカでは今、映画に対して抑圧的で保守的な風潮が強いですが、私たちはむしろ個人的で独自性の強い作品を作ろうとしています。
メンバーは監督だけでなく、編集者やプロデューサー、音楽を手がける人もいます。それぞれがさまざまなプロジェクトで力を発揮し合い、チームとして補い合っています。

──本作は昨年のカンヌ国際映画祭<監督週間>部門に選出されました。そこで監督が感じた手応えなどをお聞かせください。
あの場で上映できたことは、本当に大きな出来事でした。私の作品はアメリカ的な題材を扱っていますが、表現や美学の面では国際的なアートシネマに近いと思っています。だからカンヌは理想的な舞台でしたが、実際に選ばれるとは思ってもいませんでした。しかも『クリスマス・イブ・イン・ミラーズ・ポイント』(2025年)まで一緒に上映された。アメリカの小さなチームから2本の長編を出品できたのは非常に稀なことだと思います。
フランスの観客がどう受け止めるか不安もありましたが、野球という題材を越えて「時間」「老い」「コミュニティ」といった普遍的なテーマをすぐに理解してもらえ、うれしかったですね。中国の映画祭でも大きな反響があり、今ではアメリカ国内の観客よりも海外の方々の方が私たちの作品を理解してくれているのではないかと感じています。というのも、私たちが生み出してきた作品は決してシニカルではありませんが、現実を率直に描いています。アメリカの観客は、自分自身の姿をスクリーンに映されることを好まない、目を背けたいと考える傾向があるのです。
この作品は野球映画であると同時に、人生の縮図を描いた物語でもあります。別れと喪失、そしてコミュニティの在り方を問いかける作品として、多くの観客に届いてほしいと願っています。

<PROFILE>
カーソン・ランド/監督・脚本・編集・音楽・プロデューサー
ニューハンプシャー州ナシュア出身。現在はロサンゼルス在住。2021年にフィルムメーカー誌の「映画界の新人25人」の1人に選出された。ロサンゼルスを拠点とする独立系映画製作集団オムネス・フィルムズの創設メンバーでもある。これまでに2019年にロカルノ映画祭でプレミア上映された『ハム・オン・ライ』や、『Christmas Eve in Miller's Point(原題)』(24)の撮影・プロデュースを務め本作で長編映画監督デビュー。本作と『Christmas Eve in Miller's Point(原題)』は二作とも2024年のカンヌ国際映画祭の監督週間に選出された。映画ライターとして「Slant Magazine」や「ハーバード・フィルム・アーカイブ」で執筆しているほか、「Mines Falls」としてロサンゼルスを拠点に音楽活動を行うなど活動は多岐にわたる。
『さよならはスローボールで』10月17日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
- YouTube
youtu.be<STORY>
地元で長く愛されてきた野球場<ソルジャーズ・フィールド>は、中学校建設のためもうすぐ取り壊される。毎週末のように過ごしてきたこの球場に別れを告げるべく集まった草野球チームの面々。言葉にできない様々な思いを抱えながら、男たちは“最後の試合”を始める…。
<STAFF&CAST>
監督・共同脚本・編集・音楽・キャスティング:カーソン・ランド
共同脚本:マイケル・バスタ、ネイト・フィッシャー、カーソン・ランド
製作:マイケル・バスタ、デヴィッド・エンティン、カーソン・ランド、タイラー・タオルミーナ
撮影:グレッグ・タンゴ
美術・衣装・音楽:エリック・ランド
制作:オムネス・フィルムズ
出演:キース・ウィリアム・リチャーズ、ビル・“スペースマン”・リー、クリフ・ブレイク、 フレデリック・ワイズマン(声の出演)
2024年/アメリカ・フランス/英語/98分/シネスコ/カラー/5.1ch/G/原題:Eephus/日本語字幕:田渕貴美子
配給:トランスフォーマー
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