主人公の李を演じるのは日韓で活躍する俳優シム・ウンギョン。三宅監督とともに作り上げた本作は彼女の代表作になるに違いない!
撮影/久保田司
スタイリスト/島津由行
ヘアメイク/MICHIRU for yin and yang(3rd)
取材・文/佐久間裕子
構成・編集/柳真樹子

――三宅唱監督とご一緒したいとずっと思っていらっしゃったそうですね。
最初に拝見した作品が『ケイコ 目を澄ませて』で、とても素晴らしい映画だなと思いました。どうしても監督の映画に関わりたくて、3年前の釜山国際映画祭のときに、対談などなんとかご一緒できませんかとお話したら、ありがたいことにその機会ができまして、『ケイコ 目を澄ませて』について対談したのが監督との初めてのご縁になりました。それからいつか監督と一緒に作品を作ることができたらなと思ってきましたが、まさかこんなに早くそのチャンスが来るとは思っていませんでした。だから事務所からお話を聞いたときは、すごくビックリして「本当ですか? 本当に?」と繰り返し聞いた記憶があります。
――脚本も三宅監督が手掛けていらっしゃいます。脚本を読んでの感想はいかがでしたか?
この数年間に読んだ脚本の中で一番だと感じました。初めての打ち合わせのときに監督にもそう言いました。映画というものを通して、自分が言いたいこと、見せたいことが全部入っている、そういう映画になる、そう言い切れると思いました。これはやるべきだと思ったので、こうして監督とご一緒できることになりました。
――実際に三宅監督と一緒に映画を作って印象に残ったことを教えてください。
今回、監督は新たなクラシック映画を作りましょうとおっしゃいました。最初に映画の話をして、監督も私も古典映画が大好きでたくさん影響を受けてきたことがわかり、最終的にはふたりとも「サイレント映画をやりたいね」ということになりました。「サイレント映画を撮るのが私の念願です」と言ったら、監督も「僕もそうだよ」とおっしゃって。だから『旅と日々』は、三宅監督がサイレント映画から受けた影響に、自分らしさを取り入れて作り上げた映画だとも思っています。芝居もサイレント映画の動きを意識しました。セリフがないところはカメラのアングルの中でどう動くか……例えばどのタイミングで振り向いたらいいのか、動かずにそのままいた方がいいのか、そういうところを毎回監督と一緒にアングルを見て相談しながら撮ったんです。それによって改めて映画の中で、動きはすごく大事だと改めて感じたこともありました。
――監督の演出を受けていかがでしたか?
監督のディレクションは、「ここからここまで歩いて」など意外とシンプルなんです。説明をたくさんされるわけではないので、その中で役者としては、何かもうちょっと表現した方がいいのかといつも悩むわけです。だからそこで「もうちょっと……」としないようにするのが難しかったというか。いつも「もうちょっとしましょうか」、「いやそのままがいい」みたいに監督に相談しながらディレクションを受けて、なるべく自分がいる場所の空気感や感じたことをそのまま出すようにすごく集中していました。
――サイレント映画を目指したというのは意外でした。監督とのお話の中には、どんなサイレント映画が話題に上がりましたか?
お互いの話に出たのはバスター・キートンの映画でした。撮影に入る前に会う時間があまりなくて、メールで役作りのための意見を交換したのですが、その中で李さんの基本的な表情はこんな感じですか?とバスター・キートンの無表情の写真を送った記憶があります。監督も「そうかもですね」と。バスター・キートンはいつも無表情でいるから、動きから演じるキャラクターが感じている気持ちや感覚が伝わってくる、そこが素晴らしくないですか? とお話して、私がこの映画で目指すのはやはりそこなのだと改めて感じました。
――無表情で感情を伝えるというのは、聞いているだけで難しそうです。
観てくださるお客様にキャラクターが、今感じている空気感や気持ちをどう伝えればいいのか、いろんな考えがある中で、自分が工夫したのは本当に何もせずそのまま自然体でいることでした。それはある意味、私にとっても挑戦でした。先程も言いましたが、役者はカメラの前に立つと、自分が何かを表現しなきゃいけないと考えてしまうんです。なので、今回はそういう部分を取り払って、アングルのために自分がどう動くべきなのかを考えました。それはつまり、私も映画として存在する――役者も映画の一部として存在する、それが今まで私が映画を通してやりたいことだったんだとわかった時はすごく嬉しかったです。こういうの、私もやっとやれるんだって。しかも三宅監督と、それがとても楽しみだったし、実際楽しかったです。
――前半の李さんはセリフも少なく、表情の動きもあまりないのでサイレント映画というのはなるほどと思いました。後半、旅に出て堤真一さん演じるべん造さんに出会ってからは空気感が変わり、宿でお酒を飲みながらにっこり笑う表情がとても印象的でした。
脚本にも書いてありますが、あそこは旅に出かけた李さんの充実したシーンだったんです。脚本上も「ちょっと酔っぱらった李さん」と書いてあり、宿が寒いので飲んだら酔っ払ったんでしょうね(笑)。お酒を飲んで気持ちも良くなり、本当に少しだけ本音も出ちゃったというか。他に彼女の本音が出てくるシーンはあまりないので、実はこんな人なのかなと、ずっと無表情で気持ちをあまり表現しない彼女が酔っ払って少し変わっちゃう、そこを表現してみたいと思いました。
				
				