山田裕貴主演『爆弾』が10月31日に公開される。原作は「このミステリーがすごい!2023年版」で1位を獲得した呉勝浩の同名人気小説で、『帝一の國』(2017)『キャラクター』(2021)の永井聡監督がメガホンを執った。公開を前に原作者の呉勝浩氏にインタビューを敢行。作品に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

「悪が勝って終わる話にはしない」

──本作は先生にとって初めての映画化ですね。映画化の経緯と打診されたときのお気持ちをお聞かせください。

過去作でも映像化の話はありましたが、いろいろあって実現しませんでした。「今回は縁がなかったのか」と思っていたところ、「爆弾」に映画化の話が来ていると連絡がありました。これまで自分の作品では映像化もメディアミックスも経験がなかったので、まずは一度、やってみたいという気持ちが強かったですね。

企画書はいくつか、いただきました。その中でいちばん「原作を大事にしてくれそうだ」「何を表現し、何を伝えようとしているのかを理解してくれている」と感じたのが今回の企画でした。しかも、本気で実現させようとしてくれていることを感じ、最終的にそれがGOサインに繋がりました。

ただ最後まで「また中止になるかもしれない」と半信半疑な気持ちもあったことも事実です。監督、プロデューサー、脚本家の方々と顔合わせの機会をいただいたときにやっと「今回は実現しそうだ」と思えました。

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──永井監督や脚本の八津弘幸さん、山浦雅大さんとは、映画化に際してどのようなやり取りをされたのでしょうか。

最初のミーティングでまず確認されたのは「映画化に際して何か要望はあるか」ということでした。それで私からは「悪が勝って終わる話にはしないでほしい」と伝えました。

原作はスズキタゴサクという怪物を本当の意味で倒すことができなかった。だから安易に「悪万歳」で終わるエンターテインメントにすることもできます。そういう作品も嫌いではありませんが、私は抗いたかった。露悪的に「この世の中は残酷なんだ」と突きつけるような作品にはしたくなかったのです。その思いで原作を書いていましたからね。

それに対して、監督、プロデューサー、脚本家の方々から非常に信頼できる反応が返ってきたのです。その時点で安心でき、「この人たちなら大丈夫だ」と思いました。

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──最初から信頼関係ができていたのですね。

そうですね。自分が考える、作品のコアな部分は絶対に蔑ろにされないと確信しました。

ただ、小説と映画では表現手段が違います。小説なら地の文で説明できますし、「このキャラクターがなぜそのセリフを言うのか」ということも、内面の描写で土台を作ることができます。しかし、映画でそれを全部ナレーションでやるのは不自然です。小説と映画では表現の質が違うことを踏まえると、果たしてどういうものが出てくるのか。この作品を映像化するには避けて通れない「悪」という存在がどこまで魅力的に見えてしまうのか。対抗する側がどこまで拮抗できるのか。これは避けられない課題だと思いました。

──制作サイドから何か「こうしたい」という要望はありましたか。

尺の問題もあり、キャラクターの統合や省略の提案は準備稿の段階で明確にありました。さすがに4時間の映画にはできませんからね。その点は代替案を提示していただき、納得できたので「それでお願いします」とお答えしました。

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──完成した脚本を読んだときの感想、また先生から脚本に意見を出されたことがあれば教えてください。

私はコアな方向性を確認した時点で、ある程度「自分の手から離れている」と思っていました。脚本は読みますが、基本的には作り手側のクリエイティブを邪魔したくない。性格的に一度コミットするとしつこくなってしまうので、観客に近い立場で関わるようにしたんです。

意見を出したのは、類家と清宮の関係性を少し増やしてほしいという点くらい。他には細かな伏線や「ここはあった方がいいのでは」という程度の提案もしましたが、それも「採用できるならお願いします。無理はしなくていいです」というスタンスでした。そのくらい納得できる脚本を最初に読ませていただいたので、安心感があったのです。

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──映画版として大きくアレンジされた部分もあったと思いますが、原作者としてどう感じましたか。

小説と映画は条件が違うので、その点を踏まえて非常にうまくやっていただいたと思います。例えば映画では、坂東龍汰さんが演じられた巡査長の矢吹と、原作で登場する刑事の猿橋・通称ラガーさんの役どころを一人にまとめているのですが、「なるほど、こういうやり方もあるよね」と納得しました。むしろ「原作を出す前に教えてよ」と思うくらい。ストレスはなく「僕の小説をこんな風に料理してくれたんだ」という喜びの方が大きかったですね。

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──警察のキャラクターが多数登場し、誰が主人公になってもおかしくないほど豊かな人物像が描かれています。映画では明確に類家を主人公に据えていますが、原作者としてどのようにご覧になりましたか。

「爆弾」は自分の作品の中でもキャラクター性を強めて書いた小説です。文字だけではちょっとした仕草や表情の移り変わり、声色の違い、セリフの速度などを表現するのが難しいのですが、映画では役者の皆さんがベストパフォーマンスを見せてくださったと思います。特に類家役の山田裕貴さんとスズキタゴサク役の佐藤二朗さんは文字通りデュエルしているようで、素晴らしかったです。この2人の対峙だけで2時間半見られると思うほど緊迫感と迫力があり、圧倒的でした。

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──2人の対峙を見て、自分の中の正義とは何かが揺らいだ気がします。

この作品は「正義とは何か」という読み方も可能ですが、どちらかというと「悪意にどう立ち向かうか」がメインテーマだと思います。悪は成す方が簡単で、それを止める方がはるかに難しい。その不均衡な状態の中で、社会がどんどん悪の方に流れていく。執筆当時、僕が感じていた世の中の悪意をスズキタゴサクに集約させ、自らを卑下しつつ、その奥で全員をあざ笑っているかのような言葉や態度を書きました。そのような悪意に対して、警察はどう対峙するのかが大事だと思っています。

撮影見学の際に山田さんから、類家というキャラクターについて、質問をいただきました。ただ、自分でも、類家はどういうキャラクターなのかを答えるのは非常に難しかった。類家は悪の側も、イージーな正義を信じる人々も理解しています。その上で人間が内側に抱える悪意や嫉妬など負の感情を飲み込みつつ、踏みとどまるという「困難な正義」と向き合わざるを得ない。それを選ぶことをスズキタゴサクに強要されたのです。このことは小説を書いているときではなく、山田さんからの問いかけで気がつきました。自分にとっては発見であり、彼が作品を大切にし、役と真摯に向き合って演じてくれていることを強く感じました。

──山田さんの類家をご覧になって、特に良かった点はどこでしょうか。

類家はスズキタゴサクに次いで、キャラ立ちした人物として演じることができるキャラクターです。スズキタゴサクという怪物と対峙するときには、山田さんも表面的には類家をキャラっぽく演じていた部分もあったと思います。しかし、ある種のゲーム感覚でスズキタゴサクを翻弄しつつ、表情や姿勢などのニュアンスの積み重ねによって、「類家には人間らしい感覚がある」と思わせる。その説得力というか、人間の奥行きを感じさせてくれたのは作者冥利に尽きました。

──先程、撮影現場へ行かれたと話していらっしゃいますが、どのようなシーンの撮影でしたか。

主要な役者が取調室に集まる、作中でも屈指のフィクショナルな場面のリハーサルを見学しました。佐藤さんを中心に役者の皆さんが意見を出し、永井監督が受け止めつつ、自身の美学を示す。衝突しながらも建設的に積み上げていく姿に圧倒されました。映画の撮影現場は大学生のときに手伝いで行ったことがあり、20年ぶりくらいでしたが、こんなに面白いものを見せてもらっていいのだろうかと思うくらい感動しました。

──最後に読者へのメッセージをお願いします。

サスペンス映画として抜群の出来だと思います。見終わった後にすぐ現実に戻れないような感覚を久しぶりに味わいました。原作を読んでいるかどうかにかかわらず、役者たちを見るだけでも価値があります。多くのことを感じ、突きつけられると思います。こんなに危うくて魅力的でワクワクできる映画体験はなかなかありません。ぜひ、映画館で味わっていただきたいです。

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<PROFILE>
呉勝浩
1981年青森県八戸市生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。現在、大阪府大阪市在住。
2015年、『道徳の時間』で、第61回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞、同年『ライオン・ブルー』で第31回山本周五郎賞候補、19年『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』で第72回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補、20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞受賞、同作は第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)も受賞し、第162回直木賞候補ともなった。21年『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補。他に『ロスト』『蜃気楼の犬』『マトリョーシカ・ブラッド』などがある。22年『爆弾』で第167回直木賞候補。

『爆弾』2025年10月31日より全国にて公開

画像: - YouTube youtu.be

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<STORY> 
街を切り裂く轟音と悲鳴、東京をまるごと恐怖に陥れる連続爆破事件
すべての始まりは、酔って逮捕されたごく平凡な中年男・スズキタゴサクの一言だった
「霊感で事件を予知できます。これから3回、次は1時間後に爆発します」   
爆弾はどこに仕掛けられているのか? 目的は何なのか? スズキは一体、何者か?    
次第に牙をむき始める謎だらけの怪物に、警視庁捜査一課の類家は真正面から勝負を挑む   
スズキの言葉を聞き漏らしてはいけない、スズキの仕草を見逃してはいけない 
すべてがヒントで、すべてが挑発 
密室の取調室で繰り広げられる謎解きゲームと、東京中を駆け巡る爆弾探し 
「でも爆発したって別によくないですか?」 
― その告白に日本中が炎上する

<STAFF&CAST> 
原作:呉勝浩「爆弾」(講談社文庫) 
監督: 永井聡 脚本: 八津弘幸 山浦雅大 
出演: 山田裕貴 伊藤沙莉 染谷将太 坂東龍汰 寛一郎 片岡千之助 中田青渚 加藤雅也 正名僕蔵 夏川結衣 渡部篤郎 佐藤二朗 
配給:ワーナー・ブラザース映画 
©呉勝浩/講談社 ©2025映画『爆弾』製作委員会

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