これは警鐘を鳴らす物語でもあり「先週の私たちそのものだった…」なんてことにならないことを願いますーーベネディクト・カンバーバッチ(テオ・ローズ役)

──あなたはこの映画のプロデューサーでもありますが、1981年にウォーレン・アドラーが書いた原作小説「ローズ家の戦争」を再構想しようというアイデアはどこから生まれたのですか?
「最初にこの話をベネチアでデヴィッド・グリーンバウム(当時サーチライト・ピクチャーズの社長)としたのを覚えています。トニー(マクナマラ:本作、『哀れなるものたち』『女王陛下のお気に入り』などの脚本家)が参加する前です。
オリヴィアの名前は最初の話し合いのときからすぐに挙がっていましたが、その後トニーと一緒に5年かけて企画を練り上げました。この作品にはオリジナル映画へのオマージュのような部分もあります。
アイビーとテオの家は、たとえるなら、オリジナル版でマイケル・ダグラスが所有していたクラシックカーのような存在だと思います。この夫婦はお互いのキャリアや社会的な評判を傷つけ合いますし、ディナーパーティーの場でも人目を気にせずに遠慮のない振る舞いをします。
そしてついには、本気で相手を殺したいと思うところまで行き着くんです。でもこれは同時に、オリジナルの題材を私たちなりに解釈した作品でもあります。最初から全員が強い確信を持っていた物語でした。あとは『いつ制作に入るか』ということだけでした。本当に『早くこれをやりたい』と思っていたプロジェクトの一つで、期待通りの作品になりました」
──トニー・マクナマラが書いた本作の脚本はとても面白いですよね。初めて読んだ時、どんな感想を持ちましたか?
「僕にとってこの物語のスリリングなところ、そしてトニーが本当に見事に描いた部分は、ものすごくたくさんの『憤りの種』が潜んでいるということです。
人生において、自分が何を必要としているのかを正直に認めること、そして相手にとって必要なものをどうすれば一番うまく与えられるかを考えられるなら、テオとアイビーに起こったようなことは避けられるんです。でも2人は、自分たちに降りかかる出来事の混乱の中で、お互いを見失ってしまうんです」
──監督のジェイ・ローチは、この作品について「とても笑える瞬間がたくさんあるけれど、本質的には悲劇だ。シェイクスピア劇のようなね」と語っています。そんな彼がこの題材にぴったりな理由は何でしょうか?
「彼は卓越した観察眼と感性を持っています。彼を通して、僕はコメディを真剣に捉えることの大切さを学びました。笑いを成立させて、うまく機能させるのは簡単ではありません。特に、周りのキャストが全員ずば抜けた才能の持ち主なので、なおさらです。
オリヴィアはもちろん、ケイト・マッキノンやアンディ・サムバーグ、ゾーイ・チャオ、スニータ・マニ、ジェイミー・デメトリウ、チュティ・ガトゥといった面々が揃っていますから。彼らは全員、自分の演技をどこまで盛り上げるか、どうアドリブを入れるか、どこまで極端なことをするか、その塩梅を本当に心得ています。
この映画で特に印象に残っているのは、ケイト・マッキノンが僕に体を擦りつけながら、最高に素晴らしくて想像もつかないアドリブを次々に繰り出してきたシーンです。アンディも同じです。彼はその場の奇妙さを捉えるのが本当に上手いんです。そういう瞬間を感じ取り、実際に演じるのを目の当たりにすることは、僕にとってとても勉強になりました」

画像は『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』より
──アイビー役を演じているのは、素晴らしい才能を持つオリヴィア・コールマンですね。彼女と一緒に仕事をしてみていかがでしたか?
「正直に言って、オリヴィアについては、もう語り尽くされていて自分が何を言えるのかわからないくらいです。イギリスでは“国民的財産”と称される存在ですが、それを置いたとしても、一緒に仕事をすると本当に楽しいんです。
彼女は素晴らしい協力者で、明るくて喜びにあふれた前向きなエネルギーを持っていて、僕なら疲れてしまうようなパワーを自然に発揮できる。そして女優としても、コメディと悲劇の間にあるあらゆる表現を自在に演じ分けられる、唯一無二の幅を持っています。
ずっと前からオリヴィアと一緒に仕事をしてみたいと思っていました。僕たちは友人でしたが、これほど長い時間を一緒に作品に取り組む機会は今までなかったんです。この作品で彼女と一緒に演じられるのは、本当に最高のダンスパートナーだと思いました」
──観客は本作でどのようなトーンや多彩なコメディを楽しめるでしょうか?
「僕が演じたテオのキャラクターは、イギリスのコメディの古典的な系譜に近いと思います。たとえばバジル・フォルティ、デイビッド・ブレント、アラン・パートリッジや、『Rising Damp』のレナード・ロシター演じるRigsbyのような感じです。
失敗を題材にしたコメディというのは、その人物の体や顔、感情にどう表れるのか、そしてそれをどこまで突き詰められるのかが魅力なんです。何度も読み返しているシーンなのに、毎回声を上げて笑ってしまいます。
特にディナーのシーンは本当に秀逸で、文化を絶妙にずらした観察がとても面白いんです。それは、人が他人のどこに可愛げを感じるのか、そしてイギリス的な皮肉や冷笑をどう誤解しているのかを鋭く捉えた描写なんです。
でも、正直に言うと、僕はそういう皮肉や冷笑の文化はあまり好きではありません。ちょっと意地悪だと思うからです。そうした態度は、本当はきちんと向き合ったり、正直に表現したりすべき感情を覆い隠してしまうんです。でも私たちは、そうした感情に少しずつ向き合えるようになってきていると思います」
──観客が『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』に強く心を動かされ、夢中になって観ることになるのはなぜだと思いますか?
「テオとアイビーがとても共感しやすい人物だからだと思います。この映画を観に来る人なら、結婚している人でも、親しい関係にある人でも、子どもがいるかいないかに関わらず、2人が直面するさまざまな力関係や葛藤、障害、そしてそれにどう向き合うかにきっとたくさん共感できる部分があると思うんです。
まあ、あまりにも共感しすぎないことを願っていますが!結局のところ、これは警鐘を鳴らす物語でもあり、『先週の私たちそのものだった…』なんてことにならないことを願います。
大事なのは、結婚していなくても、2人ほど極端な状況に置かれていなくても、人間としてのテオとアイビーの姿にはきっと共鳴できるということです。そこが、この作品をとても身近で、悲しくて、そして同時に面白いものにしている理由だと思います」
ベネディクト・カンバーバッチ プロフィール
1976年7月19日、英・ロンドン生まれ。TV映画『ホーキング』(04)で物理学者スティーヴン・ホーキング氏を演じて英国内で高い評価を受け、「SHERLOCK/シャーロック」(10~17)のシャーロック・ホームズ役で世界的に注目され、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(14)『ドクター・ストレンジ』(16)『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(21)など幅広い作品に出演。待機作はガイ・リッチー監督の新作『Wife & Dog(原題)』。
『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』
10月24日(金)より公開
監督:ジェイ・ローチ
出演:オリヴィア・コールマン、ベネディクト・カンバーバッチ、アンディ・サムバーグ、ケイト・マッキノン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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