中学時代の初恋の相手同士である男女が、時を経て再会。互いに独り身となり、様々な人生経験を積んだ2人が意気投合し、離れていた時間を埋めるように心を通わせていく。『平場の月』は「これまでにない大人の恋愛小説」として話題を呼んだ、朝倉かすみの人気同名小説を原作としている。SCREEN ONLINEではメガホンをとった土井裕泰監督にインタビューを敢行。作品に対する思いや演出について語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

堺雅人、井川遥と3人で1つ1つ検証しながら作っていった


──プロデューサーに勧められて原作小説をお読みになったとのことですが、いかがでしたか。

50代の男女の恋愛小説と聞いて読み始めました。自分の健康のことや親の介護など、50歳を過ぎたら自然に向き合わなければならない日常の出来事の延長線上に、再会と恋愛が描かれていて、リアルな生活感のあるラブストーリーとして、映像化してみたいという気持ちがわきました。

──50代の恋愛を描く作品は、不倫などスキャンダラスな要素が多くなりがちですが、この作品はそういった側面がないことが新鮮でした。

そうですね。二人ともすでに人生でいろんな経験をしていて、いくつかの傷を負って今に至っているからこそ、相手へのいたわりや遠慮がちゃんとある。不倫などの濃い味つけではない、どこか身につまされるような、そんな「平場」の人たちの話を堺さんと井川さんでやるというのも、ちょっと意外性があって新鮮に見えるんじゃないかなと思いました。

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──脚本はあえて主人公より一世代若い向井康介さんにお願いしたと聞きました。

僕は主人公たちよりも一世代上です。だから、逆に若い人たちがこの物語をどう見るのかに興味がありました。いろんな世代の目線が入ることで、より広がりのある作品になると考えたのです。この作品は15歳の頃の話も並行して描くので、これまで青春映画の秀作を手掛けられてきた向井さんがどう描かれるのかにもすごく興味がありました。

主題歌を星野源さんにお願いしたのも、そういった思いがあってのことです。星野さんならではの表現で、深い読後感をあたえてくれる素晴らしい楽曲を提供してくださったと思っています。

──原作では恋の結末を明かしてから一旦、時を遡り、2人の再会から物語は進むという作りになっています。映画は結末を明かさずに、時を遡りますね。

原作と同様に、冒頭で現在から過去へと時間が戻る構成を採用しましたが、先に結末を明かさず観客の方たちが青砥と同じタイミングで事実を知るということにこだわりました。この二人の恋の行方と、人生の選択をともに体験し、見守ってほしかったからです。

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──原作者の朝倉かすみ先生が過去のインタビューで「主人公の青砥健将は私が男の人に思っている、良いところの集大成」と語っていました。同性の監督からご覧になると青砥健将はどのように見えますか。

めっちゃいいやつですよね。ディスコでナンパして、できちゃった結婚して、離婚してアル中になりかけて…ちゃんとダメなところがあって愛せる(笑)。絶対的に優しいですしね。

そもそも、堺さんは原作本がボロボロになるくらい読み込んでから現場に入ってこられたので、堺さんがカメラの前に立った時に「なるほど、青砥ってこうなんだ」と自然に思わせられる説得力がありました。この物語は青砥の目線で須藤という女性を探っていく話でもありますから、堺さんの演じる青砥を信じて演出してゆきました。

── 一方で須藤葉子については「男の人が理想と思わないようなタイプの女の人を書こうと決めました」と朝倉先生は語っていたのですが、監督からご覧になっていかがですか。

なかなか厄介な人ですよね(笑)劇中で同級生が須藤のことを「業が深い」と評していますが、自分でもどこかそれを分かっていて、抗おうとしても抗いきれない、そんなもどかしさを抱えて生きてきたんだと思います。だからちょっと危ないような放っておけない魅力があるし、人生経験を積んだ腹の座り方もある。恋愛対象としては厄介だけど、人間としては非常に面白い人だと思いながら、須藤を探っていくようにこの映画を作っていきました。

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──須藤は作品の中で何人もの人から「太い」と表現されています。

須藤についての「太い」という表現は、他の言葉は代替できない特別なニュアンスがありますよね。

以前、ドラマで井川さんとご一緒した時に、「あ、井川さんはちゃんと生活をしている人だな」と感じたことがあるんです。穏やかだけれど、ちゃんと腰が据わっているというか。なので、今回の須藤のキャスティングを考えた時に、一見ミスマッチのように見えるけれど、むしろ見たいというか、僕の中ではぜんぜんありだなと思えたんです。

──須藤の言葉遣いが井川さんのイメージと違っていたので、少し驚きました。

須藤という人物は、読む人によってイメージが違います 。だから井川さんが作ってきた須藤と僕のイメージをひとつひとつの現場ですり合わせながら、堺さんも交えて「須藤だったらどうするか」を青砥と対峙して演じてもらいながら検証していきました。須藤は究極のツンデレみたいな人ですから(笑)、嬉しくても素直に笑ってくれるとは限らない。大変な作業でしたが、毎シーン発見があって楽しかったですね。その積み重ねでこの作品の「須藤」はできあがっていきました。

──主人公は青砥ですが、印象に残る言葉は須藤のものであることが多いように思います。

原作が青砥の一人称で書かれていて、須藤の発したフレーズが各章のタイトルにもなっていることからもわかるように、やはりこの物語は私たちが青砥と一緒に須藤というひとりの女性を探っていく話なんですよね。その印象的なフレーズにちゃんとたどりつけるように、そして後になってからその言葉の本当の意味を思い返せるように、そんな思いでひとつひとつの場面を作っていきました。

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──青砥の元妻を吉瀬美智子さんが演じています。青砥のお母さんのお葬式のシーンだけでしたが、吉瀬さんという存在を見て、2人がなぜ別れることになったのか、何となく察しがつき、しかも帰り際の表情から青砥と須藤がひかれあっていることを元妻が察したことも伝わってきました。どのように演出されましたか。

これは原作にはない場面なのですが、この三人のなかに流れるであろう一瞬のあの得も言われぬ空気を描いてみたくて、「忘れ物を届ける」というシチュエーションをつくりました。その時の芝居について特に細かく演出をしたわけではありませんが、堺さん、井川さん、吉瀬さん、3人の大人の俳優さんたちが、すべてを理解して見事に表現してくださいました。セリフがなくても表情だけで観ている人たちの想像力に訴えることができる、これが映画ならではの面白さなのだと思います。

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──映画オリジナルのキャラクターの存在も印象に残りました。

塩見(三省)さんが演じた焼鳥屋の大将は、2人を少し離れたところから見守っている唯一の存在です。映画の脚本を作っていく作業の中で自然に生まれてきた役なんです。成田(凌)くんの役は原作には実像は出てこないのですが、ちょっと会ってみたくなるような人物だったので登場してもらいました。彼と会ったことによって、その日の夜に青砥が須藤と結ばれるという、物語のエンジンになるような大きな役割になりましたね。

画像1: 【インタビュー】青砥の目線で須藤という女性を探していく『平場の月』土井裕泰監督
画像2: 【インタビュー】青砥の目線で須藤という女性を探していく『平場の月』土井裕泰監督

──挿入歌として薬師丸ひろ子の「メイン・テーマ」(1984年5月16日発売)が何度も使われています。作品を拝見していて、つい口ずさみそうになるのを堪え、見終わってからもしばらく頭を離れませんでした。なぜこの曲を選んだのでしょうか。

原作の中にも彼らが中学の時に流行っていた歌の話をするくだりがあるのですが、歌謡曲やテレビ番組とかってあっという間に時間を遡って「あの頃」を共有できるアイテムなので、なにか必要だと思っていました。映画のプロットを作り始めたのは2020年でしたが、その時に50歳の人たちが中学3年ぐらいの時に流行っていた曲をリストアップした中に「メイン・テーマ」がありました。僕は薬師丸さんと完全に同世代なので、すぐに景色が浮かぶ感じがありましたし、歌詞も含めて、この物語にものすごくフィットしているなと思ったのです。

その後、制作時期がずれてしまい、改めて他の曲の候補も考えたのですが、「メイン・テーマ」を超えるものは見つけられませんでした。それくらい、もう僕の中ではこの作品と切り離せないものになっていたのです。この映画では、青砥に原作とは違うラストシーンを用意しました。その時の青砥の感情を引き出すためにも、「メイン・テーマ」という曲は本当に重要な役割を果たしています。

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──これからご覧になる方に一言お願いします。

ラブストーリーではありますが、人生の後半を生きていく人たちのリアルな物語であり、エールを送るような気持ちを込めて作りました。主人公たちと同世代の人たちだけでなく、若い人たちにもいろいろなことを考えてもらえる映画だと思います 。幅広い世代の方々にご覧いただけるとうれしいです。

<PROFILE> 
土井裕泰 
早稲田大学卒業後、1988年にTBS入社。「愛していると言ってくれ」(95)、「青い鳥」(97)、「Beautiful Life」(00)、「GOOD LUCK」(03)等、数々のヒットドラマを手掛ける。2004年に『いま、会いにゆきます』で映画監督デビュー。以降、コンスタントにテレビドラマ、映画それぞれで話題作を手掛け、『罪の声』(20)では第45回報知映画賞作品賞、第44回日本アカデミー賞優秀監督賞、優秀作品賞などを受賞し高く評価を集める。『花束みたいな恋をした』(21)では、一組の男女の出会いから別れまでの5年間を丁寧に描き、興行収入38億円を突破する社会現象となった。 
2025年は『罪の声』で組んだ野木亜紀子のオリジナル脚本による新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」、『花束みたいな恋をした』以来となる脚本家・坂元裕二とのタッグ作『片思い世界』と話題作を手掛けている。

画像3: 【インタビュー】青砥の目線で須藤という女性を探していく『平場の月』土井裕泰監督

『平場の月』2025年11月14日(金)全国東宝系にてロードショー

画像: - YouTube youtu.be

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<STORY> 
妻と別れ、地元に戻って印刷会社に再就職し、慎ましく、平穏に日々を生活する、主人公・青砥健将(あおと けんしょう)。 
その青砥が中学生時代に想いを寄せていた須藤葉子(すどう ようこ)は、夫と死別し今はパートで生計を立てている。 
お互いに独り身となり、様々な人生経験を積んだ二人は意気投合し、中学生以来、離れていた時を埋めていく――。 
ある日、アパートの部屋から月を眺めていた須藤。 
「お前、あのとき何考えてたの?」 
青砥にそう問われ、 
「夢みたいなことだよ。夢みたいなことをね、ちょっと」 
そう答えた須藤。 
再び、自然に惹かれ合うようになった二人。 
<やがて未来のことも話すようになるのだが・・・。

<STAFF&CAST> 
原作:朝倉かすみ「平場の月」(光文社文庫) 
監督:土井裕泰  
脚本:向井康介  
主題歌:星野源「いきどまり」(スピードスターレコーズ) 
出演: 堺雅人 井川遥 坂元愛登 一色香澄 中村ゆり でんでん 安藤玉恵 椿鬼奴 栁俊太郎 倉悠貴 吉瀬美智子 宇野祥平 吉岡睦雄 黒田大輔 松岡依都美 前野朋哉 成田凌 塩見三省 大森南朋 
配給:東宝 
© 2025映画「平場の月」製作委員会

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