カバー画像:『アフター・ウェディング』より © 2006 Zentropa Entertainments16 ApS. & After the Wedding Ltd./Sigma Films III Ltd. All rights reserved 2006
コミカルな動きの中にどこか凛とした美しさを感じる
最後に非リアリズム的な映画としては、デンマークの人気脚本家であり監督のアナス・トマス・イェンセンとタッグを組んだ『ブレイカウェイ』(00)、『フレッシュ・デリ』(03)、『アダムズ・アップル』(05)、『メン&チキン』(15)がある。イェンセン監督とマッツは、監督の初めての長編作『ブレイカウェイ』から最新作『Den Sidste Viking(原題)/The Last Viking (英題)』(25)まで、25年もの長きに渡って一緒に映画を作り続けてきた。今回上映される4作品はこの軌跡をたどるのに最適だ。
また、イェンセン監督はブラックコメディを得意としており、4作品すべてが皮肉の効いた物語となっている。マッツがブラックコメディに出演するのもデンマーク映画ならではだろう。ちなみに前に触れた『アフター・ウェディング』の脚本を書いているのはイェンセン監督である。監督作と脚本作で作風が全く異なるのも彼の特徴だ。
『ブレイカウェイ』は盟友アナス・トマス・イェンセン監督と初タッグを組んだ作品
© M&M Rights ApS og DR TV-Drama
『アダムズ・アップル』もイェンセン監督ならではの強烈な皮肉の効いた物語
© 2005 M&M Adams Apples ApS.
さて、これらイェンセン作品でまず目を奪われるのはマッツの変貌ぶりだ。イェンセン監督は自身の作品の中でマッツの顔をおかしな方向に変貌させる。それは、マッツの端正な顔をインパクトのある見た目にすることを毎回楽しんでいるのではないかと思うほどである。そんなマッツの顔に衝撃を受ける人も多いかもしれないが、ぜひ注目してほしいのはマッツが表現するコミカルな動きだ。特にコメディ色が強い『フレッシュ・デリ』や『メン&チキン』では、リアリズム映画における演技とは異なり、その身体は優美さとはほど遠いギクシャクとした動きを見せ観客の笑いを誘う。この動きに合わせるように目の演技はキャロキョロと落ち着きない様子が強調され、その眼差しには狂気をも感じる。身体を使いこなすことに長けたマッツならではの怪演であるが、コミカルな動きの中にどこか凛とした美しさを感じるのは私だけだろうか。
マッツの端正な顔の変貌ぶりに目を奪われる『フレッシュ・デリ』
© 2003 M&M De Grønne Slagtere ApS.
『メン&チキン』には、コミカルな動きの中に隠しきれない身のこなしの美しさがよく表れている場面がある。それは「めん棒」を武器に使った異色のアクションシーンだ。このシーンの鬼気迫るマッツの演技の奇妙さをぜひ劇場で体験してほしい。あまりのおかしさに言葉を失うかもしれないが、それもイェンセン監督とマッツのコラボレーションの醍醐味であろう。
このように今回の上映では、ジャンルも方向性も異なる7本の代表作をとおしてマッツの演技を味わい尽くせる。今まで知らなかったマッツと出会えるまたとない機会となっている。

『メン&チキン』ではコミカルな動きの中に隠しきれない身のこなしの美しさが表れる
©2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS
【 COLUMN 】
マッツの映画で学ぶ!デンマーク語ひとことレッスン
「〈北欧の至宝〉マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」で上映中の作品を観てデンマーク語に興味を持った人も多いかもしれません。そんな人に向けて、どこかで使えるかもしれないデンマーク語フレーズを『フレッシュ・デリ』から紹介します。
“Prøv lige at smage den her marinade.”
(プロウ リー ア スメーイェ デン ヘア マリネーデ)
「俺のマリネだ 味見してみろ」 by スヴェン
このPrøv lige at smage den her…は「この~をちょっと味見してみて」という表現で、食事中などによく使われます。例えば、友達とカフェに行き、自分の頼んだケーキが美味しくて、「このケーキちょっと味見してみて」と言いたい時は、”Prøv lige at smage den her kage.” となります。機会があればどこかで使ってみてください。
公開中
〈北欧の至宝〉マッツ・ミケルセン生誕60周年祭
【上映作品】
『ブレイカウェイ(2000)』
犯罪者として生きてきた4人の男たちが新しい人生を模索する姿を描く、北欧映画の隠れた名作
(※日本劇場初公開)
『フレッシュ・デリ(2003)』
精肉店の繁盛の裏に潜む恐ろしい真実とは?マッツの怪演が光る衝撃のブラックコメディ
(※日本劇場初公開)
『アダムズ・アップル(2005)』
旧約聖書の「ヨブ記」や“アダムのリンゴ”の寓話をモチーフにした予測不能な人間ドラマ
『アフター・ウェディング(2006)』
結婚式での予期せぬ再会が過去と家族の絆を呼び覚ます―ハリウッド・リメイクもされた感動作
『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮(2012)』
デンマーク王室を舞台に若き王妃と理想に燃える侍医の禁断の恋を描く格調高い歴史劇
『偽りなき者(2012)』
カンヌ国際映画祭で男優賞受賞! 園児の些細な嘘が男の人生を崩壊させていく社会派ドラマ
『メン&チキン(2015)』
父の死をきっかけに本当の家族を探す旅に出た兄弟が出生の秘密と向き合う異色の家族劇
(※日本劇場初公開)
配給:シンカ



