1995年11月 『デッドマン』

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ジョニーが初めて日本にやってきたのは今から30年前の1995年。『デッドマン』のキャンペーンで、監督のジム・ジャームッシュと一緒だった。義理堅いジョニーはおそらく親友ジムの新作を助けたいという気持ちから宣伝役を買って出たのかも。32歳で反骨精神旺盛だった頃のジョニーは、それでも本誌のインタビューではどんな質問にも真摯に答えてくれる誠実さも見せてくれた。次の来日まで10年も待たなければならなかったのだが。
2005年9月 『チャーリーとチョコレート工場』

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『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』で世界的人気スターとなったジョニーが、10年ぶり2度目の来日を果たしたのは『チャーリーとチョコレート工場』のキャンぺーンで。空港で出迎えたファンの熱狂ぶりも前回を遙かに超えるもので、ジョニーもびっくり。この時はすでに2児の父になっていたせいか、盟友ティム・バートン監督と一緒だったためか、柔和なイメージも垣間見せてくれた。ここから毎年のように来日が続く。
2006年7月 『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』

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3度目の日本訪問は『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』の宣伝で、初めて“ジャック・スパロウ船長”としての来日になった。成田空港に彼を出迎えたファンの数は3500人と歴代最高の記録を作ったほど。この時は共演のオーランド・ブルームらも一緒で、ジョニーはアニキ的な存在感も漂わせていた。さらに「このシリーズは9000作目まで続けたい」と発言するなど、ジャック役がお気に入りであることをアピール。
2007年5月『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』

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シリーズ第3弾の『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』での来日は、前年に続くオーランドに加え、チョウ・ユンファ、ジェフリー・ラッシュ、ビル・ナイといった共演者たちに、ゴア・ヴァービンスキー監督や製作者ジェリー・ブラッカイマーも揃った大所帯で乗り込んできたジョニー。なんと日本武道館でジャパン・プレミアを行い、集まったファンを熱狂の渦に巻き込んだ。その姿は「パイレーツ」一座の座長のよう…。
2008年1月 『スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師』

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「パイレーツ」シリーズを一旦終えたジョニーは再びティム・バートン監督と組んだダーク・ミュージカル『スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師』での来日。バートンと一緒に会見やイベントに出席したジョニーはリラックスした様子。とはいえ空港到着から六本木のイベント会場に到着するまでわずか4時間のタイト・スケジュール。それでもファン・サービスを欠かさず、その表情も柔らかで、“いい人ジョニー”が全開だった。
2009年12月 『パブリック・エネミーズ』

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6回目は2009年の年末に『パブリック・エネミーズ』の宣伝でやってきたジョニー。夜遅くの成田着だったが、待っていた数百人のファンに手を振って挨拶。赤ちゃん連れの夫婦を見ると、近づいて子供の足をそっとなでる優しい面も見せてくれた。記者会見にも600名の取材陣が集まり、「できればもっと頻繁に日本に来たいよ」と嬉しい言葉を残したジョニーは、ジャパン・プレミアでも大勢のファンの握手やサイン攻めに笑顔で応えていた。
2010年3月『アリス・イン・ワンダーランド』

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7回目の来日は前回からわずか3か月後に実現。またもやティム・バートン監督と組んだ『アリス・イン・ワンダーランド』の宣伝のためだったが、この頃ジョニーは新作『ツーリスト』の撮影中。それでも大好きな日本のためと撮影の合間を縫ってパリから駆けつけてくれたのだ。緊急来日だったが空港には1000人ものファン、会見には350人もの記者が詰めかける人気ぶり。そんな熱烈歓迎にいつも心動かされるとジョニーも感動していた。
