かつてSF作品の中の存在だったAIは今や現実のものとなり、現代社会を劇的に変えつつあります。AIが司法を担う近未来を描く新作『MERCY/マーシー AI裁判』の世界も遠い話ではないのかもしれません。映画がいかにしてAIを描き、未来を予言してきたのか、年代ごとの10本の名作を通してその変遷を辿ります。(デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:『MERCY/マーシー AI裁判』より

映画史で今も大きなインパクトを残す『2001年宇宙の旅』の「HAL 9000」

今や現代人の生活に欠かせない存在となりつつあるAI(人工知能)。しかし、それが現実になるずっと前から、SF映画はAIの驚異と可能性をスクリーンに描き続けてきた。各年代を代表する10本の名作を通して、その進化と変遷を振り返ってみよう。

AIという概念自体が誕生したのは1950年代とされるが、映画史における現代的なAIの原点にして、今なお最大のインパクトを残しているのが、『2001年宇宙の旅』(1968)に登場した「HAL 9000」。“赤い目”だけで感情を見せず、宇宙船の乗組員を排除しようとするその姿は、長きにわたりAIに対する恐怖の象徴となった。

80年代に入ると、AIがもたらす恐怖の質はより物理的なものへと変化。『ターミネーター』(1984)に代表されるように、自我を持ったAIが人間を抹殺しようとする描写が主流になっていく。急速なテクノロジーの進化と、冷戦下の核開発競争などを背景に、当時のAIは人類に牙を剥く破壊兵器としてのイメージが強くなった。

そして90年代、インターネットの普及とともに、戦いの場は物理空間から電脳空間(仮想現実)へとシフト。『マトリックス』(1999)では、AIが仮想世界を構築し、人類を支配する様が描かれた。一方で2000年代になると、人型ロボット技術の進歩に伴い、「機械に心は宿るのか」という問いがテーマとして浮上。『A. I. 』(2001)や『アンドリューNDR114』(1999)、『アイ,ロボット』(2004)のように、人間に憧れ、共存を模索するAI(ロボット)の姿が描かれ、恐怖の対象だったAIは、時に共感を呼ぶ存在へと変化した。

近年のAI映画の大きなテーマは「人間の役割の代行」

2010年代はスマホの普及により、いよいよAIが身近になり、日常に溶け込んでいく時代。『エクス・マキナ』(2014)のようにヒューマノイドが人間を心理的に翻弄したり、『ブレードランナー 2049』(2017)のようにホログラムの恋人が主人公の孤独を癒したりと、より親密な距離感での関わりが描かれた。

そして生成AIが急速に普及した現在、2020年代。映画はかつてないほどリアルな脅威を描き始めている。『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』(2025)における最大の敵は「それ(エンティティ)」と呼ばれる意思を持ったAI。あらゆるデジタル情報を改ざんする“姿なき脅威”は、フェイクニュースやアルゴリズムに真実が飲み込まれていく現代の恐怖そのものだ。

また、近年のAI映画の大きなテーマになっているのが「人間の役割の代行」。子どもを守るAI人形を描く『M3GAN/ミーガン』(2022)や、スマートホームの暴走を描く『AFRAID アフレイド』(2024)では、育児や家事などの管理をテクノロジーに委ねた結果、主導権を奪われる恐怖が描かれる。そして最新作『MERCY/マーシー AI裁判』が描くのは、ついに「裁き」の代行だ。AIが未知の脅威だった時代とは異なり、近年の映画はもはや絵空事ではない“リアルな未来予想図”を見る者に突きつけている。

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