ナポリ郊外の街を舞台に、養子縁組という大きな決断に揺れる一家の姿を描いた『ヴィットリア 抱きしめて』。本作が特異なのは、主人公ジャスミンとその家族が“自分自身”を演じている点にある。ドキュメンタリーとフィクションの境界を軽やかに越えながら、理屈では説明しきれない衝動や葛藤、そして愛のかたちをすくい上げた本作について、アレッサンドロ・カッシゴリ監督とケイシー・カウフマン監督に話を聞いた。(取材・文/ほりきみき)

本物の人生を、もう一度生きるという選択


──ジャスミンを演じたマリレーナ・アマートとその家族が、自分たちの実体験を自ら演じるという手法をとられました。プロの俳優ではなく本人を起用することで、どのようなリアリティをスクリーンに焼き付けたいと考えたのでしょうか?

アレッサンドロ・カッシゴリ監督(以下、カッシゴリ):私たちはまず、マリレーナから聞いた真実の物語にとても感動し、強い印象を受けました。映画化にあたって、プロの俳優に演じさせるか、彼女たち自身に演じてもらうかを検討しましたが、ほんの数秒の間で、彼女たち自身に再度自分の人生を映画の中で生きてもらうのが良いと決めました 。プロではない俳優は、自分たちが実際に生きた人生、葛藤、真の感情をスクリーンに持ち込むことができ、これはプロの俳優にはできないことだからです 。

実際、彼らは撮影中、脚本に書かれたセリフを超えて、当時は言えなかったわだかまりや問いかけを互いにぶつけ始めました。彼らは「カメラが存在しないかのように」本気で問題を解決しようとしていたといいます。その結果、撮影現場は単なる「再現」の場ではなく、家族が過去の未解決な問題に再び向き合う場となりました。

それによって、 演技として「見せる」感情ではなく、フィクションの枠組みを借りて、彼らが「今この瞬間」に真実の感情をぶつけ合う、予測不能で生々しい人間関係のダイナミズムを焼き付けることができたと思います。

画像1: 本物の人生を、もう一度生きるという選択


──本人が過去の葛藤を「追体験」して演じる中で、脚本になかったような感情の爆発や展開が生まれたのですね。

ケイシー・カウフマン監督(以下、カウフマン):私たちは、彼女たちの実際の体験に基づいて脚本を書き上げました。ただし撮影に入ってからは、セリフを一言一句その通りに話すように指示することはしていません。あくまで「このシーンがどんな意味を持つのか」「どんな状況なのか」を共有したうえで、あとは彼女たち自身が自由に感情を表現できるようにしていました。

その結果、私たちが事前に想定していた展開とは異なる瞬間が、撮影の中で何度も生まれました。予期していなかった感情の動きややり取りが自然に立ち上がってきたんです。

こうした予測不能な瞬間こそが、本作における大きな魅力であり、プロではない出演者たちの強みだと感じています。彼女たちは、自分が本当に感じた感情をそのまま表現することができる。その生々しさが、映画に特別なリアリティをもたらしているのだと思います。

この脚本にない展開は、映画のリアリティを高めただけでなく、現実の家族関係にも影響を与えました。困難な節目を一緒に振り返り、本気でぶつかり合ったことで、撮影が終わる頃には家族の絆が撮影前よりも強くなるという、素晴らしい結末をもたらしたのです。

画像2: 本物の人生を、もう一度生きるという選択


── ジャスミンの「娘が欲しい」という強い想いは、時に利己的にも見えます。彼女のこの「本能的な欲望」を、美化しすぎずに描こうとした意図を教えてください。

カッシゴリ:彼女本人と多くの対話を重ねながら、この物語をどのように描くべきかを丁寧に考えていきました。その過程で私たちが辿り着いたのは、彼女の欲望を理屈で説明したり、整った形に言い換えたりするのではなく、たとえ非論理的で、時に突飛に見えるものであったとしても、そのまま提示するべきだという考えでした。

ジャスミンは、いわゆる誰からも好かれる“理想的な主人公”ではありません。けれども、だからこそ私たちはその人物像に強く惹かれました。彼女の中にある、時に利己的にも見える衝動を正当化したり、美化したりするのではなく、説明も加えずに、そのまま観客の前に差し出すこと。それがこの作品にとって重要だと感じたのです。

そして最終的には、物語の終盤、彼女が少女を抱きしめるあの瞬間がすべてを物語ると考えました。そこにある感情――愛の実感――が、言葉による説明や評価、批判を超えていく。あのラストシーンには、そうしたすべてを受け止め、静かに終わらせるだけの力があると思っています。

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──リーノは最初反対しますが、最終的に妻を愛ゆえに受け入れます。この「納得はしていないが共感する」という複雑な男性像には、どのような想いを込めましたか?

カウフマン:最初にマリレーナからこの物語を聞いたとき、特に強く印象に残ったのがラストの出来事でした。実際に少女と対面した瞬間、マリレーナは精神的に大きく揺さぶられ、取り乱してしまった。しかし、その状況を最終的に受け止め、支えたのが夫のリーノだったと聞き、私たちはそこにこの映画の核となるモチーフがあると感じたのです。

そのため、ラストシーンの撮影では、彼らが語ってくれた出来事をできる限りそのまま再現することを重視しました。特定の「男性像」を提示しようとしたわけではなく、あくまで彼らの現実に起きたことを丁寧にすくい取ろうとした結果です。

ただ、そのエピソードに触れる中で私たちが強く惹かれたのは、「自分は完全には納得していない。それでも愛する人のために、その選択を引き受ける」という在り方でした。リーノは決して最初から同意していたわけではありませんが、最終的には愛ゆえに行動する。

妻と夫は異なる理由や動機を抱えながらも、結果として同じ場所にたどり着く。そのズレと一致が同時に存在する関係性に、私たちは大きな人間的な深みと感動を感じました。そこにこそ、この作品が描こうとしたひとつの核心があると思っています。

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──ケイシー・カウフマン監督のジャーナリストとアレッサンドロ・カッシゴリ監督のドキュメンタリー作家という背景が、劇映画を作る上での最大の武器になっていると感じる点はどこですか?

カッシゴリ:分野としては異なっているように見えますが、ケイシーは主に映像やルポルタージュの分野で活動してきたジャーナリストであり、私たちはともにドキュメンタリー的なアプローチを出発点にしていると言えると思います。

映画を撮る以前から長い友人関係にあり、映像について、物語について、さまざまなことを話し続けてきました。そうした積み重ねの中で、ごく自然に「いつか一緒に作品を作る」という流れが生まれ、現在の共同制作へとつながっています。

また、共同監督とはいえ明確に役割を分担しているわけではなく、脚本の執筆から演出に至るまで、すべてのプロセスを二人で共有しています。性格はかなり異なりますが、その違いがむしろ互いを補完し合い、一つの視点に収束していく。そのバランスが作品にとって大きな強みになっていると感じています。これまで非常にうまく機能してきた関係ですし、今後もこの形で一緒に映画を作り続けていきたいと考えています。

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<PROFILE> 
アレッサンドロ・カッシゴリ監督&ケイシー・カウフマン監督 
『ヴィットリア 抱きしめて』(24) は、アレッサンドロ・カッシゴリとケイシー・カウフマンによる2本目の長編劇映画となる。 彼らの劇映画デビュー作『カリフォルニエ』(21)は、ヴェネツィア国際映画祭の「ジョルナーテ・デリ・アウトーリ部門」にてプレミア上映され、ヨーロッパ・シネマズ賞(Europa Cinemas Label)とBNL最優秀脚本賞を受賞した。その後イタリア・ゴールデングローブ賞にノミネートされ、ナンニ・モレッティ主催の新進監督コンペティション「Bimbi belli」で最優秀作品賞を受賞した。 劇映画に取り組む前は、カッシゴリとカウフマンは『Butterfly』(18)という長編ドキュメンタリーを一緒に監督し、イタリア・ゴールデングローブ賞の最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。 二人がタッグを組む以前は、アレッサンドロはベルリンに住み、アルテ・ナショナルギャラリーのためのドキュメンタリーを撮っていた。一方、ケイシーは中東でアルジャジーラ・テレビの現地ジャーナリストとして活動していた。  

◆フィルモグラフィー  
2024年 『ヴィットリア 抱きしめて』ヴェネツィア国際映画祭 アルカ・シネマ・ジョヴァーニ部門&FEDICアワード最優秀作品賞受賞  
2021年 『カリフォルニエ』ヴェネツィア国際映画祭 ヨーロッパ・シネマズ賞&BNL最優秀脚本賞受賞  
2018年 『Butterfly』イタリア・ゴールデングローブ賞 最優秀ドキュメンタリー賞受賞  
2017年 『The Things We Keep』バイオグラフィルムフェスティバル最優秀作品賞ノミネート

左がケイシー・カウフマン監督、右がアレッサンドロ・カッシゴリ監督

『ヴィットリア 抱きしめて』2026年4月10日(金) 新宿武蔵野館、HTC渋谷ほか 全国順次公開

画像: 予告編『ヴィットリア 抱きしめて』(4/10公開) www.youtube.com

予告編『ヴィットリア 抱きしめて』(4/10公開)

www.youtube.com

<STORY> 
イタリア、ナポリ南部のトッレ・アンヌンツィアータに暮らすジャスミンは、夫と3人の息子たちに囲まれ、オーナーを務めるヘアサロンは常連客で大繁盛と、満ち足りた日々を送っていた。 だが40歳を迎えた頃、父の死をきっかけに異変が起きる。 父から金髪の少女を託される夢を繰り返し見るようになり、自分の人生には「娘」が必要だという想いに囚われる。娘を持つ方法を考えた結果、ジャスミンは養子縁組で娘を迎え入れることを決意する。夫のリーノは当初、反対していたが、ジャスミンの意思は固く、仕方なくサポートすることに・・・。  
ところが、イタリア国内での養子縁組はハードルが高く、それをクリアしたとしても性別を選ぶことは許されないことだった。家庭内が疲弊していく中で、長男がストレスからくるパニック発作で病院に運び込まれてしまう。夫から「あきらめるんだ。家族のために」と諭されたジャスミンは一度は断念したものの、どうしてもあきらめきれず国際養子縁組という手段を選ぶ。 心を決めたジャスミンは、リーノと共にベラルーシの児童養護施設へと向かう。 そこで2人が下した、大きな決断とは――。

<STAFF&CAST> 
監督・脚本:アレッサンドロ・カッシゴリ、ケイシー・カウフマン  
出演:マリレーナ・アマート、ジェンナーロ・スカーリカ、ヴィンチェンツォ・スカーリカ、アンナ・アマート、ニーナ・ロレンツァ・チャーノ 
2024年/イタリア/イタリア語/84分/カラー/ヴィスタ/5.1ch/原題:VITTORIA /日本語字幕:関口英子 / G /後援:イタリア大使館 / イタリア文化会館  
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム  
©2024 Zoe Films, Sacher Film, Scarabeo Entertainment, Ladoc 
公式サイト:https://cinema.starcat.co.jp/vittoria/

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